須藤市長は、救助隊員が命がけで危険を冒しながら救護活動にあたっていることを指摘し、「遭難しても助けてもらうときには自分の費用負担がいらなくて済むこと自体が安易すぎる。
条理に適った当然の主張と思えるが、なぜ、現状、救護活動の費用を対象者に自己負担させるしくみになっていないのか。また、自己負担させる制度を設けることは可能なのか。そこにはどのような問題があるのか。
アウトドアスポーツ全般に造詣が深い荒川香遥弁護士(弁護士法人ダーウィン法律事務所代表)に聞いた。
山で遭難した場合の救助費用が原則「無料」である理由
山で遭難した場合、消防の山岳救助隊、警察の山岳警備隊、地元の消防団等が捜索・救助活動を担当する。その場合の費用については、原則として、遭難者ないしはその家族が負担することはない。なぜか。荒川弁護士:「『法律による行政の原理』(憲法41条、65条等参照)といって、国民の権利義務を形成し、またはその範囲を確定するには、法律の根拠が必要です。『侵害留保原則』といいます。
消防による救護活動は『消防法』、警察による救護活動は『警察官職務執行法』に基づいて行われます。
救護活動は担当者の身体・生命の危険を伴うとはいえ、法律上は、あくまでも通常業務の一環です。どんな人であれ生命・身体を保護することは法的義務です。
それでもなお、救護活動の費用を負担させるには、その旨の特別の規定が必要です。しかし、そのような規定は存在しません。
したがって、現行の法制度上、山岳遭難事故で公的機関が救護活動にあたった場合に、その対象者ないしは家族が費用の負担を求められることは、基本的にありません」
本人に費用負担を求める制度が許容されるには
とはいえ、富士宮市の須藤市長が指摘した通り、危険な救護活動に従事する救助隊員は生命のリスクを抱えることになる。また、救護費用を自己負担せずに済むことを承知で危険な登山を強行することについて「考え方がずるい」という言い分はもっともである。その点をとらえ、冬の山が危険であることを承知であえて登山に赴く人に対し、遭難した場合に一定の費用負担を求める制度を設けることはできないのか。
荒川弁護士は、一定の要件の下、本人に費用負担を求める制度設計は可能だと説明する。
荒川弁護士:「遭難事故について、本人に著しい落ち度があることが明らかであり、かつ、救護活動が本来想定されている業務の範囲を超え、救護担当者らにとって過大な負担になったと評価される場合等には、法律で救護費用の負担を本人に求めるという制度設計は、大いにあり得ます。
冬の富士登山は、それ自体がきわめて危険であることは明らかなのに加え、明確に禁止されています。にもかかわらずあえて登りに行くこと自体、本人の落ち度がきわめて大きいと考えられます。
また、冬山での救護活動は担当者らの生命・身体の危険があり、本来の業務の範囲を超え、過大な負担を与えるものといえます。
したがって、少なくとも、冬の富士登山に関する限り、遭難者に法律ないしは条例で費用負担をさせる制度を設けることは、許容されると考えられます」
どのような「定め」が必要か
では、そのような制度を設計するにあたり、国や自治体はどのようなことについて、どの程度の定めをおかなければならないのか。荒川弁護士は、埼玉県で2018年から施行されている「埼玉県防災航空隊の緊急運航業務に関する条例」を例に挙げ、最低限、費用負担を求めることができる要件や、金銭を徴収する手続きについても明確かつ詳しく定めなければなないと説明する。
荒川弁護士:「特に、遭難した人を救護することが行政の当然の法的義務であることに留意する必要があります。遭難者の悪性が乏しいケースまでひっくるめて本人に救護費用を負担させることには、慎重であるべきです。
『埼玉県防災航空隊の緊急運航業務に関する条例』は、県内の一部の山岳地帯について、防災ヘリコプターが出動した場合に、救護対象者に飛行時間5分あたり8000円(1時間あたり9万6000円)の手数料を負担させる旨を定めています。
この条例では、対象となるエリア、手数料の金額、『正当な理由』のもとで立ち入る人の範囲、適用除外事由、請求額の減免など、明確に定められています。また、手数料を徴収する手続きは別途『埼玉県手数料条例』に定められています。
最低限、費用を請求できる要件や、金銭を徴収するための手続きに至るまで、明確かつ詳しく定める必要があるということです」
禁止された危険な季節の山行、不十分な装備での山行などを強行して遭難すれば、本人のみならず、救助担当者の身体・生命までもが危険にさらされることは間違いない。その場合に遭難者に費用負担という形で一定程度の「自己責任」を求めることには、合理性が認められる。
とはいえ、その制度を現実に整備することは決して容易ではない。生命・身体の危険がまったくないレジャーは存在し得ないからである。今後、救護費用の自己負担の制度を設けるとして、費用負担を求めるべき場合についてどのような線引きが行われるのか、議論の成り行きを見守る必要がある。

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