この記事をまとめると
■トヨタがショーファーカーとして用意しているモデルが「センチュリー」だ■センチュリーを購入するためには資格審査が必要だった
■GRMN仕様やSUVのセンチュリーも登場して時代とともにイメージを変化させている
購入するためには資格審査が必要だったセンチュリー
ショーファーカーという言葉を聞いたことがあるだろうか。ショーファー、つまり専属の運転手が運転するプレステージカーのことを指している。一見、日本車には関係のないカテゴリーのように思えるが、じつは、60年近い歴史をもつモデルが存在する。
いい方を変えれば、このクルマの主人公は後席に着座する政財界のVIPで、VIPとは後席で丁重にもてなされながら移動する人物のことを指す。間違っても、VIP自らが運転席に座って運転してはいけないクルマ、あくまで運転は、専用の運転手が行うショーファーカー。センチュリーとは、こうした使われ方を前提に、企画・開発されたモデルである。
さて、このセンチュリー、2世代目のGZG50系がリリースされたころには、購入に資格審査(要するに、センチュリーの販売に見合う顧客か否か)が必要で、それは2代目オーナー(中古車として販売されるケース)に引き継がれる際も同様だったという。
簡潔に表現すれば、所有するオーナー(後席に座るべき人物)が紛れもないVIPであるか否かということで、こうした車格体系の頂点に位置するモデルとして世界的な認識を得ているモデルが、イギリスのロールス・ロイスである。階層社会のイギリスにあって、上位層に位置する人物とは王侯貴族。極論すれば、由緒正しき血筋の人物でなければ所有できず、その場合も専属の運転手が車両を運転しなければならない。いわば、社会の暗黙の了解で、庶民層とは関係のないかけ離れた世界での話になる。

現代の日本は階層社会でないが、こうした意味では1967年の発売から30年を経た2代目のセンチュリーが登場する際、センチュリーに対する価値観は、ロールス・ロイスと同種のものに昇華していた。いい換えれば、いくらお金があるからといって庶民層が手にすべき車両ではなく、それ相応の人にお使いいただきたい、というトヨタの販売姿勢、方針が打ち出されていた。
GRMNやSUVの登場で大衆化した超高級車
こうした特別な存在価値、誰もが手にすることはできないエクスクルーシブなセンチュリーに異変(?)が起きたのは2018年のことだった。当時の豊田章男社長が、センチュリーGRMNを作らせ、自ら運転して公衆の面前に登場した。
GRブランドといえば、不可触な超高級車ではなく、レーシングブランド、スポーツブランドの印象が圧倒的に強く、豊田章男氏が特別に作らせたセンチュリーGRMNは、THS-II(ハイブリッドシステム)を搭載する現行UWG60型をベースに、ドライバーズカー方向に振った仕様で仕上げられていたようだ。ご記憶の方がいるかもしれないが、同車は2019年の箱根駅伝から大会本部車両として使われていた。

現在のところ、センチュリーGRMNは市販(商品化)されておらず、あくまで豊田章男前社長の試みと捉えられているが、2023年9月、このセンチュリーに驚くべきモデルが追加された。SUVタイプのセンチュリーである。
興味深いのは、このSUVタイプのネーミングなのだが、公式には「センチュリー」と表記され、本来あるべき形態と考えられる従来のセンチュリーは、「センチュリー(セダン)」と表記されている。

このSUV型センチュリー、車両の仕様を見ていくと、やはり優先席(というより乗るべき人)は後席に座る人物で、リヤシートはフルフラット化が可能になっている。VIPだからサルーンでの移動という固定観念は捨て、使用目的によってはSUVタイプのショーファーカーがあってもよいのでは、という考え方を具現化した車種設定と解釈できる。
じつはこうした動き、いわゆるプレステージサルーンの本家であるロールス・ロイスのほうがひと足早く、2018年5月にSUVタイプの「ロールス・ロイス・カリナン」をリリースしていた。解釈の難しいモデルだが、やはり専属運転手によるショーファーカーとして企画されていた。かつてロールス・ロイスには、ドロップヘッドクーペが用意された時代もあったが、やはりこれもショーファーカーとして使用することが「正規」の運用方法だったという。

余談だが、親会社がビッカースの時代、ロールス・ロイスとベントレーが双子車として存在した時期もあったが、棲み分けは明確で、やはりロールス・ロイスはショーファーカー、一方のベントレーはドライバーズカーとはっきり性格わけが行われていた。ロールス・ロイスは、やはり主役が運転してはいけないクルマなのである。
豊田章男前社長の判断が効いてのことなのか、誰もがアンタッチャブルと思っていたセンチュリーに、ワンオフと呼べるGR仕様、そしてSUV仕様がカタログアップされる大きな変化が起きた。これも時代の流れとともに変化する価値観によって起こり得たことなのだろうか。
そういえば、やはりサルーン(セダン)形態が絶対不変と思われていたクラウンに、クーペフォルムをもつクロスオーバーが新たに設定され、古くから保たれてきたクラウン像を一新する改革を見せたことは記憶に新しい。

センチュリーに対して描く車両イメージも、時代とともに変わっていかなければならないのかもしれない。それにしても、GRMNの登場は衝撃的だった。