山中慎介 5.2「THE DAY」インタビュー 前編
5月2日、東京ドームで行なわれた井上尚弥(大橋)vs.中谷潤人(M.T)のWBA・WBC・WBO・IBF世界スーパーバンタム級4団体統一タイトルマッチ。結果は、3-0の判定で井上が防衛に成功した。
観客動員は5万5000人と公式発表され、1990年に同じく東京ドームで行なわれた「マイク・タイソンvs.ダグラス」戦が記録した5万1600人を上回り、日本ボクシング史上最多を更新。「THE DAY やがて、伝説と呼ばれる日」と銘打たれた一夜を、リングサイドで見届けた元WBC世界バンタム級王者・山中慎介氏に振り返ってもらった。
【パンチを避けると会場が沸く試合】
──観客動員は、2024年5月の井上尚弥vsルイス・ネリ(メキシコ)戦の4万3000人を大きく上回りました。会場の雰囲気はいかがでしたか?
「大会の始まりからかなり客席は埋まっていましたね。興行の最初のほうの試合から埋まるって、日本くらいじゃないですか。僕は3列目くらいで観させてもらいましたが、前に座った方の身長が高くて、たまにモニターを見たりしていました(笑)」
──そのメインイベント、井上vs中谷の総括をお願いします。
「中谷の闘い方としては、しっかり距離を取って、いかにやりづらくするかというところでしたよね」
ーー序盤4ラウンドまでは、ジャッジ3者とも井上選手がフルマーク(40-36)。5ラウンドは2者が井上選手で、1者が中谷選手でした。
「前半のポイントは井上に流れましたから、中谷からするとダウンを取るしかない展開になりました。ただ、中盤まではお互いに、まともにパンチが当たる場面はほぼなかったですね」
ーー序盤は井上選手が中に入って、ボディーストレートを当てていきました。その分だけポイントが流れた印象です。
「そうなんです。中谷が『いかにやりづらくするか、もらわないようにするか』という意識で闘っているなか、井上は中に入ってパンチを当ててポイントを取った。
ーー中谷選手側は『井上選手は学ぶ力がすごいので、序盤は学ばせない闘い方をした』と説明していました。
「作戦としてはそうだったんでしょう。ただ、『行きたくても行けなかった』という部分もあると思うんです。勝ちにきているわけですから、『前半のポイントを全部持っていかれてもいい』という考えは絶対になかったと思いますね。様子見は2、3ラウンドまで、という予定だった可能性もありますが、中谷に攻めさせなかったのも井上のうまさでしょう。
ただ、中谷も致命的な被弾があったわけでもなかった。技術的な部分で、最高峰の戦いだったと思います。判定の試合は、ライト層のファンには刺さらない可能性もありますが、そういった試合とはまた違った内容でしたよね」
ーーどちらかがパンチを避けると会場が沸くという、なかなかめずらしい光景でした。
「ボクシングの練習のなかに、1対1の『決め打ち』というものがあります。ワンツー、左フックといったコンビネーションを決めて、攻防をお互いに学ぶ練習です。あの試合も、『打ち合わせをしているのかな』と思えるくらい、リングのなかでお互いの駆け引きを楽しんでいるのが伝わってきました。
ーー打撃戦ではないすごさが伝わる試合でした。
「決してディフェンス一辺倒ではなく、お互い攻めたいのも伝わるんです。でもなかなか行けない。それが伝わりました。もの凄く高度な駆け引きをしていました」
【"縦の攻防"による主導権争い】
ーー井上選手が中に入っていくタイミング、速さはいかがでしたか?
「すごいとしか言いようがないですね。中谷のあの長い距離だと、ほかの選手なら触れることも難しいところを入っていくわけですから。井上はサウスポー相手でも、ワンツーを踏み込んで普通に当てます。ただ、中谷はスタンスを広めにして、頭の位置をより後方に置いていましたから、相当遠く感じたはず。だから、いつも以上に下(脚力)を使ったはずです。大きく、しかも速く入るわけですから、踏み込みはかなり疲れたでしょうね」
ーー序盤、井上選手は右のボディーストレートを多用していました。
「カウンターをもらいにくくするということ、それから、とりあえず体に触れておくという意図もあると思います。それでも中谷はなかなか触れさせなかったし、当たっても浅かった。『井上のレベルでもこうなんだから、ほかの選手は当てられないだろうな』と思いながら見ていましたよ」
ーーお互いに、足の位置どり、外を取る・内を取る、という"陣取り"の動きはあまり目立ちませんでした。
「『けっこう正面だな』と感じましたね。外を取る、内を取るというよりも、"縦の攻防"でした。前の手もそうですけど、縦の出入りと距離感で勝負していた印象です」
ーーサウスポーとオーソドックス、いわゆる"ケンカ四つ"の場合、セオリーとしてはお互いが外を取ろうとして、前足がぶつかったり、踏んだりしますよね。トップレベルの闘いだとそうはならないのでしょうか?
「そうなんですよね。セオリーでは『外を取る』と言いますが、むしろ最近では、中で当てているイメージのほうが強くなっていると思います。もちろん、外を使いながら内に入る、というのもあるんでしょうけどね。中谷からすると、外を取ろうとすると井上と距離が近くなるので、それはしなかったと思うんですよ。後ろ重心にして、とにかく遠くに頭を置いておくほうを選んだと思います」
ーー横で見ているのと、実際にリングで正面に対峙しているのとでは、また全然違うでしょうね。
「正面、縦で構え合うと、本当に違うと思います。
先ほども話しましたが、打撃戦じゃないのに、見ている人たちにすごいと思わせる。その最たる試合でした。お互い攻めたいのも伝わるんですけど、なかなか行けない。高度な駆け引きやヒリヒリした緊張感がものすごくわかる一戦だったと思います」
■中編:再認識した井上尚弥の「1発の強さ」 敗れた中谷潤人が手に入れたものは何か?>>
(文中敬称略)
【プロフィール】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)
1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。



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