水谷隼インタビュー 前編

早田ひな張本智和

 2024年パリ五輪の卓球日本代表選考レースが後半戦に入った。選考期間は2022年3月から2024年1月まで約2年の長丁場。

その折り返しを告げたのが、5月に南アフリカで開催された世界選手権ダーバン(個人戦)だった。代表選考レースの行方を左右するこの大会を、東京五輪混合ダブルス金メダルの水谷隼氏はどう見たのか。 

 中国勢との死闘を制して女子シングルス銅メダルに輝いた早田ひな、男子シングルス8強であと一歩メダルに届かなかった日本のエース・張本智和の戦いぶりを振り返ってもらいながら、2人の進化した点と課題を挙げてもらった。

早田ひなと張本智和が中国トップ3に勝つには…水谷隼が分析する...の画像はこちら >>

世界卓球の女子シングルスで銅メダルを獲得した早田

【選考ポイント独走の早田の強さ】

――世界選手権の全5種目でメダル獲得に挑んだ日本は、張本智和・早田ひなペアが混合ダブルスで銀メダル、女子シングルスで早田選手が銅メダル、女子ダブルスで木原美悠・長﨑美柚ペアが銅メダルと計3個のメダルを獲得しました。この結果をどうご覧になりましたか?

水谷 少し厳しい言い方かもしれないですけど、最低限かなと思います。早田選手が女子シングルス準々決勝で、世界ランキング3位(当時/現)で実質中国4番手の王芸迪(ワン・イーディ)選手に勝ったことによって「最低限に達した」という感じでしたね。

――早田選手はフルゲームで、しかも最終ゲームは21対19という、11点制の卓球ではあり得ないようなスコアで勝ち切りました。



水谷 この1、2年で本当に強くなりましたよね。昨年3月の第1回選考会からずっと安定していい成績を挙げていて、世界選手権という大きな舞台で初めて中国選手を破りました。今、日本の女子の中で一番安定していて、なおかつ力もあるのは早田選手だと思います。

――女子のパリ五輪代表選考ポイントでも、2位の平野美宇選手に185.5ポイントの大差をつけて首位を独走しています。彼女のプレーで一番よくなったのはどこでしょうか?

水谷 バックハンドですね。王芸迪選手との試合も、フォアハンドで点を取ったシーンはそんなになくて、バックハンドがめちゃくちゃ多かったんです。
でも、得意なフォアハンドを使えば、もっと簡単に勝てたんじゃないかと思う部分もあるんですよね。早田選手のフォアハンドは、男子選手でも取れないくらい威力があるので。

【中国トップ3に勝つためにやるべきこと】

――本人も「使いたかった」と振り返っていましたが、台の反面でバック対バックのラリーが続いて、そこで先に展開を変えるのが難しかったようです。

水谷 チャレンジャーとして、もっと思いきっていくべきだったんじゃないかなと。例えば、サービスを出して相手のレシーブが8割以上バック側に来ていたので、3球目で回り込んでフォアハンドで打てば、ほぼ得点になったはずです。それをバックハンドで打つからラリーになる。ラリーになると互角になることが多いので、そこはよくなかったように思います。



――サービスの配球はいかがでしたか?

水谷 サービスを出すコースも、フォア前とバックへのロングサービスが99パーセントだった。それは相手からしたら待ちやすいんですよ。そこにしか来ないし、回転も一緒だから。それでも、ある程度サービスが効いて、あまりいいレシーブが返ってこなかったのは早田選手のサービスの質が高いからです。

 そう考えると、「コースや回転をもっと変えれば、もっとサービスからも得点できたのに」と、もったいない気がしました。フォア前のサービスはけっこう効くし、攻めやすいパターンなので、それに頼ってしまう傾向があるのかもしれません。


――王芸迪選手には勝ちましたが、「まだ上がいる(孫穎莎<スン・インシャ>、陳夢<チェン・ムン>、王曼昱<ワン・マンユ>)という現実を突きつけられた」という早田選手の言葉がとても印象的でした。

水谷 準決勝で対戦した孫穎莎選手は全然レベルが違うので、そことの距離はまだまだあると感じました。世界選手権で中国人選手に勝つのはすごく大変なことですから、その壁をひとつ越えたのは大きい。でも、やはり上の3人に勝つにはもっとリスクを負ったプレーだとか、サービスの配球を変えていかないといけないと思います。同じ戦い方をしていても、ずっと同じように負けるだけです。

――孫穎莎選手は本当に強くて隙がないですね。


水谷 彼女は伸び伸びプレーするんですよ。どんな場面でも守りに入らないし、メンタルを崩すことができない。真っ向勝負で上回らないと、孫穎莎選手に勝つのは厳しいと思います。サービスもいろんなところに出してきたりとか、試合の途中で早田選手の弱点を見つけて突いていく戦術の転換もうまい。余裕がある選手って、試合の中でいろんな発見をして、どんどん相手の苦手なところを攻めていけるんです。

――早田選手は準々決勝であれだけの試合をして、準決勝でもう一度集中を高めるのは難しい部分もあったでしょうか。



水谷 もちろん、それはあったと思います。王芸迪選手との試合は、すべてのゲームがデュースになって自分のすべてを出し尽くした試合だったと思うので。しかも中国は、相手を研究し尽くしてきますからね。

 例えば、孫穎莎選手は第1ゲームの1本目、早田選手のバック前にサービスを出してきました。それって、王芸迪選手が早田選手との最終ゲームの後半に出してけっこう効いていたサービスだったんです。中盤ぐらいでサービスが全然効かなくなった王芸迪選手は、早田選手のバック前にサービスを集めた。それで早田選手はレシーブにちょっと困っていたので、孫穎莎選手はたぶんそれを見て1本目からバック前にサービスを出してきたんだと思うんです。

 案の定、早田選手はいいレシーブができなかった。そういうふうに中国はすごく研究してくるし、強い選手は見つけた戦略をすぐ実践で使えるんです。

【張本智和の「未熟な部分」】

―― 一方で男子の張本智和選手は、シングルス準々決勝で世界ランキング5位(当時/現7位)の梁靖崑選手(中国/リャン・ジンクン)にゲームカウント2-4で敗れてベスト8でした。彼の戦いぶりはいかがでしたか?

水谷 第1ゲームの1本目で、張本選手がいきなりロングサービスを出す奇襲攻撃にはすごくびっくりしました。たぶん、今までの試合では一度も見せたことがない、思いきった戦術でしたね。そこに彼の成長を感じて、新しい張本選手が見られた。ただ、その1ゲーム目を相手に取られてしまったのがちょっと痛かったです。

――張本選手本人もそう言っていました。ちなみに、あのロングサービスはコートに立った瞬間、「出そう」と閃いたそうです。

水谷 第2ゲーム以降はフォア前にもサービスを出したんですけど、それも効きましたね。それは、第1ゲームでバックロングサービスをいっぱい出していたから。あれはすごくいい戦術転換でした。ただ、今までの試合もそうなんですけど、張本選手は「サービスが効かなくなってから戦術を変える」パターンが多い。もっといろんなサービスを混ぜていけばいいのに、と思うんです。最初は効いていても、相手がだんだん慣れてくると自分のやることがなくなっちゃうんですよね。

――選手としては、効いているうちは同じサービスでいきたいという気持ちがあるのでしょうか。

水谷 いや、そこは張本選手の未熟な部分だと思います。梁靖崑選手は序盤からいろんなことをしてきて、例えば大事なポイントで張本選手のフォア側にチキータをしたこともあった。それまでずっと、バッグ側にチキータしていたのに。「強い選手って、やはり勝負どころで思い切って変えるんだな」と思いました。サービスも最後、点が欲しいところで一番効くサービスを出したり。それに対して張本選手は、まだちょっと思いきれませんよね。

――ゲームカウント2オールで迎えた第5ゲーム。9対8でリードしたところでチャンスボールを痛恨のミスという場面もありましたね。

水谷 完全に相手の流れになってしまった1本でしたね。練習や普通の試合だったら95パーセント以上入るボールなんですよ。入れば、ほぼ間違いなく得点になったでしょうし。でも、残り5パーセントのほうが出てオーバーしてしまった。本人もそれはすごく悔しいだろうし、ずっと忘れられないと思います。

――張本選手も「ずっと頭に残るだろう」と言っていました。

水谷 長く卓球をやっていれば、いっぱいあるんですよ。「あの時の1本、何でミスったんだろう?」っていう場面が。僕も、2012年(平成23年度)全日本選手権の決勝で吉村真晴選手に負けた時、「なんでああしたんだろう?」と今でも思うし、当時に戻って、自分に「なんで?」と言いたいくらいです。

 張本選手にも"一生忘れられない傷"みたいなものが残ったと思うんですけど、大きな傷が残れば残るほど練習中にそれが疼くし、試合で同じようなボールがきた時に「今度は絶対ミスしない」と思える。だから僕は、あえて今回のミスを忘れないように、張本選手をたくさんイジってあげようと思います(笑)。

(中編:男子卓球界の現状と、張本智和に次ぐ選手が世界で勝つために必要なこと 日本の指導者育成の課題も>>)

【プロフィール】

水谷隼(みずたに・じゅん)

1989年6月9日生まれ、静岡県出身。両親の影響で5歳から卓球を始め、中学2年からドイツ・ブンデスリーガに卓球留学。2007年に全日本選手権シングルスで優勝し、2019年には10回目の優勝を果たす。オリンピックには、2008年の北京五輪から4大会連続で出場。2016年リオ五輪ではシングルスで日本人初のメダル(銅メダル)を獲得。2021年東京五輪では混合ダブルスで金メダル、男子団体で銅メダルを獲得した。2022年2月に引退セレモニーが行われ、現役生活を終えたあとは解説者やタレントなど、幅広く活躍している。
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