阪神2年ぶりのリーグ優勝がほぼ確実となったいま、ファンの関心はタイトル争いだ。なかでも4番・佐藤輝明の「三冠王」には、大きな期待が寄せられている。
【本塁打、打点の二冠王】
たしかに少し気の早い話ではあるが、打撃部門それぞれのタイトルを獲得するために、現状で足りない部分に着目することは、打者・佐藤の成長過程を見極めるうえで、意義のあることかもしれない。
あくまで私の見立てではあるが、今季セ・リーグのタイトルは打率3割、45本塁打、100打点。この数字が今季の打撃3部門のタイトル獲得の基準であり、佐藤にとってもひとつ目安になるんじゃないか。
8月21日現在(以下同)、佐藤の成績は打率.275(リーグ7位タイ)、本塁打31本(リーグ1位)、打点76(リーグ1位)で、本塁打と打点の二冠王である。本塁打に関しては、2位の森下翔太に14本差をつけており、よほどのアクシデントでもない限り、当確と言っていいだろう。
その佐藤のバッティングだが、今季は明らかに変わった。昨年までは調子の波が激しく、一度スランプに陥ると長引く傾向があった。その原因は「力み」にあった。打ちたいという気持ちが先走り、ボールよりも先に意識がライトスタンドへと向かってしまうのだ。
相手バッテリーもそれを見抜き、ホームランコース付近の弱点を突いたうえで、落ちる球で仕留める──。
もちろん、佐藤も黙っていたわけではない。打撃フォームを微妙に変え、とくにタイミングの取り方を工夫するなど試行錯誤を続けた。だが、その取り組みが逆にスランプを長引かせる一因にもなっていた。
それが昨年の夏過ぎから、すり足に近いステップを取り入れたことで、体重移動が安定してきた。すり足でも十分に力を伝えられる、その"コツ"をつかんだのだろう。
もともとバットに当てさえすればスタンドまで運べるだけのパワーを持っている。実際、狭い球場ではレフト方向への打球でもスタンドインする光景を自ら経験し、力まずとも本塁打を打てるという手応えを得たのだ。その証拠に、打撃は明らかに昨年までのような"引っ張り一辺倒"ではなくなっている。
【さらなる飛躍に向けての課題は】
では課題は何か? これは本塁打量産だけでなく、打率向上にも通じる話だが、「正確さ」と「バットスピード」である。
以前、私はこのコラムで「佐藤はホームランを打っても40本止まりだろう」と言ったことがある。その理由は、一発で仕留める精度に課題を残していたからだ。まだ甘い球を打ち損じる場面も多く、内角高めを意識させられたあとに外角低めの落ちる球を振らされ、空振り三振に打ちとられるシーンも何度も見てきた。
そしてもうひとつ求められるのが、スイングスピードのさらなる向上だ。大谷翔平を比較対象にするのは酷かもしれないが、彼が量産体制に入った時のスイングは圧巻だ。甘い球を逃さず、誰よりも速いスイングスピードで叩き込む。そして、その正確なミート力が本塁打を量産する最大の要因となっている。
もちろん佐藤に、今すぐ大谷のようなスイングをしろというわけではない。ただ、彼がもう一段、いや二段上のレベルへとステップアップするためのカギは、この「正確なミート力」と「スイングスピード」にあると考えている。
余談だが、大谷のスイングスピードがあそこまで速くなったのは、本人の努力はもちろんだが、ほかチームの投手たちがその必要性を突きつけたからでもある。150キロ後半の速球を克服しなければならない状況に追い込まれた結果、いまのスイングが磨かれた。言い換えれば、投手たちが大谷を育てたのだ。
では、佐藤を育てるほどの投手が、今のセ・リーグにどれほどいるのか。正直なところ、皆無に等しいと言わざるを得ない。
【打率を上げるための条件】
話をタイトルに戻そう。
今の状態なら、本塁打は40本をクリアし、42~43本には届くのではないか。課題をひとつ挙げるとすれば、本拠地・甲子園以外の球場で稼ぐことだ。言うまでもなく、甲子園は浜風が左打者には不利に働く。ライトからレフト方向へ吹く風を考えれば、ホームランを量産するのは難しい。逆に東京ドームや神宮といった球場でしっかり稼げれば、40本超えはおろか、50本の大台も見えてくる。
ただ三冠王となると、打率も必要になってくる。もともとアベレージヒッターではない上に、チームメイトの近本光司、中野拓夢が好調で、広島の小園海斗もいる。巧打者である彼らを差し置いて、打率3割を目指すのは容易なことではない。
とはいえ、野球人生において三冠王を目指せるというシーズンは、そうあるものではない。ならば、打率を上げるために必要なことは何か。まずは三振を減らし、四球を増やすことだ。
今の佐藤を見ていると、以前より確実性が増し、ミート力も上がった。それでも三振数はリーグワーストを記録しており、その多くはボール球に手を出してのものだ。それでも2割8分近くの数字を残しているのは立派なものだが、3割を目指すとなると話が違う。
では、三振を減らし四球を増やすにはどうすればいいか。そのひとつの答えは「フォークを捨てること」である。これができれば相手バッテリーの攻め手は制限され、ストライクゾーンで勝負せざるを得なくなる。
ただ、フォークを見極めるのは容易なことではない。打者からすれば、投手の手を離れた瞬間ストレートに見て、反射的にスイングしてしまうからだ。意識だけで克服できるものではない。
そのなかで打者ができることといえば、目線を少し高めに置き、球種ではなく高さで打つ球を決めることだ。見逃してストライクなら仕方ない。
あとは、最近は右手一本で外角のボールを拾ってヒットにしていることがあるが、スタンドインにこだわらず、こうした対応力をしていけば、自ずとヒット数は増えていくはずだ。
【打点王の最大の敵は...】
最後に打点についても触れたいと思うが、じつはこれが意外に苦しむかもしれない。というのも、打点王のライバルはチームメイトの森下翔太で、佐藤の前に座る打者である。打撃好調な近本、中野が出塁し、森下が還すという場面は、今後も大いに考えられる。現在、佐藤と森下の打点の差は10だが、最後まで熾烈なタイトル争いが繰り広げられそうだ。
こればかりは佐藤自身どうすることもできないが、得点圏に走者を置いた場面でいつもどおりのバッティングができるかどうか。「ランナーを還してやろう」と力むと、バッティングそのものが崩れてしまう可能性がある。それが一番怖いことである。
それにしても今季は飛ばないボールを使っているのではないかと言われるほど、打者にとっては困難なシーズンである。現時点でセ・リーグは3割打者がひとりもおらず、もし2割台で首位打者となれば、2リーグ分裂後、初めてのことだという。
そんな投高打低のなか、40本塁打を達成したら......その価値はとてつもなく大きいと思う。