小林至インタビュー(後編)

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 東大出身のプロ野球選手と注目を集めた小林至氏は、わずか2年で現役を引退するも、その後、米コロンビア大学経営大学院でMBA(経営学修士号)を取得し、ソフトバンクホークスでは経営戦略の実務を担当した。言わば「プロ野球ビジネス」における研究において、第一人者である。

日本プロ野球界のさらなる発展のための私案を聞いてみた。

小林至が語るプロ野球発展のために必要なこと「日本版MLB.c...の画像はこちら >>

現役引退後、米コロンビア大学経営大学院でMBA(経営学修士号)を取得し、大学教授として教鞭をとる小林至氏

【プロ、研究者、球団経営を経験した大学教授】

── 2015年に江戸川大学に復帰され、21年から桜美林大学に移籍したのですね。講義科目は「スポーツ経営学」「スポーツ産業論」「スポーツマネジメント」「スポーツ組織論」「スポーツマーケティング」など。なぜ教員に復職したのですか。

小林 球団フロントはひと区切りの10年間務めました。兼務していたとはいえ、江戸川大学は教員としての私の籍をずっと残しておいてくれました。縁と運とタイミングもあって、大学の専任教員にはなかなかなれるものではありません。

「プロ野球選手」「研究者」「球団経営」の3つの切り口を持つ研究者として、野球界に別の形で貢献できるのではないかと考えました。

── やはり野球は、小林さんのバックボーンですね。また2020年に「学生野球資格」を回復しています。小林さんは「活躍できる選手の技術」や「コーチの指導」を最前線で見てきています。野球の現場指導者としても適任だと思いますが......。

小林 ありがとうございます。

桜美林学園は、高校は名門ですし(1976年夏に全国制覇)、大学はドラフト1位の選手を輩出しました(2016年のドラフトで佐々木千隼がロッテ1位で入団)。桜美林は同校OBが監督をやる伝統がありますし......野球指導者への道は、今後の縁と運とタイミング次第ですね(笑)。

【これからのプロ野球に必要なこと】

── かつてプロ野球界をはじめとするスポーツ界には、「スポーツでお金を儲けるなんて......」という風潮がありました。それが2004年の球界再編騒動以後、プロ野球のビジネス化がスタートしました。

小林 たとえば2019年の話で言うと、NPBの売り上げは12球団で年間1800億円だったのに対し、MLBは30球団で100億ドル(約1兆4000億円)以上です。NPBは球団と親会社、試合を放映するテレビ局などの権利が複雑で、12球団を一括してのビジネス化が一向に進んでいません。

 私はかつてNPBで事業会社化検討プロジェクトの座長を務め、12球団での共同事業会社の設立を提案しました。

その後、NPBエンタープライズというハコができて、侍ジャパンの常設化まではできましたが、肝心の12球団の権利の集約はまだ進んでいません。

── 今後、日本プロ野球界において、具体的にはどんなことが必要なのでしょうか?

小林 たとえば、日本プロ野球89年の歴史と伝統である「記録と映像」をアーカイブ(保存記録、公文書)化して、閲覧できるような形をつくることが大事だと思います。わかりやすい例を挙げれば、「村上宗隆(ヤクルト)選手の全本塁打集」(プロ5年間通算160本塁打)を、合法的に視聴できるようになっていない。神宮球場を中心としたヤクルトのホームゲームでの村上選手の本塁打映像はありますが、ビジターでの映像はまとめてありません。

 ビジネスとしてももちろんですが、それ以上にファンの誰もが見たいと思うのです。近い将来、ポスティングシステムでメジャー移籍するかもしれませんが、日本プロ野球界として、村上が打った全本塁打の記録と映像を残すべきだと思うのです。

それ以前に、同様の理由で王貞治さんの通算868本塁打も集約されていないのです。

 ちなみに、メジャーリーグには「MLB.com」があります。そこでは、すべての映像がデジタル化され、管理されています。権利関係が整理されていない時代の映像や画像は、テレビ局や新聞社などから買い取りました。1920年代のベーブ・ルースの本塁打の映像も見られます。日本でもパ・リーグ6球団の映像なら、ここ10数年のものがすべて管理されています。

【NPBが本来やるべきこと】

── 小林さんは、2007年創設の共同出資会社「パシフィックリーグマーケティング(PLM)」の初代執行役員を務めたのですよね。

小林 はい。2004年の球界再編騒動を経て、パ・リーグ各球団にはインターネットに明るいビジネスマンが多数、球界に参入しました。現ヤフー社長の小澤隆生氏、ビズリーチ起業者の南壮一郎氏らがそうです。PLMではパ・リーグ6球団の映像を一括管理し、各球団のウェブサイトも一元化しました。映像をPLMでいつでも取り出せるようになっています。

実際、昨年の佐々木朗希投手(ロッテ)の完全試合の映像を、パ・リーグ6球団公式のサービスとして限定販売しています。
 
 孫正義氏も「日本版MLB.comを絶対つくるべきだ」と言っていました。しかし12球団統括となると......依然、進んでいないのが実情です。当然、セ・リーグ6球団のサイトの一元化もなっていません。

 だからソフトバンクの「シーズンハイライト」の映像もつくれません。なぜなら2005年から始まった「セ・パ交流戦」にはセ・リーグ球団のホームゲームがあるからです。ましてや73回の歴史を誇る「日本シリーズハイライト」もつくれない、見られないのです。メジャーは各チームの「シーズンハイライト」であったり、「ワールドシリーズハイライト」であったり、魅力的なコンテンツが充実しています。

── 小林さんの近著『野球の経済学』(新星出版社)にも「プロスポーツは権利ビジネスだ」という趣旨の内容が書かれています。現状、日本シリーズの「映像や写真」はマスコミが持っていますが、日本シリーズにおける「肖像権」自体はNPBが持っているという二重構造ですね。

小林 これだけさまざまなエンターテインメントがひしめくなかで、プロ野球がこれまでと同様に国民から支持してもらうためには、あらゆる「機会」をとらえて、自らが「発信」していかなくてはならないと思います。たとえば日本シリーズのテレビ中継で「サヨナラの場面」を迎えた場合、過去のサヨナラ本塁打の名シーンを挿入するとか、素材はいくらでも使いようがあるわけです。ワールドシリーズを見ていると、いくらでもそんな過去の映像が出てきます。そこが日米の大きな違いです。

 プロ野球としての大事な財産とヒーローの活躍をライブでしか楽しめないのが現状です。日本プロ野球界にとってどれだけ大きな損失でしょう。過去の「記録と映像」の権利の充実──ビジネスという以上に、日本シリーズの「記録と映像」の使用権に、日本プロ野球界の懸案が凝縮されているのではないでしょうか。

── 野球以外のほかのスポーツはどうなのですか。

小林 Jリーグの場合、93年の設立時から「Jリーグ映像」や「Jリーグフォト」が一括管理されています。それぞれに素材の使用申請をして、各メディア企業が映像や写真を購入するのです。

 04年の球界再編騒動の際、私は「1リーグ構想案」を出したのですが、権利関係を一度整理する意味も踏まえて、「新しいルールのもと全球団で」ということでもありました。日本人は"黒船"が来航しないとなかなか歴史が変わらない過去もあります。外資規制を取り払ったうえで、外資に主導してもらうのも一案かもしれませんね。

 来年、1934年に日本プロ野球界が産声をあげてからちょうど90年、04年の球界再編騒動から20年、日本プロ野球界はさらなる転換期にさしかかっていますと思います。

(おわり)