巨人・小林誠司インタビュー(前編)

【自分の置かれている立場】 

 気がつけばプロ12年目、36歳を迎えていた。昨シーズンは大城卓三の不振もあって42試合に出場したものの、ここ数年は出場機会が激減している。勝負をかけた今シーズンはファームで開幕を迎えた。

小林誠司は今、どんな思いでプレーしているのか?

「今季はファームでスタートして、その間もいつ一軍に呼ばれてもいいように、自分の置かれている立場というものを理解したうえで、いつでも一軍に合流できるように準備をしていました。ずっと『今、何ができるのか』『何をすればいいのか?』ということを考えていましたね」

甲斐拓也の巨人移籍で小林誠司は何を思ったか? 「拓也よりも勝...の画像はこちら >>
 今季のここまでを尋ねると、「いつ一軍に」「いつでも一軍に」と繰り返しつつ、小林は「自分の置かれた立場を理解したうえで」と言った。2025年シーズン、自身の「置かれた立場」をどのようにとらえているのか? 質問を投げかけると、しばらくの間、小林は考え込み、そして静かに口を開いた。

「若い選手も多いですし、彼らがどんなことを考え、どんなことを感じながらプレーしたり、どんな意識を持って練習したりしているのか。そんなことを考えながら、毎日を過ごしています。できることならば、少しでも彼らの力になりたいので、若い子たちが自然に話せるように自分から話しかけたり、こちらから何かを聞いてみたり、いいコミュニケーションを取れるように、そんなことをよく考えていますね」

 彼の発言にある「自分の置かれている立場」とはどのようなものなのか? そんな質問を投げかけたつもりだった。彼が口にしたのは、この問いに対する直接的な答えではなかったけれど、小林が今、心を砕いているのが「若い選手たちの手本となること」「いい相談相手になれるよう努めること」だということは、よく理解できた。

 だからこそ、より直截的に、「自分自身の成績よりも、若い選手たちの成長を促すことに意識が向いているのですか?」と尋ねると、その精悍な表情が引き締まった。

「もちろん、本音を言えば自分でも『試合に出たい』という気持ちは持っていますし、やっぱり試合で活躍したいです。だから、練習ではまず、自分自身のことにしっかり取り組んできちんと成績を残せるように意識しています。若い時のようにたくさんのチャンスがあるわけではないこともわかっています。その少ないチャンスでいかに結果を残すことができるか? そのために、いろいろなことを考えながら過ごしています」

【甲斐拓也の加入で考えたこと】

 小林は「常にいろいろなことを考えながら」と口にした。具体的には、どのようなことを考えながら、日々を過ごしているのか?

「試合に出ない時こそ、いろいろなことを考えている気がしますね。

漠然とベンチで試合を見ているのではなく、『自分だったら、こうするな』とか、『あのバッターは何を狙っているんだろう?』とか、常に考えています。もちろん、ベンチの中からじゃわからないこと、実際にグラウンドに立ってみないとわからないこともたくさんあるけど、それでも、常にいろいろイメージしながら試合を見るように心がけています」

 今季の小林は、なかなか出番が与えられない。昨年まで正捕手争いを繰り広げていた大城、岸田行倫に加え、福岡ソフトバンクホークスから甲斐拓也がFAで加入した。レギュラーキャッチャー争いは熾烈を極めている。甲斐の入団が決まった時、小林は何を思ったのか? 再び、その表情が引き締まった。

「昨年までは岸田、大城と一緒に頑張ってきましたけど、そこに新たに拓也が入ってくるということは、やっぱり僕らはまだまだ未熟だったのかもしれない。そんなことをまずは感じました。僕もそうですけど、岸田も大城も悔しい思いを持っていると思います。実際に入団が決まってからは、『たしかに拓也は優れたキャッチャーだけど、絶対に負けない』、そんな気持ちでした。どんな状況になっても、自分の置かれた場所で一生懸命、頑張る。そんな思いだったというのが、正直なところですね」

 強い決意を口にした直後、小林は「そうかと言って......」と続けた。

「いざ同じチームで優勝を目指す仲間になるわけだから、拓也が困っている時には、何か力になりたい。

彼もまた新しいチームでとまどうことも多いはずだし、今までとは違うプレッシャーもあるはず。だから、それを見て見ぬふりをするんじゃなくて、チームとしていい方向に進むように、いろいろな話をしながら一緒に進んでいきたい。そんなことも考えましたね」

 前述したように、若い選手たちに対しては「彼らの力になりたい」と言い、強力なライバルである甲斐に対しても、「一緒に進んでいきたい」と、小林は言う。そこには、「ライバルを蹴落としてでも、自分が前に出るんだ」という思いよりも、「チームのために」という意識の方が強いことが窺える。

「やっぱり、しんどい時にはみんなで励まし合いながら、協力しながら進んでいくことも大事だと、僕は思っているんで......」

 その瞬間、小林の口元から白い歯がこぼれた。この発言こそ、小林誠司の小林誠司たる所以なのかもしれない。

【決してあきらめない不屈の姿勢】

 新たに入団したばかりの強力なライバルについて、さらに質問を続ける。日本を代表する甲斐と比較して、自分ではどこが優れていると思うのか? 自身のストロングポイントはどこにあると感じているのか? そんな質問を投げかけると、「僕と拓也を比較して?」とつぶやき、しばらくの間考え込み、「難しい質問ですね......」と言ったあと、ゆっくりと口を開いた。

「拓也もいろいろな経験をしてきていると思います。それこそ、何度も優勝を経験して、日本一にもなって、日本代表も経験している。でも、僕もある程度、いろいろ経験をしてきているつもりです。もしも、拓也よりも勝っているものがあるとすれば、それは二軍での経験や、試合中盤に交代を告げられてベンチから試合を見ることになったり、いい経験も、悪い経験もたくさんしてきていることだと思います」

 ちょうどこの取材前日の試合でのことだ。

好機で打席に立った小林はスリーバント失敗後、赤星優志とともに試合途中での交代を命じられたばかりだった。いい時ばかりではない。辛い時、大変な時も経験していること。それが自分の強さであり、武器である。小林は、そう考えている。

「人間って、いい時よりも、悪い時にその人の本当の姿が出るっていうじゃないですか。だからこそ、そんな時こそ、ベンチの中でも決して腐らずに誰よりも大きな声を出す。そのときにできることをしっかりやる。言葉で言うのは簡単だけど、それはとても難しいこと。その点は、拓也よりも僕の方がそういう経験を積んでいるんじゃないのかな?」

 これまでの発言に見られるように、彼の姿勢は常に、「決して腐らずに、できることを全力でやる」というスタンスで貫かれている。その点を指摘すると、「そうですね」と言い、小林は続ける。

「うまくいかないからといって、腐ってしまったり、あきらめてしまったりするのはとても簡単なことだと思うんです。

でも、僕はそうはなりたくない。辛い時、大変な時こそ、きちんとしていたい。そんな思いは強くありますね」

 本人の言葉にあるように、どんな環境下にあっても、小林は決して腐らず、決してあきらめず、常に前向きに、自分のできることに取り組んでいるように見える。その点を指摘すると、やはり「その通りですね」と言いながら、小林は後輩とのエピソードを披露した──。

つづく>>


小林誠司(こばやし・せいじ)/1989年6月7日生まれ、大阪府出身。広陵高から同志社大、日本生命を経て、2013年ドラフト1位で巨人に入団。強肩の捕手として活躍し、16年から4年連続してセ・リーグの盗塁阻止率トップを記録。また菅野智之とのバッテリーは「スガコバ」と呼ばれ、最優秀バッテリー賞を2度受賞。17年には侍ジャパンの一員として第4回WBCに出場し、攻守で活躍した。近年は出場機会を減らしているが、リーダーシップと高い守備力でチームに貢献している

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