"世界のTK"髙阪剛さんインタビュー 中編

(前編:「世界のTK」から見た朝倉未来の誤算 適正体重や「磨いたほうがいい」技術についても語った>>)

 朝倉未来に鮮やかな一本勝ちを収めたヴガール・ケラモフ(アゼルバイジャン)をはじめ、海外の選手の強靭なフィジカル、予測不可能な動きに対応するため、日本人選手は何をすればいいのか。髙阪剛がその対応策と共に、日本の格闘技界に抱く危機感も語った。

ヒョードルとも闘った髙阪剛が『RIZIN』に鳴らす警鐘 「日...の画像はこちら >>

【海外選手とのフィジカル差、動きに慣れるためにやるべきこと】

――「フィジカルの強さ」に関しては、髙阪さんのジム「ALLIANCE」所属の堀江圭功選手もフィジカルが強い印象がありますが、それでもケラモフ選手が上回りますか?

「正面で組んだり、お互いが安定した状態でのフィジカルは互角、もしかしたら堀江のほうが強いかもしれない。ただ、ケラモフをはじめ海外の選手は体勢を崩していても投げてくるとか、普通だと絶対に背筋を使えないようなところから"ぶっこ抜いて"きたりする。

 試合をする時は、そこを研究して対策する必要がありますね。でも、気をつけていても投げられちゃったりするので、本当に予測不可能なんです」

――対策として、海外に行って外国人選手との練習を増やす必要性がありますか?

「もちろんそれができればいいんですが、費用などもろもろの問題で、長い期間現地に行って練習を重ねることができない選手も多いと思うんですよね。なので、短期間でもいいから行って練習してみて、その感触を持ち帰るだけでもいいと思います。その感覚を忘れないように、日本で練習を重ねれば対策も練られると思いますよ」

――フィジカルの強さや骨格の差を、ある程度は肌で感じていないと試合で厳しくなるということですね。

「はい、難しいですね。

大雑把に言うと、特に総合では相手に『あっ、ヤバい』『なんだコレ』と思わせた者勝ちなんです。逆に、『この展開は前にもあったな』『次はこういう感じでくるな』とか、予測できるようだと有利になる。

 特に総合は、許されている攻撃の種類・選択肢が広い。だから、その想定できる範囲を、練習の中でどれだけ広げることができるかによって勝敗が変わってきます」

――ケラモフ選手のバックボーンは、サンボにあるようです。サンボで思い出すのは、かつて『PRIDE』で頂点に君臨したエメリヤ-エンコ・ヒョードル。髙阪さんはヒョードルとも対戦されていますが、サンボは総合格闘技に応用しやすいのでしょうか?

「サンボとひと口に言っても、さまざまな流派や種類があります。

具体的には、コンバットサンボやスポーツサンボなどです。コンバットサンボは、総合格闘技のような要素を持ち合わせていて、ヒョードルもやっていました。一方のスポーツサンボにもさまざまなスタイルがあって、ポイントを競うのではなく相手を壊しにいくスタイルや、テイクダウンを重視するスタイルなどがあります。

 ロシアのダゲスタン共和国(アゼルバイジャンと隣接)のサンボは、相手を制圧することを中心としたスタイルだと思います。サンボは本来、捨て身技がすごく多いんです。カニバサミや膝十字、回転しながら相手の足を決めにいく技ですね。
それに対してダゲスタンのサンボは、相手の体をしっかりとコントロールして、トップポジションを取って制圧することを重視するスタイルが多いです」

――ダゲスタン共和国というと、「ライト級史上最高の選手」とも称された、元UFCライト級世界王者のハビブ・ヌルマゴメドフの出身地でもありますね。

「そうですね。今はダゲスタン・レスリングと呼ばれていますが、ケラモフも、もしかしたらダゲスタン特有のトレーニングを積んでいるのかもしれません」

【リングとケージ、戦い方の違い】

――『RIZIN』ではたびたび、ロープ際の攻防が問題になっています。選手がロープから飛び出してリング外へ出てしまったり、テイクダウンされそうな時にロープを掴んでしまったり。世界標準にするなら、『UFC』や『Bellator』が採用しているケージにしたほうがいい、という意見もよく聞かれますがいかがですか?

「日本の総合格闘技の歴史には『PRIDE』という大きな存在がありますから、現在もその流れを汲んでいる背景もあると思います。『RIZIN』のCEOの榊原信行さんがよく言っているのは、『全部が全部一緒じゃなくていい』ということ。『RIZIN』がユニファイド・ルールにはない独自の階級を設定しているのも、選手の多様性を重視してのことでしょう。

 リングとケージ、どちらがいいかではなく、団体の特色やこだわりで決めてもいいと思います。確かにリングだと、上半身が出てしまって戻れなくなったり、リングならではの"あや"というか、特殊な状況が起きます。ただ、攻撃側としては逆にそれを利用する手もある。その振り幅もリングにはあると思いますね」

――選手の特色による向き・不向きはありますか?

「今後、海外から多くの選手がRIZNに参戦するようになると、リングとケージの違いがより重要な要素になるかもしれません。組みが得意な選手はリングのほうが有利ですが、ストライカーにとっては不利と言えます。ケージよりもリングのほうが立ち上がりにくいですからね。



 テイクダウンについては、ケージがある場合とない場合で戦略が変わります。ケージの場合、ケージに押し込んでテイクダウンを狙う『ケージレスリング』が有効ですが、リングの場合は押し込めるのがコーナーの4点しかないので、その点においてはケージのほうが有利とも言えます。

ただ、そもそも組むのが得意な選手は、オープンスペースでタックルに入ることができますし、そこでテイクダウンを取れない場合の次の選択としてケージレスリングがある。だから、海外の組みが得意な選手とリングで戦う場合は、テイクダウンを取られて立ち上がりにくい状況になると思いますね」

――ちなみに、髙阪さんはどちらが得意でしたか?

「ケージのほうが好きでしたね。私はヘビー級の中で小柄だったので、フィジカルでは勝つのが難しい。でも、ケージには"面"がありますから、それを利用して相手をコントロールできるんです。


 相手をテイクダウンした時に、面に対して垂直に相手を押し込む。ちょっと頭が持ち上がるぐらいまでケージに押し込むと立たれることはありません。相手がちょっとでも斜め向きになると立たれちゃうので、すぐに垂直に戻す。このコントロールを延々とやる感じです」

【「日本人選手にとってマズい状況になる」】

――RIZINはルールも独自で、ユニファイド・ルールで禁止されている、グラウンド状態においての頭部へのサッカーボールキックや、4点ポジションでの頭部への膝蹴り、縦肘などがアリという点も違いますね。

「それも、どちらかというと組みが強い選手が有利なルールだと思います。だからRIZINは、組み技が得意な選手に向いているリングとルールを採用している、と言っていいと思います。

 そうなると、日本の選手にとってマズい状況になるんじゃないかと。海外から組み技が強い選手がバンバン入ってきたら、先ほども言ったように根本的なフィジカル差を埋められないわけですから、こちら側の意識を変えるしかなくなってきます」

――RIZINのリングに、レスリングの能力やテイクダウン能力が高い外国人選手が増えると、日本人選手にとっては厳しい状況になるということですか?

「そうですね。特にレスリングのバックボーンがあって、早くからUFCを目指している選手たちは技術が洗練されています。それでいて打撃もできて、タックルディフェンスも得意。さらに、強いフィジカルをうまく生かした攻撃でテンポを変える技術も心得ています。

 そういった選手は今後も増えると思いますよ。UFCではダゲスタン出身の選手ように、さらに圧倒的なフィジカルの強さを誇る選手も参戦している。世界トップの戦いはとんでもないレベルになっています」

(後編:日本の総合格闘技が世界と「競り合える日は近い」と考える理由>>)

【プロフィール】
■髙阪剛(こうさか・つよし)

学生時代は柔道で実績を残し、リングスに入団。リングスでの活躍を機にアメリカに活動の拠点を移し、UFCに参戦を果たす。リングス活動休止後はDEEP、パンクラス、PRIDE、RIZINで世界の強豪たちと鎬を削ってきた。格闘技界随一の理論派として知られ、現役時代から解説・テレビ出演など様々なメディアでも活躍。丁寧な指導と技術・知識量に定評があり、多くのファイターたちを指導してきた。またその活動の幅は格闘技の枠を超え、2006年から東京糸井重里事務所にて体操・ストレッチの指導を行っている。2012年からはラグビー日本代表のスポットコーチに就任。

◆Twitter:@TK_NHB>>

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