レアル・マドリードに何が(前編)
10月25日(現地時間)、レアル・マドリードは通算265回目となる伝統の一戦「エル・クラシコ」を戦うため、バルセロナの本拠地カンプ・ノウに乗り込む。しかし今回、レアルにとって最も難しい戦いは、必ずしもバルセロナとの試合ではない。
監督の交代、チームを支えてきたベテランたちの退団、新たなスターの台頭、そして選手同士の衝突......。才能豊かな選手たちを揃えながら、レアル・マドリードは最も大切なものを失っていた。チームのバランスとロッカールームの平穏である。
その混乱を象徴する事件が、今年5月に起きた。フェデリコ・バルベルデとオーレリアン・チュアメニ。チームを支えるはずのふたりのMFが練習中に激しく衝突し、チームメートが仲裁に入らなければならないほどだった。バルベルデは頭部を負傷し、病院に運ばれることになった。レアル・マドリードでは前代未聞ともいえる出来事だった。当然、フロレンティーノ・ペレス会長は激怒した。筆者が取材した情報を総合すると、ふたりの間には以前から緊張関係があったようだ。
すでにチームのリーダー的存在となっていたバルベルデは、チュアメニを呼び止め、内部事情をメディアに話しているのではないかと問い詰めたという。フランス人MFはそれを否定した。しかし翌日、バルベルデはまた同じ疑惑を持ち出し、ふたりは再び衝突した。
一部報道ではチュアメニがバルベルデを殴ったとも伝えられたが、バルベルデ自身は殴り合いを否定しており、衝突の際にテーブルに頭をぶつけたと説明している。クラブは事態の収拾を急ぎ、内部調査を行なった。最終的にふたりにはそれぞれ50万ユーロ(約8700万円)という高額の罰金が科され、ペレス会長の前で和解した。
【選手、スタッフにさまざまな摩擦】
だが、これで問題がすべて解決したわけではない。なぜなら、事件は単なる選手同士の喧嘩ではなかったからだ。チームを率いるべき立場の選手たちが、互いを信頼できなくなっている。それこそが、今のレアル・マドリードが抱える最も深刻な問題なのである。
こうしたトラブルはこの一件だけではなかった。昨シーズンは選手とスタッフの間でさまざまな摩擦が生じていた。
今年10月初旬になっても、マドリードから伝わってくるロッカールームの様子は、ひと言で表すならこうだ。
「冷えきっている」
カルロ・アンチェロッティがブラジル代表監督に就任するために去ってから、いや、その少し前から、すでにレアル・マドリードは決していい状態にはなかった。アンチェロッティが去ったあと、クラブはシャビ・アロンソを新監督に迎えた。新しい時代を築くためだった。
しかし、その挑戦はわずか7カ月で終わった。2026年1月、スペイン・スーパーカップ決勝でバルセロナに敗れると、クラブは再び監督交代を決断。セカンドチームのカスティージャを率いていたアルバロ・アルベロアを昇格させた。
だが、これでも問題は解決しなかった。シャビ・アロンソが一部の選手との関係構築に苦しんだだけでなく、クラブを熟知していたアルベロアでさえ、ロッカールームに完全な平穏を取り戻すことはできなかった。スペインのメディアは、その状況を「カオス」と表現した。
そこで浮上したのが、ジョゼ・モウリーニョだった。
こうしてモウリーニョは今年6月、13年ぶりにマドリードに戻ってきた。しかし監督を代えるだけでは解決できない問題がチームには存在していた。その理由を理解するには、「レアルから去った選手たち」にも目を向けなければならない。
【モドリッチがいなかった】
ここ数年で、レアル・マドリードの屋台骨ともいうべき選手たちが次々とチームを後にしていった。セルヒオ・ラモス、マルセロ、カリム・ベンゼマ、ナチョ、トニ・クロース、そして何よりルカ・モドリッチ。彼らが重要だったのは、単にピッチ上ですばらしいプレーを見せていたからではない。
彼らはチームの伝統であり、統率力であり、ロッカールームに安心感を与える存在だった。いつ発言すべきか、いつ黙っているべきか、新加入の若い選手をどう迎え入れればいいのか、小さな問題が大きなトラブルに発展する前に、いつチームメートを呼び止めて話をするべきか。
クロースやモドリッチは、声を荒らげなくても周囲を従わせることができた。ナチョはサッカー人生のほぼすべてをレアル・マドリードで過ごした選手だった。ベンゼマは、伝説的なサンティアゴ・ベルナベウでプレーすることのあらゆる重圧を経験してきた。
彼らが去ったあと、クラブはピッチ上のポジションを埋める選手を見つけることには成功した。ボールを持たせればすばらしい才能を発揮した。だがロッカールームの扉が閉められたあとに果たしていた役割を埋めることは、はるかに難しかった。そのことを最もよく理解していたのが、モドリッチだったのかもしれない。
モウリーニョは、マドリードに戻る時、チームにまだモドリッチがいてくれたら、と思ったかもしれない。しかし、それはかなわなかった。クロアチア人MFは2025年にレアル・マドリードを去っていた。2012年、モドリッチをマドリードに連れてきたのは、ほかならぬモウリーニョ自身だった。
興味深いのは、2026年のモウリーニョが、多くの人々の予想していた"あの"モウリーニョとは必ずしも同じではないことだ。もちろん彼は今でも厳しい指揮官だ。周囲に言わせれば、かなり無礼で、他人の意見など意に介さず、自らの考えを守り続ける。しかし、今のモウリーニョには、かつて彼を成功に導いたもうひとつの顔が前面に出ている。それは選手を守ることだ。
もともと彼は、外部からの批判を自ら引き受け、選手たちを守ることのできる監督だった。その一方で、要求に応えない選手には容赦なく厳しい言葉を浴びせ、時にはそれがチーム内の対立を招くこともあった。マドリードに戻ったモウリーニョは、その厳しさを失ってはいない。だがそれ以上に、選手たちを守る時には徹底的に守る姿勢が目立つ。まるで母ライオンのように。
その姿勢が最もよく表れているのが、ヴィニシウス・ジュニオールへの対応だった。
(つづく)
リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon

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