ラーズ・ヌートバーは、少年野球をやっていた頃から持ち歩くバッグにお守りをぶら下げる習慣がある。プロになってからもその習慣は続き、メジャー各地に持ち歩く黒のバックパックにもお守りをぶら下げている。

そのなかには、ヌートバーにとって人生最高の経験を示すものも含まれているが、日本の文化を知らないセントルイス・カージナルスのチームメイトからすれば、ただの奇妙なものに映っていた。

「ハハハ、ティーパックですか?(笑) たしかに、外国の方にとってはティーパックに見えますよね」

 そう言って笑ったのは、このヌートバーが大事に持ち歩いているものをプレゼントした横浜DeNAベイスターズの牧秀悟である。長野県出身の牧は、昨年のWBC侍ジャパンのメンバー全員に善光寺の"勝守"と刺繍されたお守りを配った。

 ヌートバーにとってこのお守りは、さまざまな意味が込められている。2023年のWBCで世界一になった侍ジャパンのメンバーであったこと。そしてお守りをもらった牧との友情も......。

牧秀悟が明かすヌートバーとの友情秘話「たっちゃんにしかできな...の画像はこちら >>

【一番歌がうまかったのは牧】

 ムードメーカーとして知られているふたりは、すぐに意気投合し、親しくなった。牧にヌートバーとの思い出について聞くと、あるシーンを挙げた。

 3月10日、東京ドームでの1次ラウンド第2戦の韓国戦。結果的に13対4と圧勝したが、序盤は劣勢を強いられていた。3回裏、3点を追う侍ジャパンは、無死一、二塁で1番のヌートバーがセンター前ヒットを放ち1点を返す。まだ2点のビハインドだったが、そこから「チームが一丸となった」と牧は言う。

「たっちゃんが一塁ベース上で、ペッパーミルのパフォーマンスを全力でやって、チームを鼓舞したんです。

それに5回のセンターの守備でもダイビングキャッチをして、また盛り上げた。ああいうプレーを見て、日本人っぽいというか、侍ジャパンに欠かせない存在だなと感じました。

 本戦に入るまではチームとしてプレーする期間が短かったため、まだまとまっていなかった。イメージとしては7割くらい。ただ韓国戦が終わったときには、チームがひとつになったと思います」

 チームがひとつになるきっかけをつくったのは、侍ジャパンで初めてとなる外国人選手のヌートバーであったことは間違いない。

 ヌートバーはMLBのセントルイス・カージナルスに所属しているため、チームに合流したのは本戦が始まるわずか6日前。

しかも、日本でプレーする選手とは誰ひとりとして面識がなかった。そのヌートバーにとって、大きな存在のひとりが牧だった。

 ヌートバーがチームに早く溶け込めるよう、牧は練習の時から積極的に話かけた。それはグラウンドだけではなかった。侍ジャパンの思い出について、ヌートバーはメンバーたちとカラオケに行ったことを挙げ、なかでも「一番歌がうまかったのは牧」と語っている。そのことを牧に伝えると、「カラオケ......!?(笑)」と言って、こう続けた。

「カラオケというか、みんなで焼肉を食べに行ったときだと思います。たっちゃんが来てくれたので、みんな盛り上がったんです」

 牧が歌った日本語の歌詞の意味はわからなかったが、チームに合流して間もないにもかかわらず、素の姿を見せてくれたことにヌートバーは感謝した。

【ヌートバーの果たした役割】

 こうした牧の気遣いもあって、日を重ねるごとにチームに馴染んでいったヌートバーだが、じつは侍ジャパンをひとつにさせるのに、とても大きな役割を担っていた。

 侍ジャパンのメンバーで、大谷翔平と一緒にプレーしたことのある選手はほとんどいなかった。大谷は2017年オフに日本ハムからメジャーに移籍したため、2018年以降にプロ入りした選手にとっては、テレビに映る姿しか知らない。そのため、大谷とどう接したらいいのかわからない選手が多く、2020年にドラフト指名されDeNAに入団した牧も、そのなかのひとりだった。

だが、ヌートバーの大谷に対しての「自然な振る舞いに助けられた」と、牧は言う。

「たっちゃんと大谷さんが練習中や試合中にハイタッチをしたり、和気あいあいとした雰囲気で触れ合っているのを見て、『(大谷に)こういう感じで接してもいいんだ』と思いました」

 そしてヌートバーの代名詞である"ペッパーミル"のパフォーマンスも、侍ジャパンと大谷をつなげる重要な役割を果たしてくれたと牧は振り返る。

「たっちゃんのペッパーミルのパフォーマンスを、大谷さんがヒットを打ったときにやったことで一気にチームに浸透しました。それでチームがひとつになったのは間違いありません。これもたっちゃんのおかげです」

 牧も所属しているベイスターズで、ムードメーカーとしてチームを盛り上げているが、そもそもいつからその役割を大切にしていたのだろうか。

「小さいときから人前でしゃべるのは苦手ではなかったですし、友だちを喜ばせるのが好きでした。

自分だけじゃなく、周りの人を巻き込んでいろいろやるのが楽しかったですね」

 そして、なぜチームにムードメーカーが必要なのか。牧は次のように説明する。

「ただ勝った負けたではなく、団体スポーツはチーム力が大切です。そのためにも、みんなで盛り上げていくというのは、すごく大事なことだと思っています。試合中に緊張する場面もあると思いますが、その時に全員が同じ気持ちになれたら力を発揮できるんじゃないかと。ひとつになることができれば、チームはいい方向に進むと思いますし、そういう意味でムードメーカー的な人がいると大きいですよね」

 ヌートバーが侍ジャパンにもたらしたものは何か? 牧に尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「それこそ勇気じゃないですかね。異国の地からひとりで来て、知っている人がいないなかで野球をやることだけでも大変なのに、全力プレーでチームはおろか、日本中を沸かせてくれた。たっちゃんにしかできないことだと思います」

 ヌートバーの"ペッパーミル"と同じように、牧にもホームランを打ったときのパフォーマンス"デスターシャ"がある。ペッパーミル対デスターシャ「どっちのパフォーマンスが勝ちか?」牧に聞くと、即答した。

「ペッパーミルでしょう。デスターシャは横浜界隈では知られていますが、ペッパーミルは日本だけじゃなく、世界で有名ですからね」

 日米ふたりのムードメーカーは、今年もチームを盛り上げ、勝利に貢献することだろう。