秋田県では今、人口減少が地域の安全を揺るがす深刻な事態を招いている。2020年からの約4年半で、県人口は東京ドームの収容人数を上回る6万人以上も減少した。
なかでも若年層の少なさは顕著であり、かつては「狭き門」であった警察官などの公務員採用も、今や志願者の急減により存続の危機に瀕している。
現場では人材確保のため、職場環境の改善など懸命のリクルート活動が続く。人手不足は単なる数字の問題ではない。それは、治安維持機能の低下や、緊急時の対応遅延に直結する死活問題である。
一方で、高齢化率の高さは警察の任務そのものも変容させている。認知症に伴う行方不明者の捜索は今や主要な業務となり、嘱託警察犬や市民の協力が欠かせない日常となっている。深刻な人手不足と高齢化の波に洗われるなか、地域の安全をいかに守り抜くのか。現場の切実な模索に迫る。
※この記事は、毎日新聞記者で、2020年から秋田支局で勤務する工藤 哲氏の著書『ルポ 人が減る社会で起こること』(岩波書店、2025年4月)より一部抜粋・構成しています。

リクルートに励む自衛隊や県警

人手不足の事情は、公的機関も同じだ。自衛隊や海上保安庁、警察なども若手の減少傾向が顕著になってきていて、頻繁に若い世代のリクルートに励んでいる。「わざわざ関係者が自宅まで足を運んできて勧誘された」と語る人もいる。
筆者は日々徒歩通勤の途中、秋田県本部庁舎前を通りかかるのだが、時折「警察官募集」と書かれたのぼりを目にすることがある。
一昔前では考えられなかったことだ。
人手不足の実情について、県警に取材した。
秋田県警によると、警察官の採用試験の受験者数は、09年度は1011人(最終倍率9.5倍)だったが、22年度は4分の1近くの258人(同2.9倍)で過去最低だった。23年度にはさらに2.0倍にまで下がった。秋田県の人口ピラミッドでは、就職適齢期にあたる20~24歳が非常に少ない。
県警は「人材が確保できなくなれば巡回の頻度が減り、緊急時の現地到着が遅れる事態を招く恐れもある」として、県外からの人材確保にも力を注いでいる。
「秋田県警察の年次休暇取得率は全国警察の中で何番目でしょうか?」
23年1月にJR秋田駅近くで開かれた就職説明会で、集まった6人の若者を前に県警の担当者がこう問いかけた。正解は「3番目」で、職員1人あたりの平均取得日数は15.9日だ。クイズ形式で、若者が気にしている休日取得のしやすさを強調していた。
同席した現役の警察官も「休暇の取得率はほぼ100%。周囲も『取っていいよ』という雰囲気です。休みも希望した日に取れます」「休日の呼び出しなどは、(互いにカバーするので)そんなに心配しなくても大丈夫」と穏やかに語りかけた。

また、「秋田県内で発生する事件は年間約2000件で、平均すると1日約5、6件になります。21年の検挙率は75%で、全国トップクラスです」と、管察官の仕事のやりがいも紹介していた。
警察組織の堅いイメージを少しでも親しみやすくしようと若手の警察官が懇切丁寧に説明する姿は、就職氷河期の1990年代後半に学生時代を過ごした筆者にとっては驚きだ。当時は警察官を含め公務員になるのは「狭き門」で、早くから公務員の採用試験に備えて予備校に通い、それでも夢破れた人は多かったからだ。
その時代を知るからこそ、これほど丁寧に仕事について説明し「ぜひ来てほしい」と積極的に呼びかける姿は筆者にとっては驚きだった。若者が減り、時代は変わったことを痛感する。
採用担当者は「今のところ定数は確保できているが、今後人材が集まらなければ日常業務を担う力が落ちてしまう事態も起こりかねない」と危機感を募らせ、県警本部前に「警察官募集」ののぼりを並べたりしてきた。男性の育児休暇取得率の向上や、女性職員寮の刷新、剣道場や柔道場の新築など職場環境にも配慮していることを強調した。
人材確保が課題になっているのは秋田だけではない。
「東北はどこも似たような状況」(県担当者)だといい、大卒採用の一次試験を県外でも受けられるようにした。
また、「秋田は高齢者が巻き込まれる事件や事故も多く、住民に寄り添える人材がますます必要になっている。社会人経験者も含め、多くの人に警察官の仕事の大切さを伝えたい」という。

警察官のマンパワー不足になれば治安悪化や社会秩序の乱れを引き起こし、「住みにくい秋田」につながりかねない。

主要任務になった高齢者の保護

秋田県警は、高齢者の割合の多さから、その対応が主要任務になっている。時折発表される広報では、高齢者にかかわるニュースの提供が少なくなく、切実な事情がうかがえる。
23年6月、県中央部の大仙署は、行方不明になった高齢者の発見に貢献したとして、県警の嘱託警察犬のシェパード犬とその指導手に感謝状を贈った。指導手は「認知症などで行方不明になった高齢者を捜索する事例は最近本当に多い。今後も同じように役立てれば」と語った。
シェパード犬が出動したのはその前月のことだった。午前中に美郷町で70代の高齢者が行方不明になり、午後に家族の届け出を受けた県警から捜索要請があった。午後5時頃から本人の枕カバーのにおいをたよりに足取りを追い、田植え作業中の農家の人たちの話を聞いた警察官と協力して捜索を続けた。約30分後、自宅から約700m離れた場所で、乗っていたバスから降りてきた本人を見つけた。
この犬は人の1000倍から1万倍の優れた嗅覚を持ち、これまでにも21年に湯沢市で行方不明になった人や、横手市で認知症の80代男性の捜索でも発見につなげてきた。
秋田県警の嘱託警察犬は認知症の高齢者の捜索などで役割がますます高まっている。
指導手によると、行方不明による嘱託警察犬の出動は、近頃では年に30件近くあるという。
行方不明の高齢者については、24年にこんな出来事も取材した。
秋田臨港署でのことだ。雪の中をよろけながら歩く80代の男性を助けたとして、秋田大学大学院准教授のバングラデシュ出身の40代男性に感謝状を贈った。外国人がこうした形で表彰されるのは非常に珍しいという。
男性は23年末、秋田市内の歩道で、薄着の高齢男性が両手に買い物袋を持ったまま立ち止まり、うずくまるようにしているのを、車を運転していた時に見つけた。
「おじいさん、大丈夫ですか。困っているなら家まで送りますよ」と日本語で声をかけ、車に乗せた。この男性は認知症が疑われ、自宅の住所を言えない状態だったため、40分近くかけて署に連れて行き、その後家族と連絡が取れたという。
秋田臨港署の担当者は「高齢の方が思わぬ時間や場所で1人でいる場合は判断力が低下している可能性もある。気になる姿を見かけたり、なかなか自分で声をかけづらい場合は、110番通報してほしい」と広く呼びかけている。
これには筆者も思い当たるところがある。
車で山林や田畑の間を走っていると、夜にもかかわらず1人で歩いている高齢者を時折目にすることがある。実は、こうした高齢者は自宅に帰れなくなってしまって、周辺を歩き回っている可能性があるのだ。
この取材を機に、万が一のことがあるかもしれないと思うようになり、筆者も1人で山を歩いている高齢者にはできるだけ声をかけるよう心がけるようになった。


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