この記事をまとめると
■2022年ル・マン24時間レースでトヨタGR010が優勝して5連覇を達成した■過去に同レースで5連覇以上を達成しているのはアウディ・フェラーリ・ポルシェだけだ
■来年は6連覇に挑むトヨタだが、HVシステムに対するBoP次第では苦戦するかもしれない
苦難の連続だったトヨタのル・マン24時間への挑戦
6月11日~12日にかけて開催された2022年ル・マン24時間レースで、トヨタGR010が優勝。2018年から同レースでの5連覇という偉業を成し遂げた。この偉業、5連覇にいたるトヨタの足取りと、現状置かれた環境について触れてみることにしよう。
今年で99年目、90回の開催を数える伝統のイベント、ル・マン24時間は、世界最高峰のスポーツカー耐久レースとして知られ、優勝車を作ったメーカーは、世界最高の自動車技術を持つメーカーとして、長らく人々から認知されてきた。それだけに、この一戦に自社の威信を賭けるメーカーが後を絶たないこともよく知られた事実である。
今年のレースは、予選最前列からスタートした2台のトヨタGR010が、時おり順位を入れ替えながらレースをリードし、最終的にノントラブルだった8号車のセバスチェン・ブエミ/ブレンドン・ハートレー/平川亮組が、2番手の7号車、小林可夢偉/マイク・コンウェイ/ホセ・マリア・ロペス組に2分01秒222の差をつけてゴールした。
1勝するだけでも非常に名誉なレースだが、そこで複数の優勝回数、さらには連覇記録を積み重ねるメーカーは、傑出した存在として、畏敬の念を持って受け止められている。そのル・マンで、トヨタが5連覇をなし遂げたことは偉業といっていい。99年におよぶ長いル・マンの歴史のなかで、5連覇以上を記録したメーカーは、今年のトヨタも含めて4メーカーしか存在しないからだ。
記録保持者は、2010年から2014年まで5連覇したアウディ、1960年から1965年まで6連覇したフェラーリ、そして1981年から1987年まで7連覇したポルシェで、いずれも名にし負う世界最高峰のスポーツカーメーカーばかりである。トヨタはこれらと並ぶ、あるいは射程に捉える実績を残すことに成功したことになる。

さて、トヨタ5連覇の足取りを振り返ってみると、紆余曲折をたどった上で成し遂げられた結果であることがよく分かる。2018年に待望の1勝を勝ち取るまでの流れは、ある意味、いばらの道だった。初優勝を記録した前年の2017年は、万全を期して臨んだ3台体制が夜半までに壊滅。さらにその前年の2016年は、レース終了3分前までトップを走りながらまさかの「接着剤はがれ」でストップ。
2018年に待望のル・マン優勝を勝ち取ったトヨタは、2019年、2020年はさらに車両の信頼性を引き上げて連勝。トップカテゴリーの規定がHVプロトからハイパーカーに切り替わった2021年は、HVプロトで培った性能と信頼性を盛り込んだ新型車GR010で危なげなく優勝。そして今年の優勝となるわけだが、トヨタが選んだHVシステムによるハイパーカーは、必ずしも有利な車両選択ではなくなっていた。

ハイパーカー規定は、HVシステム車以外にノンHV車、いわゆる通常のガソリン機関搭載車も含む車両規定として作られた。参加者を増やすことがその目的である。そして、結果的にHVハイパーカーはトヨタの1車だけとなり、ガソリン車との競争力を揃える意味で、HVシステムの性能は大きく制限される流れとなっていたのだ。
アウディを超えフェラーリと肩を並べることを目指す
先進技術の開発、投入の場としての価値も備えていたル・マンだが、イベントとしてのレース成立を重要視した結果、ガシリン車にも勝機が見い出せる規定となったのである。無条件でHVシステムの枠組みを決めてしまうと、抜きん出たHV技術を持つトヨタのひとり勝ちになることが確実視され、ガソリン車との性能を揃えるために、HVシステムの性能に大きな規制をかけたのである。
一例を挙げれば、現状のHV規定は1モーターシステムで作動領域は190km/h以上に制限されたことなどがある。HVプロトの時代は、前後2モーター方式、エネルギー容量8MJ(メガジュール)とHVシステムのメリットを生かす(それでもトヨタにとっては不利な枠組だった)規定だっだが、現行のハイパーカー規定は、ガソリン車とのスピードを揃えるため、HV方式のメリットを消す方向で性能規制が行われている。

健全な技術開発、育成という視点では、明らかにフェアではないが、レースを主催、運営する立場からは、ある特定車両の性能が圧倒的に勝る事態も都合が悪い。そのためHVシステムの性能に大きな制限がなされたことになるが、裏返して見れば、長丁場、24時間のル・マンでは、プラスに作用したと見ることもできる。スピードでアドバンテージが持てなければ、耐久性、信頼性に勝機を見いだすことになる。壊れずに安定して速いペースで走れる車両を送り出せば、走行時間を経るほど、周回数を重ねるほど、ライバルとの差が確実に開いていくことを意味するからだ。
トヨタの車両がこうした傾向を強めたのは、2016年にあと3分、1ラップのところでレースを失ったことがきっかけだった。信頼性を見極めるため、走り込みを重ねた結果、車両の仕上がりに対する新境地が見えてきたという。2018年、敵がいない状態でトヨタは勝ったが、仮にポルシェ、アウディがいたとしても、それらの存在とは関係なく、持てるスピードと信頼性で優勝を遂げていたことは容易に推測できる。

HVシステムの性能が制限された現在、速いレースラップを24時間持続できる信頼性を身につけた車両作りが、ル・マンの勝因になると考えているようだ。期せずして、かつてのポルシェ、アウディが見せたのと同じ戦略を、現在のトヨタが実践している、と言ってよいのかもしれない。
さて、ル・マン5連覇の偉業を成し遂げたトヨタだが、その先人たちの足取りはどうだったのだろうか。まず、今年の優勝で肩を並べたアウディだが、アウディの5連勝はクローズドボディのディーゼルプロトからHVプロトにいたる時代の記録である。アウディ自体は戦前のアウトウニオンに源流を発するメーカーで、モーターレーシング色、スポーツカー色が強く、スポーツカーレースへの参戦は当然の成り行きと言えるものだった。

アウディが5連覇をなし得た背景には、レギュレーションの過渡期で参戦するメーカーが少なかったこと、2000年から本格参戦を始めたアウディのACO(ル・マン主催)に対する貢献度が高かったことから、その見返りとして、ディーゼル規定の優遇措置を受けていたことなどが挙げられる。
トヨタが来年の目標(?)とするル・マン6連覇は、1960年からフェラーリが積み重ねた記録である。フェラーリの6連覇は、ル・マンへの参戦車種が市販高性能スポーツカーからレース専用モデルに移行する時代のことで、1960年のTR60、1961年のTR61、1962年の330LM、1963年の250P、1964年の275P、そして1965年の275LMがその立役者となっていた。ちなみに、1966年から1969年まではフォードGTが4連覇し、1960年代のル・マンは、フェラーリとフォード以外に優勝車がなかったのである。

そして燦然と輝くル・マン7連覇を記録したのがポルシェである。行き場を失ったグループ6プロトの最終盤期から新時代のスポーツカー規定であるグループCカー時代の担い手として活躍した。1981年に暫定グループ6車両で臨んだ936/81を皮切りに、1982年、1983年のワークス956、1984年、1985年のヨースト956、1986年、1987年のワークス962Cと続く7連覇だ。ちなみに、ポルシェは今年の90回大会まで通算19勝を記録。連覇記録と合わせ、ル・マン・マイスターと呼べるほどの壮大な記録保持者である。

今年の5連覇で世界のトップスポーツカーメーカーと肩を並べたトヨタ。来年、2023年のル・マンは、ル・マンが100周年ということもあり、すでにいくつかのメーカーがハイパーカークラスでの参戦計画を表明している。トヨタにとってはハードルの高い戦いになることは間違いないが、むしろ懸念材料は、HVシステムに対するBoP(バランス・オブ・パフォーマンス=性能調整)の程度にあり、今シーズンのWECのように、予選スピードでガソリン車にかなわないという事態はなんとか避けたいものだ。
6連覇でフェラーリ、7連覇でポルシェと記録を並べることになるトヨタだが、敵は思わぬところに潜んでいそうな気配が濃厚である。