投手としての登板からは2カ月以上遠ざかり、6月以降抱えてきた身体の問題が9月には打撃にも表われ、打者としても欠場する試合が出てきた。大谷翔平の「二刀流」は言うまでもなく、前例のない負荷がかかるものでもあるが、再び良い状態に持っていくために、大谷本人とドジャースはどのようなアプローチをしていこうとしているのか。
【選手の負荷管理責任者が語る復帰までの過程】
大谷翔平の身体に何が起きているのだろうか。
左膝の炎症と右上腕二頭筋の違和感により、7月3日を最後にマウンドから遠ざかっている。復帰が見えかけた8月末には、ブルペン投球後に「身体全体が100%ではない」と訴え、予定されていた登板が見送られた。さらに9月2日のセントルイス・カージナルス戦では、今季初の1試合4三振。最後の打席ではスイングするたびに右腕を振り、顔をしかめた。
「明らかに彼本来のスイングではなかった。どこかをかばっていた」。デーブ・ロバーツ監督はそう説明し、翌3日の試合で大谷をスタメンから外した。
大谷が抱えるそれぞれの症状が、互いにどう影響しているのかは明らかにされていない。ただ、現在わかっているのは、左膝が主に投球と走塁で問題となり、9月2日の打席で見られた異変については、右上腕二頭筋から首周辺の症状が報告されているということだ。
では、異なる動作による負荷をひとつの身体で受け止める選手を、ドジャースはどのように競技へ戻していくのか。
その考え方を知るため、ドジャースの選手の負荷管理を担当し、リハビリから競技復帰までに関わるブランドン・マクダニエル(育成統合担当コーチ、選手パフォーマンス統括責任者)に話を聞いた。
彼の仕事を理解するうえで、トミー・エドマンの復帰過程はわかりやすい例になる。エドマンは右足首の靱帯修復と骨棘除去の手術を受け、昨年末から今年6月にかけて長いリハビリに取り組んだ。その過程に深く関わったのがマクダニエルだった。
「最初は、関節の可動域を完全に取り戻し、修復した部分が本来の形で動くようにすることでした。手術後は患部が硬くなることが多いので、早い段階から取り組み、リハビリの土台をつくりました」
可動域に続いて取り組んだのが、足首の安定性だった。エドマンの足首は過度に動く状態だったため、どの方向へ動いても患部を安定させられる身体をつくる必要があった。スイッチヒッターのエドマンは、右打席と左打席で足首の使い方が変わる。内外野の複数ポジションを守るため、左右への移動や方向転換、踏ん張っての送球など、状況ごとに異なる負荷にも対応しなければならない。それでも、いきなり野球の動作へ戻したわけではなかった。
「スクワットができるか、ランジができるか、跳べるか、方向転換できるか、足を交差させて動けるか。そこまでは、まだ野球のボールに触れる前の段階です」
まず基本動作を回復させ、そこに打撃や守備を組み込む。最後に必要になるのが、試合中の予測できない動きへ反応するためのパワーだった。
「十分な可動域、安定性、筋力を保ちながら、求められるすべての動きができるか。そして最終的には、フィールドで起きることに反応できるだけのパワーがあるか。私たちが担当したなかでも、最高のリハビリ例のひとつです」
【「右投げ左打ちの二刀流」の観点からの分析】
エドマンの復帰過程からわかるのは、痛みが軽減しただけでは競技復帰にならないということだ。まず患部の可動域と安定性を取り戻し、基本動作から野球動作へ段階的に負荷を上げる。患部に好ましくない反応が出れば前の段階へ戻り、動作や負荷を調整することができる。
ところが、大谷は投手としてリハビリ中でありながら、打者としては毎日が実戦だった。ブルペンで投球数を増やした日にも打席に立ち、出塁すれば全力で走り、減速してベースを回る。左膝への投球負荷を慎重に増やす一方、打撃と走塁による負荷を完全に取り除くことはできなかった。
通常ならひとつずつ積み上げる負荷を、大谷の場合は並行して管理しなければならない。しかも、ブルペン後の身体の反応が投球によるものなのか、試合の疲労によるものなのか。
マクダニエルは、その違いをこう説明する。
「一般論として、翔平は右投げ左打ちなので、膝に求められる動きが違います。投球と打撃では脚の使い方が異なる。それが最も大きな違いだと思います」
投球時、大谷の左脚は着地脚になる。右脚でプレートを蹴って前方へ移動した身体を左脚で受け止め、骨盤と上半身を回転させて右腕を振る。地面に固定された左脚には、着地の衝撃と回転によるねじれが加わる。大谷自身、投球メカニクスが左膝の問題の一因だったと説明していた。離脱中には、着地時に身体が閉じた状態になりすぎず、少し開くことで膝へのねじれを減らす修正に取り組んだという。一方、左打ちのスイングでは、左膝にかかる力の方向もタイミングも、投球時とは異なる。したがって、打者として出場できることと、投手として復帰できることは同じ意味ではない。
走塁にも特有の負荷がある。
「私たちは走ることを直線的な動きとして考えがちです。しかし、特に翔平は強い打球を飛ばし、長打も多い。野球の走塁には回転を伴う動きが多く、陸上競技で走る時とは異なるストレスが膝にかかります」
野球では直線的に加速するだけでなく、ベースの手前で減速し、身体を内側へ傾けて方向を変え、再び加速する。大谷は8月中旬、トップスピードに乗りづらく、ベースを回る際に外側へ膨らむと明かしていた。9月1日にも、三塁へ全力で走って急停止したあと、左膝を伸ばす姿が見られた。ロバーツ監督は「急に止まると、膝の前側にかなり負担がかかる」と説明している。
ここで整理しておきたいのは、左膝の問題と、9月2日の打席で見せた右腕の異変は分けて考える必要があることだ。左膝は主に投球時の着地や走塁に影響している。一方、大谷が最後の打席で右腕を振り、顔をしかめていた際に問題を感じていたのは、主に右上腕二頭筋から首周辺だった。肩にも近い部分だが、これまでの画像検査では、肩そのものに異常は確認されていないという。監督によれば、症状が急激に悪化したというより、改善しない状態でスイングによる負荷が積み重なっていた。それが9月2日の打席で目に見える形になったという認識だ。
【大谷だからという理由だけで、出場させるつもりはない】
では、球団は複数の負荷をどのように把握しているのか。
「私たちは、どれだけ投げ、どれだけ打ち、どれだけ走り、どれだけ試合に出たかを常に確認しています。走るスピードが通常どおりかということも見ています」
球団は、大谷本人が伝える痛みや疲労の感覚だけで状態を判断しているわけではない。投球数、スイング量、走行量、出場時間に加え、走るスピードが通常の水準にあるかなどを日々モニターし、その変化を確認している。そこに本人の感覚や反応を重ね、次の段階へ進めるかを判断する。
マクダニエルは大谷について「コミュニケーション能力が高く、自分がどう感じているかを伝えてくれる」とも話している。本人の訴えと客観的な情報のどちらか一方ではなく、その両方を使って管理しているということだ。8月末には、ブルペン後の身体の反応を大谷が伝えたことで、投手復帰にストップがかかった。9月3日には、打席で目に見える異変が表われたことを受け、監督が休養を決めた。球団は状態を観察するだけでなく、実際に負荷を減らす段階へ入った。
大谷には、身体が動く限り出場し、投打で貢献しようとする強い意志がある。
数日間スタメンから外すことで十分なのか。さらに時間が必要なのか。それとも故障者リスト(IL)に入れてまとまった休養を与えるのか。投手としての調整を続けるのか。答えはまだ出ていない。
二刀流とは、投げて打つ能力だけを指す言葉ではない。投球、打撃、走塁という性質の異なる負荷を一つの身体で受け止め、シーズンを戦い抜く挑戦でもある。10月に本来の大谷を取り戻すため、どの負荷を減らし、どの役割を残すのか。ドジャースは、本人の感覚と日々蓄積した客観的なデータを突き合わせながら、その答えを探している。
奥田秀樹●取材・文 text by Hideki Okuda










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