この記事をまとめると
■ポルシェ博士の孫がポルシェとは完全な別会社として1972年に「ポルシェ・デザイン」を設立■一族以外の手に渡ることを恐れたポルシェは2004年にポルシェ・デザインを子会社化した
■2022年にはポルシェ・デザイン創立50周年を記念した特別仕様車の911が販売された
911をデザインしたポルシェ博士の孫が設立
ポルシェは911をはじめとしたスポーツカーやSUVを発売しているれっきとした自動車メーカーですが、じつはデザイン業務をメインに据えた子会社もあります。ポルシェ・デザインとして名を馳せている同社は、クロノグラフウォッチやサングラス、あるいはヨットやタワーマンションなど幅広いジャンルで活躍中。
ポルシェやクルマに興味のない方でも、1度はその名前を聞いたことがある、または製品を目にしたことがあるのではないでしょうか。
ポルシェ・デザインという名の通り、創立者はポルシェ一族のフェルディナンド・アレクザンダー・ポルシェ。あれれ、ポルシェ356を作ったポルシェ博士じゃないの? ちょっとポルシェに詳しい方ならそんなふうに思うかもしれません。が、こちらはアレグザンダーというミドルネームがついたお孫さん。ポルシェ一族のなかでもまぎらわしいと考えたのか、ブッツィという愛称で呼ばれているようです。
お孫さんとはいえ、そもそもは爺ちゃんと一緒にポルシェで働いていたブッツィ。働いたどころか、初代911のデザインを担っていた優秀な工業デザイナーだったのです。で、1972年にポルシェが株式会社になるタイミングで独立。「ポルシェ・デザイン・スタジオ」をスタートさせることになりました。
最初の作品は、身内のポルシェから依頼された腕時計だったそうです。とはいえ、この時計はポルシェに貢献してくれた社員への特別ボーナスとして贈られるという役目もあり、ブッツィは大いに張りきったといわれます。
ハードウェアはスイスのオルフィナ社とタイアップしつつ、当時は一般的だったクロームを使うことなく、マットブラックで仕上げたデザインは、レーシングカーや戦闘機のメーターをイメージした精悍なもの。

このクロノグラフはのちにオルフィナ社から市販され、1986年の映画「トップガン」でトム・クルーズが使っていたことでも注目されました。
歯ブラシからタワーマンションまで手がける
また、品番P’8479と呼ばれるサングラスも、ジョン・レノンの妻として有名なオノ・ヨーコさんがかけていたことから世界的なアイコンとなりました。オノさんは公の場面ではだいたいこのP’8479をかけていたことも手伝って、世界中で1100万個以上が売れたとされています。
ちなみに、このサングラスもカラーリングはブラックであり、クロームメッキや派手なカラーは一切使われていないというじつにポルシェ・デザインらしいもの。

「対象の機能を分析すれば、おのずとそのフォルムが浮かび上がってくる」ブッツィが遺した言葉どおり、ポルシェ・デザインはシンプルで無駄を排し、クールで無機質な印象を抱きがち。ですが、実際は手に馴染み、どこかヒューマンタッチな温かみさえ感じる不思議な存在。2004年にブッツィが現役を退いた後も、その哲学はしっかりと踏襲されているようです。
そして、2004年になるとポルシェはポルシェ・デザインが一族以外の手に渡ることを恐れたのか、「ポルシェ・デザイン・スタジオ」を子会社化しました。それからの無双っぷりは凄まじく、歯ブラシ、香水、トースター、やかん、コンピュータ、ファッション、さらにはアメリカの富裕層が終の棲家に選ぶといわれるマイアミでタワーマンションのデザインまで手がけているのです。

そして、2022年にはポルシェ・デザイン創立50周年を記念したメモリアルな911を限定発売。プライベートでもブッツィが気に入っていたといわれるタルガをベースとして、サイドスカットルにはロゴをあしらい、ボディカラーは当然のごとくブラックが選ばれています。

たとえポルシェのマシンには手が届かずとも、ポルシェ・デザインをひとつでも手に取れば、彼らがもつスピリットや哲学に触れられること請け合いです。