越谷市民球場の選手・関係者出入口から姿を現した櫻井ユウヤ(昌平3年)に、女性からの声援が飛んだ。櫻井は弾けるような笑顔を見せ、「ありがとう」と礼を伝えた。

「すみません、うるさいですよね。あれ、母です」

 櫻井は照れ臭さと誇らしさが相まった表情を見せた。

【高校野球】プロ注目のスラッガー、昌平・櫻井ユウヤを支える母...の画像はこちら >>

【宿敵・花咲徳栄に劇的勝利】

 7月19日、昌平は埼玉大会4回戦で花咲徳栄と対戦し、5対1(延長10回タイブレーク)で劇的な勝利を収めた。昌平と花咲徳栄は昨夏の決勝戦のカードであり、その際も延長10回タイブレークの末に9対11で惜敗。昌平にとって春夏通じて初の甲子園出場を逃している。

 何度も行く手を阻まれた強敵を破り、昌平の選手たちはまるで優勝を決めたかのように喜びを爆発させた。櫻井は帽子のひさしの裏にしたためた「昌平旋風」という4文字をじっと見つめながら、「(甲子園出場までの)残り4試合、この言葉どおりの戦いをしていきたいです」と決意を語った。

 櫻井は高校通算48本塁打をマークする、プロ注目のスラッガーである。身長180センチ、体重87キロとたくましい肉体で、とくに太もも周りの筋肉の発達ぶりには目を見張る。本人は高卒でのプロ入りを熱望しているが、右投右打の内野手はプロ側の需要も高いだけに、今秋のドラフト指名の可能性は十分にあるだろう。

 また、櫻井は主将として昌平野球部の先頭に立っている。決して言葉で引っ張るタイプではないが、その愛嬌溢れる笑顔には、人を惹きつける魅力がある。

 そして、櫻井は笑顔でこんな思いも語った。

「母はホームランか三振くらいしか野球のルールを知らないんです。でも、毎試合スタンドから大きな声で応援してくれて。ホームランを打った時は母の叫び声が聞こえて恥ずかしいんですけど、励みになります。また打って、喜ばせてあげたいですね」

 櫻井は日本で生まれ育っているものの、両親はタイ国籍である。中学1年時に日本人の祖父の「櫻井」に改姓した。両親は離婚しており、母・リンダさんと兄と3人、栃木県那須塩原市で暮らしてきた。中学生の時点でメディアに取り上げられることもあった櫻井は、埼玉の強豪・昌平に進学。現在は寮生活を送っている。

 愛息・ユウヤについて聞くと、リンダさんは流暢な日本語で「ホントに私の子でいいの? って思います」と語った。

「お兄ちゃんは反抗期もあったけど、ユウヤは全然なくて。前にユウヤのこと、インターネットで悪く書かれているのを見て......。『そんな子じゃないんです』って言いたくても、私は何もできないじゃないですか。

私、ユウヤのことが心配でやせちゃったの。でも、ユウヤはそんな私を見て、『ママが心配だよ』って言ってくれて。自分のことより、人のことを考える子なんです」

【野球の神様が支えてくれている】

 異国の地でシングルマザーとして子ども2人を育てる苦労は、相当なものだったのではないか。そう尋ねても、リンダさんはこう笑い飛ばした。

「私は子どもをサポートできるなら、何でもやりたいんです。支払いができないなら、頑張ればいい。私、お弁当を1日100個売ってます。ひとり親ですけど、子どもには食べたいものを好きなだけ食べさせてやりたいんです」

 リンダさんは那須塩原市でタイ家庭料理の店を営んでいる。ただし、店の営業よりも、息子の応援が最優先。当初はテイクアウト専門店だったが、今では客のリクエストを受けて平日ランチ営業もしている。ユウヤの大好物は鶏の唐揚げだという。

 リンダさんは「普通の日本人みたいな生活をさせてやりたい」という思いを原動力に、日々の生活を送っていると語った。

「迷惑をかけると、日本人じゃないと倍になっちゃう。だから、普通のいい子になってほしいだけなんです。スポーツをすれば、勝ち負けがあるから頑張るじゃないですか。だから子どもにはスポーツをやって、真面目に生きてほしいと思ったんです」

 大きな車を買うことはできず、借家で暮らし、外食をすることもほとんどない。それでも、リンダさんは「どこでも寝られるもんね」と笑った。その表情からは、ユウヤと同様に陽のオーラが溢れていた。

「誰に言っても信じてもらえないことが、いっぱいありました。私は、野球の神様がユウヤを支えてくれていると思ってます。ユウヤの運がいいから、私にもどんどん幸せが集まってくる。私の店もいいスタッフばかり。昌平高校は選手も親も、いい人しかいない。監督さん(岩崎優一監督)は野球だけじゃなくて、学校生活もしっかり指導してくれるすごい人。

ここはみんながひとつになれる、すごい学校です」

 昌平は21日に上尾との5回戦を戦う。花咲徳栄戦で徹底マークを受けた櫻井は、2死球を受けるなど2打数0安打に終わった。それでも、今夏は3試合で7打数4安打6打点と、好調をキープしている。

 愛情深い母が信じる「野球の神様」は微笑むのか。その先に、昌平にとって初めての聖地が待っている。

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