「自分が働き続けられるかどうか?」若者の安定志向の正体と終身雇用を捨てた企業のゆくえ
「自分が働き続けられるかどうか?」若者の安定志向の正体と終身雇用を捨てた企業のゆくえ

「安定した会社」と聞けばどんな会社をイメージするだろうか? 近年この「安定」の概念が変わったと指摘するのが経営学者の舟津昌平氏である。終身雇用を前提とし、同じ会社に勤め上げるという概念が薄まっているため、入社する会社の安定度ではなく、いかにして自分が働き続けられるかという意味での「安定」を求める傾向が高まっているという。


書籍『若者恐怖症――職場のあらたな病理』より一部を抜粋・再構成して解説する。

「安定」の意味が変わった?

若者のキャリア観をめぐって、若者が「安定」を求めているという言説が最近よく聞かれる。大企業とベンチャーどちらに入りたいですか? と問うと大企業と答える割合が増えているらしい。マイナビの調査では「企業選択のポイント」は6年連続で1位が「安定している会社」になったとのことだ。

ところが、この安定の概念のとらえ方が変わったという。かつて「安定した会社」が良いとは、潰れない会社とか会社の業績の安定を指していた。公務員のような安定した職業、というフレーズにも表れている。翻って最近の若者が求める安定とは、会社の安定ではなく自身のキャリアの安定、つまり食いっぱぐれないことなのだという。

…? 一緒ちゃうの? フツーに考えたら、「安定した会社」、業績が良いとか福利厚生が良いとか離職が少ないとかそういう会社に入れたら、自分のキャリアも安定したと考えるべきだろう。

この理屈が通用しなくなっているらしい。その理由は、終身雇用制が解体され、転職が活発化し(より正確には活発化したような気がしており)、同じ会社で勤め上げるというキャリア観を人々が持たなくなっているからだ。

会社が教育訓練やOff-JTにかける費用は低調であり国際的に見ても低水準である。非正規労働者には教育訓練をしようとしない現実もある。

だから会社に依存するのでなく、「自分でキャリアを磨く」べく、成長だの成長実感だのを求める。これがこの手の話に共有されるストーリーだ。

上司や先輩からすれば、若者がそういう未知のことを言い出して怖いと感じる方もいるだろう。「成長」「やりがい」を叫ぶわりに何をしてほしいのかどうなりたいのかは曖昧で、離職やハラスメントのことも考えたらどうも怖い。

終身雇用は終わったのか?

こうした議論の多くが、終身雇用の時代が終わったことを前提としている。ただ、いったい誰が「終わらせた」のか? いつ終わったのか? 終わりとは何か?

終身雇用の学術的定義として代表的なものを挙げよう。

「従業員が定年に達するまでひとつの企業に長期勤続する慣行」

注目すべき箇所が2つある。まず「慣行」であり明示的な契約には基づかない。そして主語は「従業員」なのだ。従業員は被雇用者であり雇用するのは企業なのだから、終身雇用は企業が主語じゃないとおかしい気もするけども、主語は従業員である。

終身雇用を支えてきた条件が3つある。勤続給、退職金制度、福利厚生(制度)である。つまり、勤める期間が長いほど報酬が増え、辞める際にも手厚い返礼があり、生活へのサポートもある状況だ。

企業側が「長くいてくれたらプレミアム(得)をつけるよ」と言って、ほなずっとおるわと社員が呼応してきたのだ。終身雇用は企業側と労働者が互恵関係にあれるシステムとして確立されてきたのである。

産業社会学者の神谷拓平氏は、終身雇用を次のように定義する。

「終身雇用とは年功賃金の『企業間移動抑制機能』によって促進される長期勤続傾向であり、長期雇用傾向である」

年功賃金によって別の企業に移るインセンティブが減じられるため、同じ会社に居続ける勤続傾向が「労働者に」発生する。それは同時に「企業の」雇用傾向でもある。終身雇用は、企業と労働者の互恵関係に裏打ちされて存続してきたのだ。

キャリアを拓け、自分でね

で、何で終わったのか。神谷氏の定義に従うと終身雇用は「傾向」なので、ある日を境に突然変わったわけではない。象徴とされるのが早期退職制度で、2001年に松下電器(当時)の労働組合が受容したことを終身雇用の終焉の始まりとみなす向きもある。

早期退職は意訳すれば「かなり譲歩した解雇」であり、給料払うの難しいんで退職金払うからいま辞めてほしいという「企業側の」施策である。

50代にもなれば、貯金あるしあくせく働くより辞めようと考える方がいてもおかしくない。相応の退職金が支払われる場合もあるので必ずしも一方的な首切りではない。

ただ早期退職は決定的な信頼の毀損になりうる。

ずっと一緒にいようねって言ってたのに突然「まあ場合によっては…別れてほしいかも」って言われたわけであるから。

他にも役職定年といった、役職ごとに定年を設けその年齢に達したら自動的に役職を退く制度もある。若手社員に役職を回すねらいもあるが、役職を降りて給料が大幅に減額されることも珍しくなく、これまた終身雇用の諸前提を覆すものであろう。

ここで重要なのは、会社と社員の信頼関係を砕いたのは企業側だという事実である。損してでも会社を辞めると社員側が言い出したのではない。関係を維持できなくなった企業側が条件を悪化させたから関係を保てなくなってしまったのだ。もちろん企業側は「いやいや、社員のせいでダメになったんじゃないか」と言いたいかもしれない。どっちにしても信頼関係は崩壊している。

「終身雇用みたいな古臭い制度の時代じゃないんです」とか宣うのはわりと意味不明で、終身雇用は会社と社員の関係を規定するひとつの仕組みであり、概ねは会社側が「契約破棄」したのだ。別れようって言われたから別れたのに、「アイツが別れるって言うから…」とか言いふらされてるみたいだ(違う?)。

過去をやたらと貶め新しいものを崇拝する言説には要注意である。いま崇めてるものを数年後には「もう古い」と言い出すに違いないのだ。

若者恐怖症ーー職場のあらたな病理

舟津 昌平
「自分が働き続けられるかどうか?」若者の安定志向の正体と終身雇用を捨てた企業のゆくえ
若者恐怖症ーー職場のあらたな病理 (祥伝社新書 716)
2025/8/11,056円(税込)272ページISBN: 978-4396117160

「若者がこわい」は、職場に潜むあらたな病だった。
気鋭の経営学者が読み解く“年の功”消滅社会の正体

「コンプラ大丈夫?」「それ、ハラスメントですよ」
こんな言葉が飛び交う現代の職場では、若者に対する漠然とした恐怖が広がっている。

少子化による超・売り手市場により、年功序列のパワーバランスは逆転した。新人を腫れ物扱いしたり、若手に過剰に忖度している場面に、心当たりはないだろうか。

そんな時代、上司や先輩社員は若手への適切な指導や対話ができずに悩み、ときに「どうせすぐ辞める」「関わるだけ損」などと、距離をとってしまう。こうした空気が、職場に深刻なコミュニケーション不全をもたらしている。

本書では、経営学者・舟津昌平氏が、「飲み会離れ」「早期離職」「やりがい・成長」「ハラスメント」などのキーワードを手がかりに、職場で静かに進行する“若者恐怖症”の実態を明らかにする。
データと現場の声をもとに、通説の矛盾を暴き、世代間の不信やすれ違いの背景にある社会構造を読み解いていく。

部下のマネジメントに悩む管理職はもちろん、20代・30代にも、Z世代にも読んでほしい、
すべての働くひとに向けた、職場改善の処方箋。

【目次】
はじめに 老害になりたくないあなたへ
第1章 若者恐怖症─たとえば、飲み会恐怖症
第2章 若者論の交通整理─Z世代をたらしめるもの
第3章 そして何が問題なのか─神話の喪失、竹槍と学徒動員
第4章 離職恐怖症─若者はすぐ会社を辞めるのか
第5章 やりがい恐怖症─若者は成長しないといけないのか
第6章 ハラスメント恐怖症─若者はなんでもハラスメントって言うのか
第7章 持病とつきあっていく─いっしょに恐怖を飼い慣らす

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