マクドナルドの“高級化”は問題なし? プチ炎上続きのマックCMが「エモい」マーケティングの成功例といえる理由

先月、マクドナルドがメニュー全体の3割に相当する商品に10~30円の値上げを実施した。チェーンストア研究家の谷頭和希氏は、マクドナルドにとって値上げは問題ではないと述べる。それはマクドナルドがコスパのいい飲食店から、エモさを感じられる「居場所」へと変化しているからだという。マクドナルドの「エモ」戦略を、近年のCMから読み解く。

マクドナルドの値上げが話題を呼んでいる。

メニュー全体の3割に相当する数の商品を10~30円値上げし、ネット上には「もはや、マックは高級品」なんて声もある。これまでマックはその安価な値段を売りにしてきた。それだけに、値上げを嘆く声も多い。

マクドナルドの“高級化”は問題なし? プチ炎上続きのマックCMが「エモい」マーケティングの成功例といえる理由

ドライブスルー実施店のマクドナルドの外観(著者提供)

こうした値上げについてフードアナリストの重盛高雄氏は「マクドナルドは、すでにブランドとしての地位が固まっていますので、値上げしても来店してくる固定客は多い」と述べ、「以前とはワンランク上の価格帯にいるライバルチェーンからシェアを奪って客数を増やすためにも、マクドナルドにしかない価値を生み出すことが重要になる」という(『マクドナルド、業績好調も…「客離れ」で今後心配されること』)。マクドナルドにわざわざ行こう、という気持ちをいかに刺激するかが重要だというのだ。

そこで、マクドナルドが押し出しているのが「エモ」への訴求である。

マクドナルドがいま、「エモい」?

2023年9月20日、Twitterに投稿されたわずか20秒の動画が「エモい」という声を集めた。そのCMは、家族3人が小さな食卓でマクドナルドの商品を囲みながら、他愛もない会話をしているというもの。CMの最後に「夕方5時からのポテナゲ(※マックフライポテトとチキンマックナゲット)」が宣伝される。

この他にも、河川敷で部活帰りの高校生がマックを食べるバージョンや、マックの店内で学生のカップルが他愛もない会話をしているバージョンが制作された。

家族の何気ない瞬間を切り取ったCMは4日間で1.1億回再生されるなど、世界的に大きな反響を呼んだ。一方、この動画に対する反応は必ずしも賞賛ばかりではなく、「普通の家族像を押し付けている」といったポリティカル・コレクトネス的な観点からの批判も相次いだ。

平成バーガーでは80年代~90年代の名曲を立て続けに起用

また、最近のマックが押し出す「平成バーガー」の復刻にあたっても同様で、「平成レトロバーガー」の宣伝CMとして流されたPUFFYの『アジアの純真』をもじった「アジアのジューシー」はいくつかのメディアで「中途半端なオマージュ」などといった表現で否定的に報じられ、炎上に近い騒動になった。

これだけでなく、最近の「平成バーガー」関連のCMでは、80年代~90年代の名曲が使われていることが、ある種の議論を呼んでいるようだ。

CM曲はPUFFYの『アジアの純真』

CM曲はtrfの『survival dAnce ~no no cry more~』

これらのCMはいずれも「エモい」感情を刺激するものとして受容されているが、同時に毎回大きな賛否両論(ときには炎上まがいのことも起こっている)を引き起こしている。その中には感情的な批判といえるのもあって、その反応をさまざま見てみるとおもしろい。

「エモ」は「60点の共感」でコミュニケーションを生み出す

一方で、私はマクドナルドが「エモ」にフォーカスを当てることは、意外と合理的だと思っている。

今瀧健登氏の『エモ消費 世代を超えてヒットするルール』では、この多義的な「エモ」という言葉について、興味深い説明がなされている。彼が言うには「エモ」とは「その対象に60点の共感を感じるときに発生する」というのだ。

マクドナルドの“高級化”は問題なし? プチ炎上続きのマックCMが「エモい」マーケティングの成功例といえる理由

今瀧健登『エモ消費 世代を超えてヒットするルール』(2023年、クロスメディア・パブリッシング)

「エモ」という言葉でSNSの分析を行なった、メトロアドエージェンシーの塩見ありさ氏は、Instagramの投稿で「青春」という言葉と共に「エモ」が使われていることを発見した(『“エモい”を解き明かす~文脈理解と物語構築の重要性~』)。

すべての人が経験しているけれども、人によってまったくその姿が違うのが「青春時代」である。だからこそ、その言葉で人はそれぞれ異なる自分自身の「青春」を思い浮かべるから、その人独特の感情を抱く。似ているけど人によって違う思い出。「適度な共通記憶」とでもいおうか。

また『エモ消費』の今瀧は、「60点の共感」はコミュニケーションを生み出す、とも指摘している。そこそこの共感が発生するから、その対象について自分自身の思い出を語りたくなり、そこにコミュニケーションが発生するのだ。そして、SNS時代において、コミュニケーションは拡散を起こす。

この意味で、「エモ」を押し出すことは、マーケティング的にも合理性がある。

マクドナルドは共感60点の場所だ

さらに「60点の共感=エモ」説で考えたときに、マクドナルドほど、「エモ」を起こしやすい場所はないように思える。

マクドナルドは現在、全国に3000店舗以上の店がある。1971年、銀座に一号店を構えてから、その規模は全国に拡大。日本中の多くの人が利用した記憶があるはずだ。つまり、マクドナルドはある程度、日本の人々にとっての共通する記憶になっている。

マクドナルドの“高級化”は問題なし? プチ炎上続きのマックCMが「エモい」マーケティングの成功例といえる理由

日本マクドナルド一号店は銀座にオープンした 写真/共同通信

しかし、当然のことだが各々がマクドナルドで経験してきたことはまったく異なるはずだ。誰と行ったか、何を食べたか、どんな場所にあったか……それらはすべて違っていて、だからこそ、そこには「適度な共通記憶」が流れている。マクドナルド自体が「エモ」な場所なのだ。

だからこそ、「エモ」を押し出すマクドナルドの戦略は、ある意味でマックらしさを活かしたものだといえる。

同時に、だからこそ近年のCMには、これほどまでに強い賛否両論が起こったのではないか。「エモ」が60点の共感ならば、40点分は共感できない部分だということだ。例えば、「夕方5時からのポテナゲ」CMでいえば、「夕暮れ時、3人家族でマクドナルドを食べる」というシチュエーションは、確かに共感できない部分も多い。

実際、批判の声に多くある「普通の家族を正当化している」というのは、まさに、このCMに共感できない層がいることを表している。その40点分の共感できない部分が、昨今のポリティカル・コレクトネス的な反応と相まって増幅されたのだ。

賛否両論は「エモ」マーケティングが成功したことの証

しかし、そのように同CMを批判する人も、「マクドナルドはこうではなかった、自分はマックをこういう風に使ってきた」と“自分なりのマクドナルド論”を語っている。マクドナルドを批判しているようでいて、実は、SNS上での「批判」を通して、むしろマクドナルドの宣伝をしている。「エモ」が生み出すコミュニケーションに参加してしまっているというわけだ。

マクドナルドの“高級化”は問題なし? プチ炎上続きのマックCMが「エモい」マーケティングの成功例といえる理由

全世界5000店舗目のマクドナルド江の島店。マクドナルドが増えれば増えるほど「適度な共通記憶」は広がっていく(著者提供)

実際、これらのCMの炎上でマクドナルドが営業利益を落とした、というデータはないし、むしろ話題性を生み出したことでいえば、マーケティング的には成功だったといえるだろう。つまり、批判する人も、マクドナルドの戦略に取り込まれている。

マクドナルドに人が集まる理由は、その商品が安いからだ、という論調がある。たしかにそれは間違いではない。しかし、その商品が値上がりを続ける今、もしかすると、マクドナルドが今後目指すべき姿は、「エモ」な場所を押し出しつつ、ある種の賛否両論を巻き起こし続けることなのかもしれない。

そして、「炎上」が日常茶飯事になった現在、そのように「炎上上等」ともいえる態度で、むしろその炎上までをもハングリーにマーケティングに取り込んでいく姿勢は、今後のマーケティングやPR戦略に大きな参考になるだろう。

文/谷頭和希