
「月6000円だった修繕積立金が3倍に」大規模マンションに住むAさんは、突然の維持費高騰に憤慨し、購入時に維持費が安く設定されていた不動産デベロッパーの手法を批判する。しかし、これは「将来のため」の当然の値上げであり、インフレや人件費高騰を考えると賢明な判断だとも言える。
修繕積立金が突如3倍になるという「異常事態」で生活は一変
「修繕積立金がいきなり1万円以上も上がるなんて、寝耳に水だ。購入時にこんなことは聞いていなかったし、騙された気分だ」
埼玉県さいたま市の大規模マンションに住む40代の男性、Aさんは声を震わせる。月6000円程度だった修繕積立金がいきなり大幅値上げとなり、約3倍となったのだ。
総会では反対意見も出たものの、「将来のため」と主張する管理組合の主導により、賛成多数で可決されたという。
4年前に購入したマンションは1000戸を超える大型物件で、駅や公園からも近い。なにより、共用部には住民専用のカフェラウンジやパーティールーム、キッズルームに加えてテレワークスペースまで備えているという充実ぶり。
一馬力でも無理なく買える価格でありながら、都内の大型タワーマンションのような豪華な施設が揃っているとあって、Aさんも暮らしには満足していたという。
しかし、修繕積立金が突如3倍になるという「異常事態」により、男性の生活は一変した。
「住宅ローン金利の上昇もあり、購入時よりも月々の支出は2万円近く増えた。物価上昇もあるし、会社でのランチを弁当に切り替えて節約するしかない」とAさんは肩を落とす。
マンションで暮らす人々にとって、維持費は頭が痛い問題だ。戸建てと異なり、マンションは自分の部屋以外の空間は全所有者で共有するため、そのメンテナンス費用は住民全員がお金を出し合って負担する仕組みとなっている。
管理費や修繕積立金といった月々の支出は、コントロールができない。エレベーターや自動ドアはもちろん、Aさんが気にいっているという大規模マンションならではの豪華な共用施設やコンシェルジュも、こうした月々の維持費を押し上げる要因だ。
月々の費用を安く見せるため、管理費や修繕積立金を低く設定する傾向
Aさんが不満を抱くのが、不動産デベロッパーの手法だ。新築マンションを販売する際、デベロッパー側は月々の費用を安く見せるため、管理費や修繕積立金を低く設定する傾向がある。
後で調べたところ、ファミリータイプでありながら月々6000円程度という修繕積立金の価格設定は、周辺のマンションと比べても著しく低かったという。「購入する際、販売担当者からは月々の維持コストがかからない点をアピールされた」とAさんは憤慨する。
もっとも、プロからすれば、このマンションの管理組合は賢明な判断をしたと言える。人手不足やインフレが進む中、今後、管理費や修繕費用が上がることはあっても、下がることはないというのは不動産業界では常識だ。
特に修繕積立金は大規模な共用設備の維持やメンテナンスを考えると、初期設定では全く足りないことは自明の理。将来的に引き上げることが前提で、管理組合側はそのシナリオに沿って引き上げたともいえる。
投資目的で居住する外国人オーナー
しかし、知識を持たない一般の住民が修繕計画の具体的な計画や妥当性を理解することは難しい。Aさんが心配するのが、リセールバリューの低下だ。「維持費が高くなれば、中古市場で高く売れなくなる可能性があるのではないか」と気をもむ。
実際のところ、管理費をきちんと徴収し、修繕積立金を積み立てている物件のほうが中古市場での評価は高くなるというのが実態だが、これはあくまで将来の話。
特に、築年数が浅いうちは建物の劣化に気が付きにくいこともあり、目先の支出を優先する住民は一定数いる。Aさんの言葉も、素人の戯言と一笑に付すことはできない。
維持費の増加を嫌う住民が増えることは既に問題になりつつある。その代表例が、投資目的で居住する外国人オーナーだ。
湾岸エリアのとあるタワマンでは数年前、管理費の増加を止めるため、中国系の住民が大挙して反対票を投じた「事件」があったという。
結局、賛成多数で可決されたものの、この事件は多くの住民が暮らすマンションが呉越同舟状態になっていることを白日の下にさらしたという意味で大きなインパクトを残した。
もともと、中国では日本のマンションにおける修繕積立金にあたる概念がなく、購入時に一括して払ったものを取り崩して使う方式となっている。
住民の善意によって成り立っている部分が多いが、「ハック」されれば…
そんな環境で育ってきた彼らにとって、月々のローンとは別に払う必要がある管理費や修繕積立金というのは「安ければ安いほうが良い」と考えるのは自然な流れだ。
そもそも、永住目的で日本に住んでいる訳ではなく、どこかで売却する可能性のほうが高い。20年、30年後の資産価値を考えるよりも、月々の支出を抑えるほうが合理的ですらあるといえよう。
中国経済の失速や習近平政権の強権的な姿勢を受けて、中国から富裕層が資金を逃がす目的で東京の不動産を買い漁っていることは周知の事実だ。
彼らの多くは、東京の不動産価格の上昇を投資機会として捉えており、数年間保有して値上がりを待ち、売却して利益を得ることを目的としている。
マンション価格の上昇とともに中国人オーナーが増えるにつれ、こうした発想で管理費や修繕積立金の増額を抑えようとする流れは強くなる可能性が高い。
現状、マンションの管理は住民の善意によって成り立っている部分が多いが、「ハック」されれば、将来に禍根を残しかねない。
そもそも管理費や修繕積立金を払わないという悪質なケースも
将来のための値上げに反対するだけではなく、そもそも管理費や修繕積立金を払わないという、悪質なケースもある。
「投資目的で購入した中国人オーナーが管理費や修繕積立金の引き落とし口座にお金を入れず、長期間にわたって滞納しており問題になっている」
筆者が取材のために訪れた東京都港区のタワマンで、管理組合の理事はこう明かした。このタワマンは東京タワーを望む眺望で中国人からの人気も高く、ロビーなど共用部では中国語を多く耳にする。
ファミリータイプの部屋であれば最低でも2億5000万円を超えるような高級マンションだが、住民向けに発行されているニュースレターには、「管理費等の長期滞納者対応について」という項目が毎月のように記載されており、実際に対応に悩んでいるという。
そうした投資家の間では、管理費や修繕積立金を数年間にわたって意図的に払わず、そのまま物件を売却することで踏み倒すというケースもあるという。月々の費用は数万円に過ぎないが、これが数年単位となると数百万円にのぼることも珍しくない。
湾岸エリアのあるタワマンでは、外国籍の法人が約5年間に及び管理費を払わず、利息や遅延損害金も含めて1000万円を超える請求を求め裁判になったケースもあるという。
管理の崩壊という時限爆弾
管理費や修繕積立金の上昇を嫌う住民が多数派となり、延滞で払わない住民が増えれば、マンションの管理は荒れることが確実だ。
特に、大規模マンションのように共用部が豪華であれば、汚れや荒れは目立つようになる。管理や修繕の問題は同じ共同体に住む人間として共通意識の醸成が不可欠だが、大規模であれば大規模であるほど、難しい。
既に、管理組合が想定する以上のペースで人件費や工事費が上昇しているとの指摘もある。人件費が上昇する中、朝から夕方まで常駐するはずだったコンシェルジュが半日しか勤務しなくなるといった、目に見える形で住民サービスが下がることも現実に発生している。
冒頭のAさんは修繕積立金の上昇に不満タラタラといった様子だったが、本人が気づいていないだけで、管理がしっかりしたマンションに出会えたことは幸運だと言える。
郊外の物件ということで投資目的の購入が少ないことからも、住民間の合意形成がしやすいことも追い風だ。
もっとも、湾岸や港区のタワマンのように、外国籍や投資目的の住民の比率が高い物件の場合、現在のような管理状態が将来にわたって続くという保証はない。
インフレとともに現在のような上昇相場が続く中で目先のことだけを考える住人が多数派となって「ババ抜き」が過熱し、管理の崩壊という時限爆弾が破裂する可能性も、ゼロではない。
文/築地コンフィデンシャル