「マスメディアはゴミ、俺が片づけてやります」。“俺なりの夏目漱石『坊っちゃん』”を書いて、すばる文学賞を受賞した大田ステファニー歓人のパンチライン《後編》

こんな小説家を待っていた。すばる文学賞での受賞スピーチがSNSで話題となり、注目を浴びる大田ステファニー歓人。

ヒップホップ界で人気を誇るアーティスト、舐達磨の歌詞をサンプリングするなど、唯一無二の文体で選考委員を騒然とさせた新人小説家の素顔に迫る。

ディテールは突き詰めるけど、善悪は描かない

――受賞作『みどりいせき』の主題は、どのように考えていったのでしょうか。

大田(以下、同) 結果どうなったかは別として、性差を超えた人間のつながりをテーマにしたいと思って書き始めました。性欲に振り回されて男が女への接し方を変えたり、逆に、女が男だからって接し方を変えるのって、防衛かもだけど単純に人間関係の半分損してる。なので、損してない関係性を描きたかった。あとは、大人に抑圧されている子どもたちが暴れ回るような。子どもじゃないけど、夏目漱石の『坊っちゃん』ってだいたいそういう話じゃないですか。

なので、『みどりいせき』は俺なりの『坊っちゃん』です。夏目漱石の神経症もウィードがあればよくなったかもしれない。

――登場人物の高校生たちがプッシャーを生業にしているのは?

子どもが大人から離れて好き勝手やるには、まず経済的に自立して、精神的にも自分たちのルールに則って生きていくことが大事、だから稼ぐ手段は必要だよなって考えたときに、Pならネタ手元にあっても自然だし。それでサイバーヒッピーってクルーに取材をして、たくさん話を聞かせてもらって。ディテールは突き詰めるけど、善悪は描いてないです。

――その“ディテール”は、どう取材したのですか?

たとえば完全合法でLSDと似た化学式のネタがあって、それをサイバーヒッピーのやつに摂取してもらって、普通にくつろいでいる様子を横で見せてもらったり実況してもらったり。
小説に出てくる高校生は一軒家をヤサにしてますけど、そいつらも一軒家に何人かで住んでいたので、Discord混ぜてもらってチェックしたり、自分もヤサにお邪魔したり。やっぱり取材は大事です。想像で書いてしまうと、偏見も助長されるし、ちゃんと実相を描くことが、社会に光を当てる方法として有効だと思って。

「マスメディアはゴミ、俺が片づけてやります」。“俺なりの夏目漱石『坊っちゃん』”を書いて、すばる文学賞を受賞した大田ステファニー歓人のパンチライン《後編》

作家の大田ステファニー歓人さん

――作中で、警察のことを「迷惑で不必要」と描写するシーンがありますが、これは舐達麻の「FLOATIN'」のリリックから?

お好きに解釈してください! でも、もし女子高生が手押ししながら舐達麻を聴いてたらおもろいですね。10代に限らず自分含めクソに中指立てるリリックから力をもらっている人めっちゃいると思います。HIP HOPだけじゃなく、音楽は力です。



――Jane HandcockやBrittany Howardの曲を聴くシーンもありました。

Brittany Howardのあの曲は、この小説の世界まんまだなと思って書きました。読みながら1回聴いてみてほしいです。村上龍の小説でTHE ROLLING STONESを聴いた人とかたくさんいると思うので、そういうのはやりたいです。

ウケる文章ではなく、書きたいことを書くのが純文学

――選評では、文体の新しさを評価している意見が多かったです。

文章って、結局は読む人しだいなところがあるじゃないですか。フラットに書かれた文章だと、作者が意図した通りには読まれないかもしれない。

なので、こっちのフロウを文体と言葉選びの水準に落とし込んじゃえば、読む人の頭の中で音がなくてもフロウが再生産される。

「マスメディアはゴミ、俺が片づけてやります」。“俺なりの夏目漱石『坊っちゃん』”を書いて、すばる文学賞を受賞した大田ステファニー歓人のパンチライン《後編》

――フロウを落とし込むにあたって、とくに登場人物のセリフにおいては、ネットスラングをはじめ、隠語や略語も多用した独特の言葉遣いが特徴的でしたが、文学賞への応募作という公共性を考えると、万人に通じないというリスクもありますよね。

そのへんは考えても仕方ないので、もしスベったら海外にでも遊び行って、しばらくかおりんと幸せに暮らして、傷が癒えたらまた書けばいいやっていう。取材に協力してくれたサイバーヒッピーのやつらのためにも、嘘なく、曲げることなく、自分のフロウを込めることを優先した結果ですね。

作家は目の前にあるテキストに向き合って全力を注がない限り、何をやっても能なしで終わり、みたいなことを誰かが言ってました。たぶん保坂和志さんだったかな。

だったら、うちも全力を注ぐしかない。どう読まれるかとか、どの層に響いてどのくらい金が稼げるかとか、そういうのを考えてたら、集中も切れちゃうし、ウケたくなっちゃう。ウケるのを書くのは余裕なんで、それよりも、自分の純度を高めるほうを優先しました。

――ウケるのは余裕ですか?

作家ならみんな余裕なんじゃないですか。ウケる文章なんていくらでも書けるけど、誰かの反応とか評価よりも、自分の書きたいものを書いている人の作品が純文学だと思うので。

ちょっと前までは大衆小説とか、中間小説とか純文学とか、そんな区分けがあることも知らなかったですけどね。
エンタメも夏目漱石も全部一緒に読んでたので。なんなら、純文学って、文学にうるさいやつを揶揄するシネフィル的な言葉かなと思ってたくらい。ただ言われてみると、エンタメと純文学だとページをめくるスピードとか違うよなって気づきました。今では“純(じゅん)な文学”って、自分に嘘つかないピュアな作品、めっちゃかっこいいじゃんって思ってます。

一番好きな映画は『トトロ』、その次は…

――『みどりいせき』は、あれだけ特殊な言語が頻出する一方で、風景や心情の描写はとても丁寧で、文字数も割いて、普遍的な純文学ならではの魅力が詰まっています。

風景に限らず、自分の場合は、フィルムメーカーになったつもりで、見たいシーンをいっぱい思い浮かべて、それを文字に写して、映像を編集する感覚で構成しています。視覚として、映像の感覚でさばく。しかも実際の映像だと、映ってる余計なものを消したりするのめっちゃ大変だし、気に入らない芝居を撮り直すのとか一人じゃできなかったりしますけど、文字なら一瞬でできる。そもそも映画は計算したものを撮っているので、必然の結果しか映らない。でも小説は、いくらでも作為を誤魔化せるし、ノイズも自由に削れるし増やせる。誰にも邪魔されず、思い通りに驚いてもらうには、小説は最高です。と言いつつ、これまで映画をたくさん観てきたから、今それができるんだと思いますけど。

――ちなみに、映画で好きな作品は?

一番は『となりのトロロ』で、次が『ブリグズビー・ベア』かな。

「マスメディアはゴミ、俺が片づけてやります」。“俺なりの夏目漱石『坊っちゃん』”を書いて、すばる文学賞を受賞した大田ステファニー歓人のパンチライン《後編》

――ほかにも影響を受けた作品は?

アメリカンニューシネマ中心に。でもどんな作品が好きとか、誰に影響を受けたとか、恥ずかしいです。作品の中にリスペクトを込めてるので、そこから感じ取って、好きに楽しんでください。

マスメディアはゴミ、俺が片づけてやります

――こうしてインタビューを受けるようになったことも含めて、自分が世に出ることに対しては、どう感じていますか?

ありがたいです。SNSでもインタビューとかでも、自分が気軽に出した言葉に、よくも悪くも影響力が出てきたなとは思います。それだったら、世の中や社会にとって、いい影響が出たほうがいいに決まってる。

――Xはプロフィールも投稿も、絵文字がいっぱいでにぎやかですね。

深刻な虐殺のことをつぶやいたりするときは別ですけど、SNSはしょせんお目汚しなので、せっかくならかわいいお目汚しのほうがいいかなって。SNSはハッピーにやりたい。人のことを舐めたいやつもいっぱいいるので、舐めさせてあげる、甘いキャンディだよって。でもブログとか小説は、わざわざ読みたい人が読むものなので、きつい言葉も入れるし、言葉の暴力もあるけど、別に誰でもいいから傷つけたいわけじゃなくて、傷つけたいやつを傷つけたいだけ。居合の達人ってそういうものじゃないですか。SNSで刀ぶんぶん振りましてるやつはフェイクですよ、自戒も込めて。

――マスメディアに対しては、どういう印象ですか?

持ち上げたりディスったり、何でもかんでも消費して、金のためならなんでも流すし、利権のためなら流すべきものも流さない。ゴミ。俺が片づけてやります。

取材・文/おぐらりゅうじ 撮影/井上たろう

みどりいせき

大田ステファニー歓人

「マスメディアはゴミ、俺が片づけてやります」。“俺なりの夏目漱石『坊っちゃん』”を書いて、すばる文学賞を受賞した大田ステファニー歓人のパンチライン《後編》

2024年2月5日

1870円

単行本:216ページ

ISBN:

978-4-08-771861-4

【第47回すばる文学賞受賞作】

【選考委員激賞!】
私の中にある「小説」のイメージや定義を覆してくれた。――金原ひとみさん
この青春小説の主役は、語り手でも登場人物でもなく生成されるバイブスそのもの――川上未映子さん
(選評より)

このままじゃ不登校んなるなぁと思いながら、高2の僕は小学生のときにバッテリーを組んでた一個下の春と再会した。そしたら一瞬にして、僕は怪しい闇バイトに巻き込まれ始めた……。

でも、見たり聞いたりした世界が全てじゃなくって、その裏には、というか普通の人が合わせるピントの外側にはまったく知らない世界がぼやけて広がってた――。