旧ジャニーズ事務所や宝塚歌劇団、テレビ局などで相次ぐ“大規模”な不祥事は、「エンタメ業界は特殊で閉鎖的だから」という言い訳がもはや通用しないことを浮き彫りにした。
独特の契約・支払い慣行や複雑な権利・責任関係など、長らく「阿吽(あうん)の呼吸」で成り立ってきた日本のエンタテインメント業界。
しかし近年、黒船とも言える海外動画配信サービスの進出に伴うビジネス構造の変化や、社会全体のコンプライアンス意識の高まりを受け、その独自の慣習は今、大きな変容を迫られている。
こうした中、これまで明文化されてこなかったエンタメ分野の法律実務の現在を現場目線から整理・解説した手引書『エンタメ・法務・コンプラ――混沌のエンタメ業界を切り拓く』が商事法務より出版された。
同書の著者である中山茂弁護士(TMI総合法律事務所)、國松崇弁護士(池田・國松法律事務所)、矢内一正氏(TBSテレビ ビジネス法務部マネージャー)の3名にインタビューを実施。エンタメ業界で囁かれることも多い「やりがい搾取」などの問題背景から、クリエイティビティとコンプライアンスの両立、第三者委員会を用いたダメージコントロールのあり方まで、新時代におけるエンタメ法務の最前線を聞いた。(ライター・杉本穂高)

グローバル化とコンプライアンス

エンタテインメント業界において、大規模な不祥事が相次いでいるほか、セクハラやパワハラといったハラスメントや長時間労働などの労働問題なども多く取り沙汰されています。コンプライアンスの意識向上が他の業界と比べ遅れていたのはなぜだったとお考えですか。

中山茂弁護士(以下、中山):本書を書いた動機にも繋がりますが、理由は複合的です。ひとつにはエンタメ業界が狭く「閉じた」世界だったことが挙げられると思います。毎回、同じ人たちで集まって作品を作る村(ムラ)社会的な側面が強かった。

もうひとつは、エンタメの世界が憧れの職業だったという点もあると思います。お金や労働条件よりも、この仕事をやりたいという気持ちを優先する人が多く、いわゆる「やりがい搾取」と見られかねない事例も発生していた。これまでは、それでも若者がたくさん集まっていたので、コンプライアンス意識を高める必要に迫られなかったのではないでしょうか。
國松崇弁護士(以下、國松):エンタメ業界ではクリエイティビティが何よりも重視されます。
それが優先され続けてきた結果、人権やコンプライアンスが後回しにされてきた可能性があるということです。優れたクリエイティビティを発揮できる人は限られ、周囲はそうした才能のある人に合わせるようになります。村社会だからこそ、誰もが「力のある人や会社と揉めたら次の仕事がなくなる」という不利益のことを考えざるを得ず、結果的に、できるだけ波風を立てずにトラブルを収める文化が歴史的に形成されてきたのだと思います。
矢内一正氏(以下、矢内)エンタメ業界は「阿吽の呼吸」のようなもので成り立っている部分も多く、契約書を作成しない習慣もありました。これについて、敢えて肯定的に申し上げると、事務作業の手間が省け、事務コストをかけずにクリエイティブに集中できた面もあったのだと思います。もともと映画会社が監督をはじめ制作・技術スタッフを社員として雇用していたため、毎回契約書を発行する必要がなかったという歴史的な側面もあり、その風習が今まで残っていたのだとも考えられます。

また、たとえば「テレビ局とJASRAC」や「日本映画製作者連盟(映連)と日本文藝家協会」など製作者サイドと権利者団体の間には「団体間協約」などが存在し、それが法令とは別の次元の「ソフトロー」として機能していた。こうした業界独特のソフトローと阿吽の呼吸が多重構造になって、外から見ると「なぜ?」と思うようなトラブルが発生する事例が相次いだのだと思います。
中山:「阿吽の呼吸」の部分も、近年はきちんと明文化していこうという流れになっています。海外の企業には、阿吽の呼吸が通じなかったことも大きいでしょうね。

グローバル化の波ですね。

矢内:そうですね。
コロナ禍に動画配信サービスの需要が高まった結果、ビジネスの構造がガラッと変わり、海外市場への意識も高くなりました。海外プラットフォームは細かい契約を求めてくるので、海外でビジネスするためには、そうした作法にできる限り従う必要があります。自動車産業のように早くからグローバル展開してきた業界と比べると、そこに意識のギャップがありました。
國松:テレビ広告の減収とインターネットメディアの台頭など「メディア構造」の変化でテレビの力も落ちるなか、黒船のように海外の動画配信企業が潤沢な資金とともに入ってきた。その資本を作品作りに必要とするなら、ある程度相手のルールに合わせるという意識を持たなければなりません。

コンプライアンスは企業の競争力に直結する?

フジテレビや日本テレビ、旧ジャニーズ、あるいは宝塚歌劇団や小学館などで発生した不祥事に共通する傾向はありますか。

國松:全体に通して言えるのは、かつてのような聖域がなくなり、「エンタメ業界は特殊だから」では通用しなくなったということです。社会の一員として、一般企業と同じくコンプライアンス意識やガバナンスが求められるようになった。かつてはテレビのパワーが強く、多少の不祥事では広告も人材も離れませんでしたが、もうそういう時代ではなくなりました。

聖域と思われたのは、才能ある人が集まるからという面もあったと思います。才能ある人は、常識外れなところがあるとよく言われます。才能をコンプライアンスで縛ることで、「作品がつまらなくなるのでは」という懸念もありますが、どうお考えですか。

中山:いわゆる「天才」と呼ばれるような人の中に、コンプライアンスにあまり意識が向かない人がいる傾向は確かにあります。
クリエイティブの側面からは、そういう人をコンプライアンスでがちがちに縛ると、尖った作品が生まれにくいということもあるかもしれません。ちなみに、エンタメ業界に限らず、一般企業でも、仕事の能力は抜き出ている一方で、コンプライアンス意識は低いという人がいるケースは見られます。
矢内:フジテレビも「楽しくなければテレビじゃない」というキャッチコピーを取り下げました。「テレビがつまらなくなっていくのでは」という不安や心配に対して、知恵を絞って別の面白さを追求していく姿勢が、今後は必要とされていると思います。
國松:私としては、そこは「組織」で対応していくしかないと考えています。才能がある人には、これまでと変わらずクリエイティビティを発揮してもらいつつ、企画そのものや製作段階で傷つく人が出ないよう、より組織的にディフェンスを固めていく。そのためにエンタメ業界は、我々弁護士なども含めて、作品作りを支える法務や危機管理のあり方を模索していくべきだと思います。

私の知る限りでも、尖った企画を連発するような番組やスタッフこそ、まさにギリギリを攻めるために、法務や危機管理部門と緊密に連携を取りながら、演出の一つひとつに気を配るなどしていたりします。クリエイティビティを損なわずに、コンプライアンスを守りながらおもしろい作品・コンテンツを作る方法を、組織的に考え、構築していくことが大切ではないでしょうか。
中山:そうですね。才能がある人も「セクハラやパワハラをしないと良い作品が作れない」わけではないと思うので、そこは本人にもきちんとルールを守ってもらいつつ、組織が監視しフォローしていくということですね。実際に私も映像作品の法務に入ることがありますが、より良い表現を追求するために、現場ではどうしてもギリギリを攻めてしまうという場面もあると思います。

Netflixのようなグローバル企業はコンプライアンス意識が高いとされていますが、同社は『全裸監督』や『地面師たち』など、アグレッシブな企画も多いですよね。これは組織できちんとディフェンスを固めているからできるということでしょうか。

中山:配信とテレビでは視聴環境が異なるため、求められるコンプライアンス基準も差異がある点は考慮すべきと思います。ただ、視聴年齢の区分を区切るなど、しっかりとしたルールが存在することで、成人向けには逆に攻めた作品を作りやすくなるという面はあると思います。

コンプライアンスや法務がメディアの競争力にも影響すると言えるでしょうか。

國松:人権を軽視する会社とは取引がしづらい時代ですし、労働環境の問題を解決しなければ人材も集まりません。優秀な人材がいなければ良いコンテンツは生まれず、業績も落ちる。業績が落ちればお金が回らず、労働環境はさらに悪化する。法務やコンプライアンスの問題は、そのスパイラルの一端を担っているということです。コンプライアンス違反を犯すことは単に評判に関わるという問題にとどまるのではなく、人材も資金も集まらなくなり、会社の推進力そのものを失いかねません。
中山:法務やコンプライアンスの強化は会社にとって基本的にコストがかさむものであり、これをやれば直接利益に繋がるという性質のものではありません。ただ、フジテレビや旧ジャニーズのように、コストとして日ごろおざなりにしていればトラブルが発生した時に壊滅的なダメージを受けます。
エンタメ業界全体で、不祥事による損失を止めるためには、今後特に必要な視点だと思います。

第三者委員会とダメージコントロール

近年、不祥事が起きた時に「第三者委員会を設置せよ」という声が上がります。エンタメ業界においては、比較的新しい動きですね。

國松:テレビ業界の不祥事であれほど大規模かつ本格的な第三者委員会が設置されたのは、おそらくフジテレビが初めてではないかと思います。テレビ局は表現の自由を標榜する報道機関でもあり、また秘匿性の高い情報を扱っています。そのため、権力の介入に繋がりかねない外部調査が入ることを極力避けなければいけないという不文律があります。放送の自主自律を守るための観点から、これまでは基本的に自社の調査が重視されてきたと思います。
中山:フジテレビの調査は、量も質も非常に分厚く、あれほど注目される案件を2か月程度で進めるのは、本当に大変だったと思います。

本書では、第三者委員会の報告書には「神様の眼から見たような絶対的な真実が書かれているわけではない」という風に指摘されていますね。

中山:第三者委員会にも限界はあります。フジテレビの場合は、報告書を見るとかなり厳しめに指摘がされていましたが、第三者委員会も多様であり、一般論としては、民間企業から依頼を受けて調査するわけですから、場合によっては忖度や手加減があったり、調査の限界があったりする側面もあり得ます。捜査機関ではないので、強制力もありません。

近年ではSNSでの拡散もあり一度問題が起きると長期間にわたって非難が集まり、注目されます。
問題が起きた時、企業はダメージコントロールとしてどう対応していくべきでしょうか。

國松:やはり重要なことは、透明性と説明責任だと思います。世間の評価をしっかり受け止めて、説明すべきことをきちんと開示する。どこまで情報を出すべきか、何を守らないといけないのかという重要な経営判断を踏まえた事案の解明と、問題に対する説得的な再発防止策。これらを、慎重かつ、大胆に提示しないといけません。事業としてのコアな部分は尊重しつつ、説明責任を果たすことが、結果的には会社の未来を守ることに繋がり、それができない会社は、今後ますます信用を失っていくのだと思います。

対応のスピードはどの程度重視するべきでしょうか。

中山:できるだけ早く対応すべきです。ダメージコントロールについては、良くも悪くもフジテレビのケースは1つの参考になったと思います。最初にクローズドな記者会見を行って批判されてしまい、その後、完全にオープンな体制で再度記者会見を行ったら、それも大変なことになってしまった。初期対応はきわめて重要です。
國松:それと、謝罪文の中に少しでも身勝手な保身と受け止められるような文言があると、これも炎上の火種になり得ます。スピード感を持って対応するのも重要ですが、不用意に保身に走らず膿を出し切り、改善に向けた道をしっかりと歩み出すという姿勢を示すことが求められます。

仮に社長が不祥事に関与していた場合、責任を認めさせるのは、組織としては容易ではないですよね。

國松:まさにそこがガバナンスですね。社長が不祥事を犯すかもしれないことも前提に置いて、組織を設計する必要があります。
中山:日頃からシミュレートしておくのが大切です。フジテレビの場合、問題が生じた時に誰がどう対応するのか、体制が十分に整っていなかったものと思います。
矢内:コンプライアンス推進室はあったようですが、企業によってその役割もかなり違いますし、こうした問題対応を担う部門であるとフジテレビ社内で認識されていたかは分かりません。
國松:「コンプライアンス」は便利ワード化していて、守りましょうと言っても、誰が何をどうするのか、曖昧な場合も多いです。コンテンツの中身の問題は誰がどう対応するのか、労働問題はどう対処するのかなど、細分化して体系的に整理しておく作業を、普段からやっておくこと。それが結果的に組織やそこで働く人を守ることに繫がり、ひいてはエンタメ業界全体を一歩前に進める原動力になっていくと思います。
■杉本穂高
日本映画学校(現・日本映画大学)出身。神奈川県のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ(現・あつぎのえいがかんkiki)」の元支配人、現在は映画ライター。


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