この記事をまとめると
■テストドライバーについて詳しく解説



■クルマの完成度を左右する重要な存在だ



■各メーカーの現場からの声も紹介



最大のミッションは安全で安心なクルマづくり

料理では素材の良し悪しもさることながら、うまい、まずいを最終的に決定するのは味付けだ。クルマも同じ。味付け次第でいいクルマにも芳しくないクルマにもなり、乗り味も大きく変わる。

顧客の要望を理解し、応えるソムリエであり、巧みに味付けを施す料理人でもある開発ドライバー、ふだん詳細に語られることのない、その仕事の実態に迫った。



設計部門と実験部門は一対 メイク&トライの繰り返し

静粛性や乗り心地といった快適性や、走る、曲がる、止まるといった運動能力など、クルマにはさまざまな性能が求められる。



各々に設計部門と実験部門があり、新車開発では、設計部門がつくった試作品を実験部門が試すというプロセスを踏むのが一般的だ。そして、各々の試作品を一元化した車両、試作車を完成させる。



パートは大まかに、エンジンやミッション、ボディ&フレーム、サスペンションやブレーキといったシャシーなど。それぞれに担当のテストドライバー(メーカーによって“評価ドライバー”や、“実験ドライバー”など呼び名が異なる)がいて、試走して得られた印象を設計部門に伝え、図面に落とし込んで再試作するという作業を重ねていく。



知られざる自動車メーカー「テストドライバー」の仕事を各メーカ...の画像はこちら >>



開発する車両の特徴や用途などによって、テストコースや評価項目は異なり、ここでは書ききれないほど広範囲に及ぶが、高速周回路を使った高速安定性/直進性の確認や、ドライ&ウエット両路面での制動/旋回性能、スラローム走行での挙動変化のチェックなどは、すべての車種で必須となる。



悪路の走破性能も重視されるSUVやオフロード車は、場合によって、壊れるまで厳しいオフロードコースや冠水路での徹底した走り込みが実施されるという。



短縮化が進む開発期間 60%以上が机上で完成

今回話を聞いた、某国産自動車メーカーの元車両開発責任者によれば、最近の新車は開発期間が非常に短くなる傾向にある。「車種にもよりますが、企画の立ち上げから開発終了まで1年かかっていないこともある」と言う。



その背景として、データを駆使した基礎設計があるようだ。それまでにどれだけ多くのノウハウ、データを蓄積しているかにもよるが、多くの場合、完成状態の6割以上がコンピュータ上でできあがるのが一般的だという。



「たとえば、サスペンションやタイヤをどういうふうに取り付ければ、クルマがどういう挙動を示すかなどは、概ねシミュレーションできます。とくに衝突安全性については、最適な設計を計算で容易に導くことができるようになり、昔のように試作車を何台もツブす必要がなくなりました」(前出・元車両開発責任者)



知られざる自動車メーカー「テストドライバー」の仕事を各メーカーに直撃! 6割が机上で作られる現代でも「人の手」が鍵を握っていた
衝突試験のようす



その一方、エンジンから駆動系、ブレーキ、サスペンションに至るまで電子制御部品が大半を占める現在のクルマでは、“モデルベース開発”と呼ばれる初期段階に、コンピュータのバグ(プログラムの欠陥など)による誤作動が頻発する。

これはシミュレーションでの回避は不可能で、走行中の安全性に大きく影響する重要箇所だけに一切のミスは許されず、“バグ消し”に多くの時間と労力を費やすという。



クルマがコンピュータ上でほぼできあがるなら、テストドライバーが担う領域は狭いだろうと思うかもしれない。が、それは違う。クルマは感性も求められる乗り物。実際に試作車をつくってみて、さまざまな立場から、あれこれ検討することが不可欠。開発現場での実験・評価は単純ではないのだ。



車種と開発目標に応じたテストコースと評価内容

新型車開発では、まずエンジン、ミッション、サスペンション、ブレーキなどパート(構成部品)ごとの開発が行われ、それらの試作品を1台に集約した試作車がつくられると前述した。



一般的に、部署ごとの実験部門とは別に、この試作車を走らせて評価するチームがある。テストドライバーというと、こちらをイメージする人が多いかもしれない。



部署ごとの実験・開発と同様、コンセプトどおりのクルマになっているか? 目標としている性能に達しているか? 車両全体を見て検証し、不具合のある箇所があれば、また個々の設計部門に差し戻して改善を加えるといった作業が繰り返し行われる。



知られざる自動車メーカー「テストドライバー」の仕事を各メーカーに直撃! 6割が机上で作られる現代でも「人の手」が鍵を握っていた
ホンダのテスト車両の走り



限界領域のテストは全車種で実施され、大小さまざまなコーナーが混在する“ハンドリング路”と呼ばれるテストコースが主体になる。基本的に、ハイスピード走行時のステアリングやブレーキ操作による危険回避など、事故を未然に防ぐアクティブセーフティを見るのが目的だ。



とくに運動走行性能を重視するスポーツモデルの場合、絶対的な速さ以外に、さらに高い次元でのハンドリング性能や、限界領域での操縦安定性などを見る目的で、よりアベレージスピードが速く、強いブレーキング/コーナリングGが加わる、車両負荷の大きいテストコース(サーキット)も開発の場となっている。



たとえば、トヨタは下山プルービンググラウンド、日産は陸別試験場、ホンダは鷹栖プルービンググラウンドという、非常に条件の厳しいテストコースを持っている。



究極性能を追求するテストドライバーの頂点

さらに、日産GT-Rやホンダ・シビックタイプR、少し前ではレクサスLFAといった、世界最高水準のパフォーマンスを目指すモデルでは、国内のテストコースにとどまらず、“世界でもっとも過酷なテストコース”として知られるドイツ・ニュルブルクリンクまで足を運ぶこともある。



ここで試作車の限界性能を引き出し、評価を任されるのは、選ばれし精鋭ドライバーのみ。ドライビングセンスはもちろん、高度な開発スキルを身につけるため長い期間をかけ、多くの経験を積むことが必要だという。



もっとも、GT-RにしてもシビックタイプRにしても、レーシングカーではなく、市販車だ。単純に速さだけ求めればいいというものではない。



知られざる自動車メーカー「テストドライバー」の仕事を各メーカーに直撃! 6割が机上で作られる現代でも「人の手」が鍵を握っていた
日産GT=Rの走り01



すべてのメーカー、すべての車種の走行テストに共通して言えることで、テストドライバーが担う最大のミッションは、まず、一般道を安全に安心して走れること。そして、操縦安定性と乗り心地とのバランスを取ること。それらをキチンと消化した上での「速さ」なのだ。もっと言えば、個々のメーカー、車種に適した独自の乗り味や、走る楽しさ、運転の気持ちよさを具現化することも求められる。



机上で、完成形の6割以上ができあがるという近年の新型車開発にあっても、最終的な仕様決定や、熟成を図っていく作業は、テストドライバーに委ねられている。



前出の元車両開発責任者も、「過去に某輸入車で経験しましたが、ここで手を抜けばすぐにバレます。優秀なテストドライバーがいるメーカーでなければ、いいクルマは生まれません」と断言する。



商品か? それとも製品か? 立ちはだかるコストの壁

では、優秀なテストドライバーと恵まれた開発環境(テストコースなど)で、必ずいいクルマができるかといえば、そうとは限らない。



すべてとは言わないまでも、日本の自動車メーカーのテストドライバーの開発能力がトップレベルにあることは間違いない。にもかかわらず、同クラスのクルマ同士で比較した場合、欧州車に対して遜色を指摘されることも少なくない。なぜか?



それはコストだ。優れたスキルを持っているテストドライバーであれば、どこをどう改善すれば、よりよくなるか百も承知だ。たとえばサスペンションを構成する一部のパーツのアップグレードがそれだが、新型車開発ではあらかじめ設定された予算があり、仮に数千円余計にかかるパーツを使えば、運動性能が向上することがわかっていても、容易に採用できない。



知られざる自動車メーカー「テストドライバー」の仕事を各メーカーに直撃! 6割が机上で作られる現代でも「人の手」が鍵を握っていた
メルセデス・ベンツCクラスの走り



「いいクルマをつくりたい」思いと、会社が求める利益の板ばさみで、開発にかかわる責任者はつねにジレンマを覚え、プレッシャーを抱えるという。



日本の道路環境も少なからず影響していて、欧州に比べてアベレージスピードが圧倒的に低いため、こだわったクルマづくりは、ともすると過剰品質になりかねない。もっといえば、日本では高い次元でのクルマの良否を判断できるユーザーが少ないこととも無関係ではないはずだ。



同一の日本車で欧州仕様と国内仕様が設定されている場合、乗り比べると、コストをかけた欧州仕様車のほうが明らかに高い操縦安定性などを示すことが多いのはそのため。



やろうと思えば、できるのだ。国産メーカーのテストドライバーの能力の高さを再認識するとともに、その能力を存分に活かせていない現状がなんとも歯がゆい。



現場に聞いた実際の話

日産

評価ドライバーに求められる、全車種に共通の“日産イズム”
新車開発は総合力です。設計部門と実験部門が一対となり、やりとりを繰り返しながら開発を進めています。



そして実験部に配属されている評価ドライバー(実験員のなかで、エンジン、サスペンション、ブレーキ、ABSといった運動性能の開発を行っているドライバー)は、最終的なクルマの振る舞いを決めています。



これは日産独自の開発プロセスかもしれませんが、現場の実験部門とは別に“Chief Vehicle Assessment Specialist (CVAS)”という、よりお客様目線で車両を評価するメンバーがいます。開発の節目で試作車を走らせ、その客観的な立場からの意見を開発に活かすというもので、いままでに多くの成果をもたらしています。



評価ドライバーは、運転スキルに応じてCランクからAランク(AランクのなかでもA2、A1、AS)まで分けられていて、ランクに応じて担当車種やテストコース内で走れる制限速度が異なり、ニュルブルクリンクでの限界(臨界)領域の評価も重視するハイパフォーマンスモデルの場合、トップランクの限られた人間になります。



知られざる自動車メーカー「テストドライバー」の仕事を各メーカーに直撃! 6割が机上で作られる現代でも「人の手」が鍵を握っていた
日産GT-Rの走り02



ドライバーの育成は階段を登るように一歩一歩。CランクからAランクへの飛び級はありません。それは、お客様が、仮に軽自動車のサクラに乗ったとしても感じることができる、日産車らしい走りのテイストや乗り味、いわば“日産イズム”をイチから教え込んでいく必要があるからです。



スポーツモデルの開発ドライバーこそが花形のように思われがちですが、走りに不利なハイトボディで、運転する人以外に、すべてのパッセンジャーの要求も満たす必要があるミニバンや軽自動車のほうが、むしろセンスが求められ、より高いスキルが必要かもしれません。



今後進んでいく電動化や自動運転化もまた、まずは土台であるボディやシャシーの性能が大前提です。安全に、安心して走って、曲がって、止まれるクルマの基本、それをしっかり磨き込んでいく開発ドライバーの役割は何も変わりません。



三菱

より過酷な条件で徹底的に鍛え上げるSUV&オフロード車
新車開発は個別の実験チームが評価・検証を実施。また、それらを総じて1台の車両として評価・検証するチームもあります。



カテゴリーや車種によって走行するコースや評価内容は異なる場合がありますが、すべての開発車は、限界領域の実験を実施し、最終挙動と安定性を確認しています。

とくにSUVやオフロード車の場合は、悪路走破性や耐久性を確認するためにより過酷な条件が設定される場合があります。



知られざる自動車メーカー「テストドライバー」の仕事を各メーカーに直撃! 6割が机上で作られる現代でも「人の手」が鍵を握っていた
三菱アウトランダーの走り



評価ドライバーは社内で決められた共通の教育、および各実験分野での教育や実際業務を通じて育成され、経験や運転スキルに応じた運転資格があります。運転資格によって担当する車両が異なることはなく、業務が異なってきます。



とくに高速域での運動性能や操縦安定性が重視されるハイパフォーマンス/スポーツモデルの場合、開発テストにかかわることができるドライバーの人数は規定していませんが、運転資格最上位の社員が対応する場合がほとんどで、現在およそ20名が該当します。



ホンダ

エキスパート開発ドライバーだけに許されるニュルテスト
開発ドライバーが担う領域は、静粛性や乗り心地、耐久性、あるいはシートの座り心地などなど多岐に渡り、各パートごとに担当が分かれていて、日常使用の評価を基本とした実験が繰り返し行われています。



さらに、それらを1台にまとめた試作車が、開発コンセプトに沿ってつくられているか否かを見て、最終的な仕上げを行うチームもあります。



国内に数カ所設けられているテストコースは、軽自動車からセダン、SUV、ミニバン、スポーツモデルまで、車両の特徴や、求められる性能に応じてそれぞれ異なります。



たとえば、NSXやシビックタイプRといったハイパフォーマンスモデルは言うまでもなく、軽自動車でもスポーツ性能を重視したS660の場合、車両への負担が大きい、北海道の鷹栖プルービンググラウンドで、限界領域での操縦安定性を見る必要がありました。



知られざる自動車メーカー「テストドライバー」の仕事を各メーカーに直撃! 6割が机上で作られる現代でも「人の手」が鍵を握っていた
ホンダNSXの走り



開発ドライバーは「S」を最上位に、「A」からランクが設けられており、日常使用での評価だけでなく、(急ブレーキや急ハンドルでの危険回避など)意図しない領域の対応などを含めた訓練を受け、Sランクになるまで基本的に10年。さらにニュルブルクリンクで速度無制限でのテスト走行が許されるエキスパート開発ドライバーに到達するまで、およそ20年。もちろん、すべての希望者がエキスパート開発ドライバーになれるわけではありません。



開発ドライバーの仕事で何より大事なことは、“お客様目線”。車両の特性やコンセプトを十分に理解し、実際にハンドルを握られるユーザーの方々が求められる最適なセッティングを施すことです。



仮にシビックタイプRのようなクルマでも、サーキットベストのような味付けではダメです。速さを求める一方で、一般道を安全・安心に走れることを前提に、できる限り快適性を損なわないことを意識する必要があるのです。



スバル

「お客様の立場で評価できること」が開発ドライバーに必要な資質
車両評価は、ユーティリティ(使い勝手)を含め、各機能/性能などの個別の実験チームによる実施が基本ですが、網羅的に評価している部署もあります。



限界領域の操縦安定性の評価については、各々の車種には特有の目標性能があり、走行条件や評価内容が異なる場合もありますが、ワゴンからSUV、ハイパフォーマンスモデルまで全車種で実施しています。そして、スバルでは専任のテストドライバーではなく、すべてエンジニアが評価を行う点が特徴と言えるでしょう。



知られざる自動車メーカー「テストドライバー」の仕事を各メーカーに直撃! 6割が机上で作られる現代でも「人の手」が鍵を握っていた
スバル研究実験センター



評価ドライバーに必要な資質は、お客様の立場で評価できること。乗って感じたことを、物理的に表現し、改善手段を図面に落とせるスキルが必須で、評価ドライバーを育成するSDA =SUBARU Driving Academyという、育成プログラムがあります。また、安全に安定した評価を実施するため、経験や運転スキルに応じて5段階のテストコースライセンスを設けています。



そして、高速域の操縦安定性を中心とした限界性能がとくに重視されるスポーツモデルの場合は、上記SDAのインストラクターも務めるドライバーが中心となって評価・開発が進められています。



スズキ

仕向地に応じたキメ細かい実験 グローバルな視点で進める開発テスト
新型車開発では耐久性、快適性、運動性能など、多岐にわたって評価・検証が行われますが、スズキでは、チーフエンジニアが各機種を統括して開発を進めています。



軽自動車やSUV系といった車両の限界領域での実験走行あるいは、 カテゴリーや車種によるテストコースや走行条件、評価内容の差異については、詳しくお話できませんが、その機種の仕向地(車両の輸出先の国)や仕様に合わせた実験をキメ細かく行うことで車両完成度を高めています。



知られざる自動車メーカー「テストドライバー」の仕事を各メーカーに直撃! 6割が机上で作られる現代でも「人の手」が鍵を握っていた
スズキのテストコース



※本記事は雑誌CARトップの記事を再構成して掲載しております

編集部おすすめ