無情のホイッスルが鳴った。
1-1のドローで終わったJ1昇格プレーオフ決勝。
清水のDF鈴木義宜は人目もはばからず号泣し、MF神谷優太はユニフォームをまくり上げて顔を覆い、嗚咽していた。秋葉忠宏監督は、ベンチの選手、スタッフ、控えの選手の全員とタッチをかわしたあと、ひとりベンチに座り、ペットボトルを口にして、しばらくピッチを見ていた。
「清水エスパルスはJ2にいるようなチームじゃねぇ」そう言って、監督になって約8カ月。たどり着いた先は、とてつもなく厳しく、冷たい現実だった。
「コミュニケーションが大事」
監督就任時、秋葉監督はそう語った。
J2に降格した今季、選手を戦術の枠に封じ込めていた前任のゼ・リカルド監督は結果を出せず、第7節を終えて解任。その直後、19位とどん底に喘いでいたチームの監督になった秋葉監督がすぐに取り掛かったのが、窮屈なサッカーを強いられてきた選手との対話であり、気持ちの解放だった。
「こんな状態で引き受けたんで、格好なんてつけている場合じゃない。他人行儀ではなく、俺は自分らしい言葉を使って選手とコミュニケーションを取っていく。俺は聖人君子でもないし、能力がなくクズだと思っているので、それを別に隠す必要なんてない。『助けてほしい』『みんなの力が必要だ』って、嘘偽りのない言葉で伝えてスタートした」
秋葉監督の姿勢に、選手の冷めていた心にも血が通い始めた。
個々の能力を重視し、秋葉監督と選手が共同作業で作り上げたのが、MF乾貴士をトップ下に置く、4-2-3-1の超攻撃的サッカーだった。自分たちの感覚を生かせるサッカーの実現で選手のモチベーションが爆上がりし、それが秋葉監督就任からリーグ戦8戦負けなし(6勝2分け)の快進撃につながった。
GK大久保択生は"秋葉効果"をすぐに感じたという。
「監督は、選手の話を聞いてくれるんです。個性がある選手の意見を取り入れて、チームをうまく回すには、どうしたらいいのだろうって(一緒に)考えてくれました。また、監督に(意見や相談を直接)言いづらい若手も、ベテランの選手を介して話せるようになったのは、チームにとってすごく大きかったです」
8戦負けなしのあと、第23節からは14試合負けなし(9勝5分け)と大躍進。
だが、最後の最後でそれを見失ってしまった。
清水はなぜ、最終的にリーグ戦を4位で終え、J1昇格を逸したのか。東京Vとの戦いを終えたあと、乾はサバサバした表情でこう言った。
「『J2のチームやな』っていうことです。
「勝負弱い」「大事な試合を勝ちきれない」――今季を含め、ずっと言われ続けている清水を形容する"負の言葉"だ。
しかし、第31節の首位・町田ゼルビアとの試合では、0-2からひっくり返して3-2と逆転勝利。第38節の磐田戦ではすばらしいパフォーマンスを見せて、1-0で勝ちきった。
こういった試合を見る限り、一概に「勝負弱い」とも言えないが、終盤戦では乾が言うとおり、確かに大事な試合をいくつか取りこぼしてきた。
例えば、第40節のロアッソ熊本戦だ。
同節では、昇格を争う磐田と東京Ⅴがつぶし合いとなる直接対決があった。清水は熊本に勝てば、J1自動昇格へグッと近づくことができる状況にあった。ところが、ホームで1-3と逆転負け。ライバルたちを引き離すどころか、逆に直接対決を引き分けた3位磐田、4位東京Ⅴに勝ち点1差まで詰め寄られてしまった。
さらに、最終節の水戸ホーリーホック戦だ。
勝てばJ1昇格という立場にありながら、1-1のドロー。同じ日、栃木SCに逆転勝ちした磐田にJ1昇格を譲ってしまった。加えて、大宮アルディージャに快勝した東京Ⅴにも順位を抜かれて、4位にまで転落した。
この2試合とも、ミスからボールを奪われて失点。勝ち点3を失った。プレーオフ決勝の東京Ⅴ戦もしかりだ。
重要な試合で不安定な戦いが続いたのは、ミスだけでなく、戦術がないことも影響していると思われる。
「戦術・乾」と称されるように、清水は乾を軸とした個々の能力と感覚を重視した攻撃が主で、確固たる戦術が確立されていない。そのため、その日の乾ら主力の出来によって、攻撃の威力、迫力が左右される。
結果、7-1と圧勝した第39節のいわきFC戦のようにゴールを量産する時もあれば、思うような形を作れずに攻撃が手詰まりになって、点が奪えないままドローになる試合もあった。
もしチームとしての戦術が確立されていれば、仮に悪い状態になっても、そこに立ち戻ることで、足並みが乱れてしまった選手たちも、見失った自分の役割を理解し、プレーすることで自信を回復できただろうし、チームとしての統制も図れていたことだろう。
熊本に負けたあと、清水の選手たちには立ち戻るべき拠り所が必要だった。乾が「今季一番悪い試合」と言った最終節の水戸戦は、勝てばJ1昇格というプレッシャーがかかるなか、ミスが続出して1-1で勝ちきれなかった。プレーオフ準決勝のモンテディオ山形戦も攻めきれずに0-0に終わった。
この2試合を終えて、多くの選手が嫌な感覚を覚えたはずだ。点が取れない、勝ちきれない、という不安を抱えながらプレーオフ決勝に挑んだのではないだろうか。
乾は「(選手全員)ビビっていることはなかった」と言った。だが、1-0のまま推移していくなかで、清水の選手は自分たちの勝利をどのくらい信じきれていたのだろうか。ラストにPKを与えたシーンについてDF高橋祐治は「もう少し周囲の状況を見て判断すればよかった」と語っていたが、チームに内包する焦りや不安があのプレーを誘発させたように思えてならない。
「見てのとおり。何も勝ち得なかった。何回、負けて泣いてんだ。負けて泣くんじゃねぇってことです。我々はプロだから勝ち取らなければ、何も意味がない」
J1昇格を逃した秋葉監督は、少しばかり怒気を込めた強い口調でそう言った。
結局、大願は果たせなかったものの、下手をすればJ3降格の可能性すらあったチームを昇格争いまで押し上げた手腕は評価されるべきだろう。ただ、その先を越えるチームをデザインする力がもうひとつ足りなかった。
「サポーターには感謝の気持ちしかないです。それに、プロとして応えられない。まだまだぬるくて甘いんだろうなって思っています。何かもっと根本的に、僕を含めて何かを変えていかなければ、ずっと同じことが繰り返される」
その「何か」は、秋葉監督はすでに気づいているに違いない。どうにかやりくりしてここまで上がってきたが、清水にはJ1に上がるだけの本物の力が備わっていなかった。
翻(ひるがえ)って、大改革を断行した町田が今季、J2リーグを独走してJ1昇格を決めた。町田のように明確なビジョンを掲げ、選手の編成、フロントを含めて大きな変改を追求していかなければ、J1昇格は望めない。
来季、はたして清水は新しく生まれ変わることができるのか。
無風のまま何ら対策を施すことがなければ、散々迷走した挙句、今季J3に陥落した大宮アルディージャの二の舞にならないとも限らない。その姿を、今の清水と重ねてしまうのは、自分だけではないだろう。