【漫画あり】「警察や保健所に頼んでも埒があかん」日本で最高の精神科治療が受けられるのは、刑事責任能力のない人たちが収容される施設だという皮肉
【漫画あり】「警察や保健所に頼んでも埒があかん」日本で最高の精神科治療が受けられるのは、刑事責任能力のない人たちが収容される施設だという皮肉

日本で初めて説得による精神障害者の移送サービスを行う「トキワ精神保健事務所」を始めた押川剛氏。近年、「押川案件」と呼ばれるような事件が頻発するなか、押川氏はこうした社会状況をどう捉えているのだろうか。

日本で最高の精神科治療を受けられる人は…

――近年、「押川案件」とも言われるような、親族間の殺人事件がますます目立っているように感じられます。

昔は、地域にコミュニティがあり、いろんな意味で孤立せずに済むような状況がありました。でも、いまは「個人の意思を尊重」ということで、すべての問題が個人に委ねられるようになっています。国策としてすべての分野で、地域移行、アウトリーチに舵を切っているんですね。

そうなると、何か問題があったときに、親か子供の家族のどちらかが責任をとらなきゃいけなくて、それが最悪のケースだと殺し合いにまで発展するようになってしまっているように思います。要するに、社会から孤立しているんですね。

――未然に防ぐ方法はないのでしょうか。



彼らに手が差し伸べられるのは、事件化して社会に知られてからです。つまり、以前ならば、最終手段だと思っていたところが、スタートになってしまっているんですね。日本で最高の精神科治療が受けられるのは、刑事責任能力のない人たちが収容される医療観察病棟になりますが、その施設でしか日本で最高の治療が受けられないというのは、とても皮肉だと思います。

児童虐待に関しても同じで、ニュース沙汰になったから助かった、というぐらい、明るみに出ていない虐待はたくさんあります。虐待を受けている当事者が「保護してほしい」と訴えても、自治体によっては子供より保護者の意向が優先されるので、保護してもらえていないこともあるんです。

1人で100件を受け持つ児童相談所の人手不足

――児童養護施設を舞台にした新作漫画『それでも、親を愛する子供たち』も始まりましたが、その辺りのことも描かれていくのでしょうか。

そうですね。

いまは児童養護施設は大舎制から、住宅地の空き家を借りて、少数の子供を育てる方針になっています。「家庭的養護」という言い方をしていますが、要は小規模化です。

そうなると地域によっては反対の声があがってくるわけですよ。ある地域では「受け入れるのはいいとしても、受け入れた子供同士で子供ができたらどうすんだ」「一番止められないことはそういうことだろう」と指摘をした町内のご老人がいて、私も「確かに」と思ったんです。近所の同世代の子たちとも交流が生まれますからね。

でも、運営側は「できたときに考えればいいんじゃないですか」と言うんです。
そのおじいさんの意見があまりにも芯を食ってたもんで、私も地域移行の本質って、もしかして「家族にさせる」という解決方法なんじゃないかと思っちゃいました。

話は少しそれましたが、本気で問題を抱えているところは、家族で責任をとるしかないのが現状です。そうならないためにも、『「子供を殺してください」という親たち』で現状を伝えてきたつもりですが、まあ国の方針には勝てないですね。

――やはり、そこは変えられないものですか。

そうですね。ジャニーズや宝塚にも当てはまるのですが、社会が成熟していくとすべてが小規模化していくので、たくさんの子供たちを集めて養成する形態は無理なんだと思います。

なぜ、かつては不平不満が明るみにならなかったのかといえば、大きくやれていたからだと思うんですよね。個人の意見を聞くということは、どうしたって小規模にならざるを得ない。そして皮肉にも小規模になればなるほど、携わる人がどんどんいなくなっていきます。

――人手不足ですか。

はい。一番の問題は人が集まらないことです。
児童相談所でも、1人で70~100件も受け持っています。

精神科病院もそうです。難しい患者を受け入れられる病院は、全国でも数えるぐらいしかなくなってしまいました。明らかにメンタルが影響して問題を起こしている家族がいたとしても、携わる人、対応してくれる施設が足りなくて、介入できないわけです。

病気の人間ほど「自分は病気じゃない」と言う

――厳しい現実ですね。

京都アニメーション放火殺人事件の青葉(真司被告)だって、言動を聞けば聞くほど統合失調症じゃないかと思われる。なのに、あそこまで大きなことにならないと、問題として上がらない。

だから、もう他人事じゃないんですよ。

――一方で、精神障害ではないにもかかわらず、強制入院させられたとしてひきこもり患者が病院を訴えた事件がありました。精神科病院が裁判に負けて308万円の支払いが命じられましたが、この件について押川さんの見解を聞かせてもらえますか?

精神保健福祉法には、3つの入院形態があります。自ら入院しますという「任意入院」、家族等の同意と精神保健指定医の判断で、本人の意思と関係なく入院できる「医療保護入院」。そして、自傷他害のおそれがある場合に、最終的には都道府県知事(もしくは政令指定都市の市長)の権限で強制的に入院させる「措置入院」です。最近は患者の人権を無視しているとして、この医療保護入院を廃止しろという動きがあります。

ただ、私が矛盾を感じるのは、重篤な精神疾患患者の特徴として本人に病識がないことがあります。病識のない人たちの入院治療の窓口をなくすということは、本人が「病気ではない」と言えば、未来永劫、医療につながることがないということ。。私に言わせると、病気の人間ほど「自分は病気じゃない」と言いますよ。

――この裁判では、患者自らが会見を開いていましたね。

そもそも、これだけの会見ができる人は、病識を持てるはずですよ。そういう人を入院させればこういうことになるでしょう。うちだったら、最低でも行政、病院、警察の3か所と、あとは近隣の方々。誰が見ても間違いなく「精神疾患」だという証拠を得ていない限りは、いまはもう医療機関には繋げられないですね。

対応困難な患者が隣人として入居してくる可能性も

――つまり、初動の掛け違いがあると。

それが大きいと思います。だから、私はこの件で記者にコメントを求められたときに「私なら依頼は受けない」って言ったんです。明らかに受け入れた病院自体がおかしいでしょう。

ただ、逆に言うと、これを問題として社会に訴えてる人たちは、医療保護入院の制度そのものをやめてしまえという意図でやっていることは明らかです。

措置入院に関しても、相模原障害者施設殺傷事件のときに、厚労省は措置解除後の支援を強化するため、改正法案を国会に提出しましたが、最終的に廃案になりました。

その流れで医療保護入院もターゲットになってしまったわけですが、地域移行が進み、あちこちに対応困難な患者さんが溢れかえっているいまは、一般の方々ですら、そういった訴えが荒唐無稽だと考えるようになっているように思います。

――ある意味、身近になったことで、問題が浮かび上がったような。

私の友人が世帯数の多いマンションに住んでいて、仕方なく管理組合の役員をやっているんですが、「押川の漫画に出てくるような入居者が、目に余るほど増えている」って、困ってましたよ。

「警察や保健所に頼んでも埒があかんのや」と。家族に言っても「入院できないんです」と言われて、結果として歯が抜け落ちるように、その周りがいなくなっていく。

入居者が減って管理費だけ上がって工事をしたくても修繕費が足りない。日本中にそんな問題が蔓延ってるぞとか言われてね。そんな状況で、入院治療に結びつく制度をなくせということ自体、どうなんでしょうね。

2巻【親を許さない子供たち】田辺卓也のケース

取材・文/森野広明