ドラフト会議翌日の10月23日、巨人再建の「切り札」とも言える松井秀喜氏の第21代監督就任が決まった。

 巨人は10月11日、クライマックスシリーズ(CS)ファーストステージでDeNAに敗れ、今季の戦いを終えた。

橋上秀樹監督代行の退任後、来季の指揮官を巡ってさまざまな名前が取り沙汰されていた。そんななか、10月23日に松井氏の監督就任を伝えるニュースが駆け巡り、日本球界に大きな衝撃を与えた。

 球団の歴史を背負い、再建を託された球界屈指のスーパースター。この電撃的な監督就任を、巨人の大御所OBである94歳の広岡達朗氏はどう受け止めたのか。

【プロ野球】「松井がコケたら野球界は沈没するぞ」 広岡達朗が...の画像はこちら >>

【巨人フロントに問われる覚悟】

「まず、松井が巨人の監督になったことで、野球ファンは喜んでいると思う。長嶋(茂雄)と同じで、松井を嫌いなヤツなんていないからな。何より、松井はマイナーの野球も経験しているから視野は広いし、経験も豊富。だからといって、手放しで喜んでいいのかというと、それは違う」

 松井氏の監督就任を歓迎しながらも、広岡氏は慎重な姿勢を崩さない。そして、言葉に力を込めた。

「松井が監督になっても、巨人のフロントが本当に松井のやることを理解できるのかどうか。正しいことをやっていても、成績が出なかったら監督だけに責任を負わせて、簡単に首をすげ替えるのが日本のプロ野球。現役時代にスター選手だったからといって、コーチも経験させずにいきなり監督に据えて失敗するのは、サポート役として教えてあげる人を置いていないからだ。カリスマだから監督になっても大丈夫だという根拠はない。

松井だって例外ではない」

 その言葉からは、松井氏への大きな期待と、日本球界の現状に対する強い危機感がにじんでいた。

 言うまでもなく、松井氏は日本球界が生んだスーパースターのひとりだ。

 1992年のドラフトで、巨人から1位指名を受けて入団。10年間にわたって主力打者として活躍し、NPB通算332本塁打を記録した。2003年にはメジャーリーグへ挑戦。ヤンキースなどでプレーし、メジャー通算175本塁打、日米通算507本塁打を積み重ねた。

 そんな松井氏は、長らく巨人の監督候補として名前が挙がりながら、ユニフォームを着ることはなかった。それだけに、今回の監督就任は巨人ファンにとって待望のニュースだったに違いない。

【スター監督誕生に潜む落とし穴】

 だが、長年にわたって日本球界を見つめてきた広岡氏は、スター選手の監督就任が必ずしも成功を約束するものではないことを熟知している。

 古田敦也、松井稼頭央、立浪和義──。現役時代に球団の顔として活躍したスター選手たちが、引退後に監督を任されてきた。それぞれ置かれた状況は異なるが、現役時代の実績や人気が、そのまま監督としての成功につながるわけではない。十分な支援体制が整わないまま重責を担い、成績不振の責任を一身に背負わされるケースもあった。

 球団の象徴であるスターを監督に据えることで、人気回復やチーム再建を図ろうとする。そうした日本球界の体質に、広岡氏は以前から疑問を呈してきた。ましてや松井氏は、単なる巨人の生え抜きスターではない。日米で実績を残し、世界的な知名度を誇る球界のレジェンドだ。

 かつての「ON時代」の栄光が遠ざかり、盟主としての存在感が揺らぎつつある巨人にとって、松井氏の監督就任はこれ以上ない起爆剤となる可能性を秘めている。

 そして、松井氏の監督就任を語るうえで、避けて通れないのが長嶋茂雄氏の存在だ。松井氏にとって長嶋氏は、1992年のドラフトで4球団競合の末に交渉権を引き当て、自らの手で巨人の主砲へと育て上げた恩師である。そんなふたりの師弟関係は、球団の歴史を象徴する物語のひとつとなっている。しかし広岡氏は、そこにこそ危うさがあると指摘する。

「就任会見を見たが、記者たちの質問は馬鹿げている。長嶋、長嶋と、長嶋関連の質問ばかりして何になるというのだ。長嶋と松井は違うんだ。

こんな当たり前のことを言わせるほど、メディアの質は下がっている」

 長嶋氏には長嶋氏の野球があり、松井には松井の野球がある。偉大な師匠の後継者というイメージを押しつけることは、かえって可能性を狭めかねない。広岡氏の言葉には、そんな問題提起が込められている。

【広岡達朗が説く名参謀の重要性】

 広岡氏が最も懸念しているのは、松井氏にNPBでの本格的なコーチ、監督経験がないことと、その経験不足を補うサポート体制である。

「松井も就任会見で言っていたが、指導者をまったくやっていない以上、未知数なんだ。過去に少しでもコーチを経験していたり、1、2年でも誰かの監督のもとで修業を積んでから昇格するというのならわかる。だが、いきなり監督に就任させたのだから、フロントもそれなりの覚悟を持ってやれと言いたい。

 秋季キャンプから指揮を執ると聞いた以上、方針や戦略、個々の選手の見極めを早急にやらなければならない。ジャイアンツという巨大な組織のプレッシャーなんかに負けず、松井がやりたい野球をやればいい」

 監督就任が決まった以上、松井氏にはチーム再建という重責がのしかかる。だが、いきなりすべてを任せればいいというものではない。必要なのは、監督の方針を理解し、現場とフロントをつなぎ、時には指揮官に厳しい進言もできる人材だ。

 そこで広岡氏が注目したのが、一部で報じられた、松井氏の現役時代の後輩で、巨人の監督経験もある高橋由伸氏のヘッドコーチ就任構想だった。

「高橋由伸をヘッドコーチに要請したと報道されているが、本当なのか。

指導者としては素人の松井に対して、参謀となるヘッドコーチは、松井のことを熟知し、もっと野球を知っている緻密な戦略家を連れてこないと話にならん。はたして、高橋にそれができるのか。

 かつては鶴岡一人に蔭山和夫、川上哲治に牧野茂、星野仙一に島野育夫、落合博満に森繁和、そしてオレに森祇晶と、正反対の個性を持つ者同士がタッグを組んで覇権を握った。いずれも圧倒的なカリスマ性を誇る指揮官と、一歩引いた立場から全体を見渡し、勝利に導くマネジメントに尽力する軍師という関係だからこそ、うまくいったんだ。それが松井と高橋なのか」

 監督がチームの方向性を示し、参謀がそれを具体的な戦術や選手起用に落とし込む。時には監督の暴走を止め、時には耳の痛い意見を進言する。そうした関係が築けてこそ、強い組織が生まれるというのが広岡氏の持論だ。

 高橋氏もまた、巨人のスター選手として活躍し、引退直後の2016年から3年間、監督を務めた人物である。だが、監督経験があることと、すぐれた参謀になれることは必ずしも同義ではない。

 広岡氏は、高橋氏個人の能力を問題にしているというより、松井氏を支える組閣が本当に適材適所なのかを問いかけているのだ。

【仲良しクラブの組閣では勝てない】

 ここで広岡氏は、かつて自らに持ちかけられたこんな裏話を披露した。

「1988年のオフ、オレに巨人の監督就任要請が来たけど、断った経緯がある。

その時、大先輩の千葉茂さんが『広岡を監督、ヘッドコーチに長嶋』という布陣を考えて動いていたという話がある。ファンは面白いかもしれないが、そんなのが誕生しなくてよかった。それと同じだ」

 もし実現していれば、巨人の歴史に残る豪華な首脳陣となっていただろう。しかし、知名度のある人物を並べれば勝てるというほど、プロ野球は簡単ではない。

 いくらすぐれた監督でも、ひとりでチームを変えることはできない。誰を参謀に据え、どのような役割を与え、どこまで権限を委ねるのか。監督を支える組織のあり方こそが、チームの未来を左右する。

 広岡氏が求めているのは、仲のいいOBを集めた「仲良しクラブ」ではなく、勝つための組閣だ。

 松井氏の監督就任は、巨人にとって大きな転換点となるだろう。だが、それが真の再建につながるかどうかは、松井氏ひとりの力量だけで決まるものではない。

 そして最後に、広岡氏は吐き捨てるように言い放った。

「松井がコケたら、プロ野球界は本当に沈没するぞ」

 それは松井氏への警告であると同時に、巨人という球団全体に向けられた言葉でもあった。

稀代のスーパースターを監督に迎えたからといって、再建が約束されるわけではない。松井秀喜を真の名将に育てられるかどうか──その覚悟が、今度は巨人のフロントに問われている。

松永多佳倫●文 text by Takarin Matsunaga

編集部おすすめ