電車で、荷物で他の座席まで占領している乗客を見かけたことはありませんか? 今回はそんな場面で、子どもの何気ない一言が車内の空気を変えたエピソードをご紹介しましょう。

優先席を占領するブランドバッグにモヤモヤ……

 ある休日の午後。桜井眞子さん(仮名・33歳)は、買い物帰りの電車に乗っていました。


 車内はそれなりに混んでいて、空いている席はほとんどなく、立っている乗客も少なくありません。買い物帰りと思われる家族連れや、仲の良さそうなカップルなど、それぞれが静かに会話をしながら乗車していました。

 眞子さんがふと優先席へ目を向けると、30代ぐらいの女性が足を組みながら座っていたそう。そして、その隣の席には大きなブランドバッグが堂々と置かれていました。

「正直、え? と思いました。バッグ一つでひと席使ってしまっている状態なのに……本人はまったく気にしていない様子で」

優先席を“ブランドバッグ”で占領する女性。目の前の妊婦にも知...の画像はこちら >>
 女性はスマホに夢中で、周囲を見渡す様子もありません。混んでいるのにバッグを膝の上へ移す気配すらなく、まるで最初からその席も自分のものだと言わんばかりに置いたまま。

 周囲の乗客も一度はそのバッグへ視線を向けるものの、誰も声をかけることはできません。ただ、何とも言えない居心地の悪い空気だけが車内に漂っていたそう。

妊婦さんが目の前に……それでも動かない女性

 そこへ、お腹の大きな妊婦さんが乗車してきました。つり革につかまりながら優先席の前へ立ちますが、ブランドバッグの女性は顔を上げることすらありませんでした。

「どうしても、気づいているはずなのに見て見ぬふりをしているように見えてしまって……他の乗客もそう思っていたんじゃないかな? と思います」

 妊婦さんも無理に席を譲ってほしいとは言いづらいのか、静かに立ち続けています。その様子を見ていた乗客の中には落ち着かない表情を浮かべる人もいましたが、誰も動けないまま時間だけが過ぎていきました。


小さな男の子が放った、無邪気なひと言

「その時、近くに立っていた親子連れの5歳ぐらいの男の子が、例のブランドバッグをじっと見つめながら『ママ、あのカバンも疲れちゃったの?』とお母さんに聞いたんですよね」

 すると優先席の女性はハッとした表情で顔を上げると、初めて周囲の視線が自分へ集まっていることに気づいたようでした。スマホを持つ手が止まり、さっきまで余裕そうだった表情もみるみる硬くなっていったそう。

優先席を“ブランドバッグ”で占領する女性。目の前の妊婦にも知らん顔だったけど…小さな子どもの“素朴なひと言”で思わぬ展開に
※画像はイメージですShuttarou - stock.adobe.com
 恥ずかしさと居心地の悪さ、そして思わぬひと言を向けられた怒りが入り混じったような表情を浮かべると、女性はブランドバッグを乱暴につかみ、そのまま立ち上がりました。

「ですが、妊婦さんへ『どうぞ』と席を譲ることも、『すみません』とひと言謝ることもありませんでした」

 女性は周囲を見渡すことなく、そのまま足早に隣の車両へ移って行ってしまったそう。

子どもの優しさが、車内の空気を変えた

「そして、立っていた妊婦さんが空いた席に腰を下ろすと、男の子に向かって優しく微笑みながら『ありがとう。助かりました』とお礼を言ったんですよ」

 すると男の子は少し照れくさそうに笑い、近くにいた男の子のお母さんも、妊婦さんに会釈を返していたそう。

 張り詰めていた車内の空気は、そのやり取りをきっかけに少しずつ柔らかくなり、周囲にもほっとしたような表情が広がっていきました。

「相手の非を責める言葉ではなく、子どもの素直な一言だったからこそ、ブランドバッグの女性も何も言い返せなかったのかもしれません。男の子のお陰で、車内の雰囲気が一気にほんわかしたのが忘れられないんですよね」

 眞子さんは、ほんの少しでも相手を思いやる気持ちがあれば、あんな空気にはならなかったのでは? と振り返ります。

「公共の場は、自分ひとりだけが利用しているわけではありませんよね。だからこそ、自分にとっては何気ない行動でも、周囲には大きな違和感として映ることがあるんだなと改めて気付かされました」

「そして大人が言えなかったことを、子どもが何気ないひと言で伝えてくれることもあるんですね」と微笑む眞子さんなのでした。

<文・イラスト/鈴木詩子>

【鈴木詩子】
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。
好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:@skippop
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