まさに「一世一代の投球」と表現するのがピッタリの快投だった。

 5月24日、東北福祉大学野球場で開催された仙台六大学春季リーグ最終節。

ともに8勝0敗の全勝だった東北福祉大と仙台大による、直接対決を迎えていた。

東北福祉大・櫻井頼之介が12球団スカウトの前で一世一代の投球...の画像はこちら >>

【最終回に151キロをマーク】

 東北福祉大はドラフト上位候補に挙がる剛腕・堀越啓太を擁し、リーグ3連覇を狙う仙台大にもドラフト候補左腕の渡邉一生がいる。バックネット裏には12球団のスカウトが勢揃いし、コアなアマ野球ファンも全国から集まっていた。

 堀越が一塁側ブルペンで待機するなか、東北福祉大の先発マウンドに上がったのは櫻井頼之介(よりのすけ)だった。この試合までにリーグ通算13勝を挙げる、チームの大黒柱である。

 櫻井は立ち上がりから150キロ近い快速球と多彩な変化球で、仙台大を牛耳っていく。3回表には二死一、三塁のピンチを背負ったが、ドラフト候補の強打者・平川蓮を148キロのストレートで空振り三振に仕留めた。以降はピンチらしいピンチもなく、9回を被安打4、奪三振8、与四球1で完封。チームは2対0で勝利した。

 東北地区担当スカウトも、現地メディアも、対戦相手も、誰に聞いても「ここまですばらしい櫻井は見たことがない」と口を揃えた。試合中、ブルペンで見守っていた堀越も「過去イチ(過去で一番)でしたね」と振り返りつつ、頼もしい同期を称賛した。

「大学日本代表候補に参加させてもらって感じていたんですけど、頼之介の実力は本当に東都や東京六大学の一線級で活躍しているピッチャーと変わらないなと」

 試合後、報道陣に囲まれた櫻井は自身の投球についてこう振り返っている。

「前から緊張していたんで、ホッとしています。

指導者から『後ろにつなぐつもりで、1イニングずつ投げていけ』と言われていました。仙台大には毎年けっこう打たれているんで、今年も『どうしようかな』という感じでした。昨日はドキドキしていて、昼寝をしようと思ったけど寝られませんでした」

 この日、櫻井が最高球速となる151キロをマークしたのは、9回に入ってから。最後まで出力が落ちなかったことを指摘すると、櫻井は不思議そうな顔でこう応じた。

「なんでなのか、あんまりわかんないです」

【柔軟性を大事にしている】

 身長184センチ、体重96キロと屈強な体躯を誇る堀越とは対照的に、櫻井のサイズは身長175センチ、体重68キロ。マウンドに立つと、やや頼りない印象を受ける。

 以前から櫻井は「ウエイトトレーニングはあまり好きじゃない」と口にしていた。フィジカル強化に取り組む投手が多い現代野球では、異質の存在と言えるかもしれない。

「ランニングとか、細かな動きのなかでのトレーニングとか、柔軟性といった部分を大事にしています」

 堀越のようなたくましいフィジカルを目の当たりにしても、影響を受けることはないのか。そう尋ねても、櫻井はどこ吹く風といった様子でこう答えた。

「体がでかい選手はうらやましいですけど、自分は自分で憧れられる人間になれれば、それでいいかなと思っています」

 昨年より体重が微妙に増えていることを指摘しても、櫻井は飄々とこう答えた。

「夜にカップラーメンばかり食べていたら、増えました」

 独特の感性の持ち主なのは、間違いない。「仙台大戦に合わせて調整してきた」という櫻井の言葉を受けて、具体的にどのような取り組みをしたのか聞くと、櫻井は意外な言葉を口にした。

「胸に少し刺激を入れました」

 その短い言葉だけでは理解できなかったため、もう少し掘り下げてみた。すると、櫻井は普段はあまりやらないベンチプレスをすることで、大胸筋に張りを与えていたと明かした。「肩が安定して投げられる」という感覚が生まれるというのだ。

 櫻井の話を総合すると、あえて胸の筋肉を張らせることで投球時の右腕の通り道が限定的になり、再現性が出るという理屈のようだ。

【変化球こそが強み】

 聖カタリナ学園(愛媛)に在学した高校時代から、ストレートの球質は群を抜いていた。高校の2学年後輩である河内康介(現・オリックス)は、櫻井についてこう語っていたことがある。

「櫻井さんがボールをリリースするたびに、音が鳴っていたんです。櫻井さんより体が大きい先輩はほかにもたくさんいたのに、一番ボールが速いのは櫻井さんでした。その時に『ピッチャーは体ではなく、投げ方なんや』と悟りました」

 河内が「音が鳴っていた」と証言する、リリース時の感覚を重視する投手は多い。だが、櫻井はリリース以前の動作にこだわっていた。

「下半身と上半身の捻転差をつくることを大事にしています。捻転差ができれば上体が開かなくなるし、力が伝えられるようになるので」

 そして、どの球種でも勝負できる点も大きな武器と言える。

カーブは100キロ台の遅い球と120キロ台の速い球を投げ分け、武器のスライダーは縦・横に軌道を使い分ける。ほかにもカットボール、チェンジアップ、スプリットと高精度の球種を操る。

 櫻井は変化球こそ自身の強みだと語った。

「最近は150キロを投げるピッチャーも多くてすごいとは思うんですけど、自分は違うタイプなので。いろんな変化球をカウント球、決め球に使えるところがいいところだと考えています。そこを見てもらえたらいいと思います」

 希望進路はプロ一本。同期右腕の堀越、滝口瑠偉、大森幹大とともにドラフト指名を目指している。

 堀越の存在ばかりがフィーチャーされることは、内心では面白くなかったのではないか。そう尋ねると、櫻井は苦笑しながらこう答えた。

「そんなことないですよ。自分は自分なんで」

 自分は自分──。櫻井は受け答えも最後まで自分のペースを崩すことはなかった。

 翌25日も仙台大に勝利した東北福祉大は、10戦全勝でリーグ優勝を決めた。3年ぶりに出場する大学選手権は、6月10日に九州産業大(神宮球場)との初戦を戦う。

 櫻井の仙台大戦の投球は「一世一代の投球」だったのか、それとも実力なのか。真価を問われるマウンドになりそうだ。

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