名将たちの人心掌握術(9)
ユルゲン・クロップ

「ゲーゲンプレス」

 ドイツ人監督ユルゲン・クロップは、そう呼ばれる「対プレスカウンター戦術」でその名を馳せた。激しく攻めたてながら、ボールを失ったら即時奪還。

そこを攻撃のリスタート地点とする形を、細部まで論理的に確立した。モダンな戦術で、その仕組みのなかで選手は成長し、強力なチームになっていった。

「監督を続けるエネルギーが尽きた」

 クロップは、そう言って2023-24シーズン限りでリバプールの監督を辞めた。あらゆるタイトルを勝ち取ったあとで、監督業からの引退も示唆したほどだった。

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「監督生活25年間で、結婚式に行ったのは2回だけ。一度は自分の結婚式、もう一度は(監督を辞めた)最近だ。映画に行ったのは4回。それはすべて最近になってからだ。孫たちと過ごす時間は楽しいし、監督に戻りたいとは思わないが......『やっぱり監督をする』と言ったら、『もう戻らないって言ったのに!』って言われるんだろうね」

 アメリカのスポーツ専門サイト『The Athletic』のインタビューでそう語っていたクロップだが、2026年夏には4年契約でドイツ代表監督を引き受けている。監督でなくてはいられなかったのだろう。彼は「監督という生き物」なのかもしれない――。

 クロップは、選手のマネジメントをひと括りにして捉えていない。

選手によって生きてきた環境は異なっており、それを踏まえて向き合ってきたという。簡単に言えば、選手ごとに付き合い方を変えてきたということになる。

「自分があるのはクロップのおかげ」と語っているのはポーランド代表ロベルト・レバンドフスキ。ドルトムント監督時代の革命的なサッカーの中心選手だった。当時、チームには元日本代表MF香川真司も在籍していた。

「世界の違う地域から来た選手たちをひとつにするには、全員が同じ道を行く、と思わないほうがいい」

 ポッドキャストの番組のなかでクロップがそう発言した言葉は世界中に伝わっている。

【選手の個性に合わせたマネジメント】

「単純に、同じだなんてことはあり得ないだろう。なぜなら、ドイツで生まれ育つのと、セネガルで生まれ育つのではまったく違う。ある選手が私のところにきて、『なんでそれぞれ違う扱い方をするんですか?』と不満げに聞いてきたことがあったが、『だって、彼はアルゼンチン人で、窓もない家で生まれ育っているけど、君たちは何不自由のないミュンヘンで生まれ育った。それでも彼のように扱ってほしいのか?』と答えたよ」

 選手の個性に合わせて指導をする。それは簡単ではない。なぜなら、それは非常に労力がいることで、見極める眼も必要になるからだ。"みんな同じように"のほうがどれだけラクだろうか。

そこまで行き届いたマネジメントができていたことで、選手たちをどんな戦術にも対応させることができたのだろう。

「ドルトムントでの補強に関しては、シンジ(香川)のときのように運もあった」

 ドイツの大手スポーツ誌『キッカー』のインタビューでクロップは語っているが、彼の真骨頂が出たと言えるだろう。

「スポーツディレクターやチーフスカウトにシンジの映像を見せられた。でも、『日本の2部リーグ(香川は2007年から09年までJ2のセレッソ大阪でプレーしていた)と我々ドルトムントが必要とするものを、どう照らし合わせて見るのか?』と聞いたよ。それから、シンジはたったの35万ユーロ(当時のレートで約5000万円)でやって来た。彼が初めて練習に参加したあと、我々コーチ陣はみんなで抱き合って喜んだよ」

 クロップは「プランニング」(目標達成に向けた戦略計画を事前に立案・整理すること)に優れたリーダーと言える。そこに頑迷さや偏見は一切ない。納得できたら、新しいことに挑む。常に新しいことを適応させ、失敗を許容することも含めて弾力性があると言えるかもしれない。そのおかげで、香川のような素材もチームに取り込むことができたのだ。

 クロップの代名詞である「ゲーゲンプレス」も、相手や味方の戦況に応じ、アップデートしてきた。だからこそ最強を誇った。

プランニングは常に変わり、常に最高を目指した。変化を恐れない姿勢にこそ、マネジメントの神髄はあったかもしれない。

【「他人を打ち負かす必要などない」】

 遠藤航を獲得したリバプール監督時代、クロップが『Sky News』で理念を語っていたことがあった。

「私がやりたいのはリバプールというクラブの構造や文化を確立することにある。私がいなくなっても、リバプールの土台となるフィロソフィーは"選手やスタッフ次第"であってはならない。"クラブが守ってきたフィロソフィー次第"でなければならないんだ。その哲学に殉じて意味のあることをやっていけたら、きっと正しい道を進むことができるだろう」

 その理念は、マンチェスター・シティを率いていたジョゼップ・グアルディオラに似ている。もっと言えば、グアルディオラの師匠であるヨハン・クライフがバルセロナでやり遂げたことに近いだろうか。戦い方の哲学がクラブの土台になって、あとを継いだ者がその伝統を更新していく。

 そのグアルディオラは、「クロップとの勝負は重要だった。リバプールのようなライバルがいることで強くなれた」と語っている。お互いがプレミアリーグでし烈な争いを演じたことで、どちらも欧州王者になることができた。

勝ち負けをかけて戦うが、勝ち負けのために戦っているのではなく、サッカーの奥深さに辿り着こうとしてきた。流儀、理念、あるいはフィーリングが根っこにあったのだ。

 クロップも、勝負以上のことを追求していたことを裏づける発言をしている。

「『サッカークラブでどんな功績を残したいか』と聞かれたことは一度もないが、『墓石に何と刻んでほしいか』と聞かれたことがある。正直に言うが、『彼はいい人だった』とだけ書いてほしい。それだけで十分、私の唯一の願いだ。成功するために、他人を打ち負かす必要などない。これまでそんなことをしたことはないし、これからもするつもりはない」

 クロップはドイツ代表監督として「ゲルマン魂」を取り戻すことはできるか。それは歴史の再構築に近い挑戦だ。

ユルゲン・クロップ
1967年、ドイツ・シュツットガルト生まれ。現役時代はマインツなどでプレー。2001年に現役を引退すると、当時2部だったマインツの監督に就任し、2004年に1部昇格を果たす。

その後、2008年からドルトムント、2015年からはリバプールの監督を務める。2026年、ドイツ代表監督に就任。

小宮良之●文 text by Yoshiyuki Komiya

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