福島県相馬地方に伝わる「相馬野馬追」は、毎年5月の最終土日月に行われる祭事だ。東日本大震災と原発事故によって離散した地域の人々を今もつなぎとめる役割と果たしているという。
ノンフィクション作家・星野博美氏と琉球競馬「ンマハラシー」の復活に携るスポーツニッポンの記者・梅崎晴光氏が、伝統文化と地域の紐帯をめぐって語り合う。
虫瞰図(ちゅうかんず)と鳥瞰図(ちょうかんず)
梅崎 星野さんは、私が本(『消えた琉球競馬 幻の名馬「ヒコーキ」を追って』ボーダーインク、2012年)を出した時に「AERA」ですばらしい書評を書いてくださったんですよ。感激でした。私も新聞記者の端くれなので、星野さんの作品は拝読していましたし、『コンニャク屋漂流記』で書かれている千葉県の御宿は、自分も幼少時代に過ごしたところでよけいに親近感がありました。そんなわけでずっと尊敬していました。
星野 私、『消えた琉球競馬』の書評を書いた時に梅崎さんからお手紙いただいたのに、お返事できてなかったんですよね。それが昨年、ようやくご連絡することができて。
梅崎 うれしかったです。しかも琉球競馬をご覧になりたいという話でしたので。
星野 琉球競馬「ンマハラシー」は去年もおととしもずっと行きたかったんですけど、そのつどなにか事情があってドタキャンになっていて、今年初めて行けたんです。その時に、梅崎さんと連絡を取り合って、会場でお会いしました。すごいんですよ、梅崎さんは琉球競馬の産みの親ではないですけど、中興の祖なんです。
──第二次大戦以降、すっかり失われていた琉球競馬「ンマラシー」が梅崎さんの綿密な取材・考証の力もあって復活したのは2013年のことでした。そのンマハラシーについては後ほどじっくりお聞きしたいと思います。まず、星野さんの新作『野馬追で会いましょう』について、梅崎さんのご感想をお聞かせください。
梅崎 これは星野さんの十八番とも言えると思うのですが、虫瞰図と鳥瞰図の二つをたくみに使い分けて、福島県相馬地方に残る祭事「相馬野馬追」をお書きになられたすばらしい作品ですね。虫瞰図は虫の目です。地べたに貼りついて身近なところを見つめ、描いてゆく。
鳥観図は鳥の目線で、物事を上から見て、全体の流れを歴史の文献も参照しながらつづってゆく。私なんかはどうしても、虫瞰図よりも鳥瞰図になっちゃうんですよ。上からの目線で全体の流れ、歴史的な流れを追う、みたいな書き方になっちゃうんですが、自分なんかと比べるのも申し訳ない話で、この作品は両方とも持ち合わせている。感銘を受けました。
星野 ありがとうございます。
梅崎 それから、この本は二つの大きなテーマをとらえていると思います。
もう一つ、東日本大震災を経た相馬の人々をつなぐ紐帯としての野馬追という観点がとても重要です。この二点に関して、私も琉球競馬に関わらせてもらっている人間ですので、自分たちのやってきた取り組みと比較しながら読ませていただきました。
その中で、一番大きな違いは、相馬野馬追が侍的な文化だということです。実は私がこれまで野馬追にまったく興味を持てなかった理由はそれでして。星野さんも書かれていますね。私は漁師の末裔なんだと。「武士という言葉が想起させる忠義や殉死精神、厳しい序列、仇討ち、攻撃性などには、日頃から警戒心を抱いている」と。
星野 そう、やっぱりちょっと警戒心を持ちますよね。私は侍が好きではないのに、よく関われたなと思うんですよ。野馬追は、もともとは平将門が兵の訓練のために始め、それが相馬藩に継承されたという歴史があります。
梅崎 侍の文化について「尊重はするが、熱狂はしない」とも書かれていましたね。
星野 もともと伝統とか格式が好きではないんです。お祭りの類は、地元のお祭りレベルでも嫌いですし。祭りって結局、その土地のヒエラルキーを確認する場でしょう。「偉きは偉きに、低きは低きに」を毎年確認させる行事みたいに思っていて、だから野馬追だって本当は苦手ですけど、それは私の考えであって、尊重している人たちに文句を言うぐらいだったら関わらなきゃいいので、関わる限りは尊重します、というスタンスです。
あと、野馬追に参加する方々の中でも、たまたま「平本家」とめぐりあえたのがよかったんだと思います。
梅崎 そこのところの引きのよさも、さすがです。ほかにもたくさんのグループが参加する中、平本家を選んだという。
星野 本当にたまたまでした。2021年に初めて野馬追を見に行った時、高校生で乗り手として参加していた今野愛菜さんに話しかけたのがきっかけでした。
梅崎 そのたまたまですばらしいところに当たっているわけですよね。非常にさまざまな物語を持っている人たちの集団で、しかも見ず知らずの星野さんを受け入れてくれて。平本家とのつながりは、この作品の大きな比重を占めています。
星野 たぶん、総大将の近辺にいる、代々、相馬家の家来みたいな人たちが相手だったら、入っていけなかったと思います。その点、平本家はすごくリベラルなファミリーだったので。
梅崎 なるほど……。知らないことがたくさん書かれていて、勉強になりました。いまでも年に一度の野馬追の時には、封建主義的な「御法度」が復活するんですね。行列を上から見てはいけない、とか、行列を横切るな、とか。やっている人もその気になってしまう。
総大将にお目通りする時には鐙(あぶみ:鞍の両側に吊り下げ、騎乗時に足を置く馬具)から足をはずせって言うのでしょう。鐙から足をはずすのは、謀反の気持ちがないことの意思表示だと。
それからメインイベントのひとつである甲冑競馬は実は、昔ながらの野馬追にGHQからクレームがついた結果生まれたものだったんですね。これも驚きました。
星野 GHQは侍文化を軍国主義に結びつくものとして警戒していましたからね。それで、平和的な馬事の祭典なら許可するという方針を示したので、戦後すぐの野馬追ではリレーの競馬をやったり、馬術競技大会のような形で行われたそうです。でもそれだと盛り上がりに欠けるということで甲冑競馬になったらしくて。
梅崎 江戸時代からやってるものだと思っていました。
星野 江戸時代に甲冑着て軍事教練みたいなことをしていたら、たぶん相馬藩はお取りつぶしですよ。
梅崎 ああ、謀反の疑いありと。そうやって時代時代にマイナーチェンジを繰り返して続けられてきたんですね。
星野 おもしろいのは、江戸時代からすでに観客を呼び込んでいた点です。日本の人口が3000万人くらいの時代に4万人強もの人々が見にきたそうです。
梅崎 歌川広重の浮世絵にもなっていましたよね。
星野 そうです。当時から有名だったんですね。江戸時代の人はお伊勢参りに行ったり、けっこう旅行好きですよね。野馬追、いっちょ行ってみるか! みたいな感じで出かけていったのでしょう。
梅崎 一大娯楽だったんですね。
星野 わー、お侍が走ってる! みたいな(笑)。当時も侍が馬で走っている姿なんかなかなか見れなかったと思うので、人気も出るでしょう。当時から、壮大なコスプレ祭りだったといってもいいかもしれません。
作品の舞台、福島県浪江町
梅崎 相馬野馬追には軍事教練としての面ともう一つ、地域の安寧、繁栄を祈願する神事としての意味合いがあるそうですね。そして舞台となる地域は、東日本大震災と原発事故で大きな被害を被った、福島県の浜通りです。作品の序盤ですでに、浪江の町の空き地の多さに触れられていて、それが中盤で、被災地で暮らしていた「平本家」の人々の個人史と結びついてゆく。星野さんの作品ならではの、人の呼吸まで伝わってくるような文章を通じて、野馬追が、大震災を経た相馬の人々をつなぐ紐帯になっていることが伝わってきました。
震災についてこれだけじっくり書かれたことはこれまでにありましたか?
星野 いいえ、ありませんし、できれば震災には触れたくないぐらいの気持ちでした。初めて野馬追を見に行った時点で、東日本大震災から10年経っていたし、「震災の時はどうでしたか?」なんて軽々しく聞けないじゃないですか。自分がボランティアで行っていたとか、直後から通っていたとかだったらまだしも。
だから、すごく怖かったし、触れたくないぐらいの気持ちだったんですが、やっぱり浪江町なので、どうしたって震災の話が出てくるわけです。ひまわりがばーっと咲いていて、「ここは昔水田だった」と言われて、ひまわりを植えた理由を聞いたら、要は原発事故の影響で稲作が続けられなくなったからだとか、すべて震災に関わってくる。少しずつ信頼関係ができて、みなさんだんだんしゃべってくれるようになりました。
私も彼らと出会わなければ、震災のことを忘れていたかもしれません。でも常に浪江の人たちの顔が思い浮かぶから、他人事とは思えなくなりました。
梅崎 浪江の町が空地だらけだというところを読んで、やはりンマハラシーとの関連で、沖縄県の北谷町砂辺を思い出しました。ここでは「沖縄こどもの国」で行われる琉球競馬にならって、8年ほど前から競馬を始めたんです。なにしろ嘉手納基地の滑走路の直線上にある集落だから、沖縄県の中でも最も騒音公害のひどいところで、それも最近はステルス戦闘機が多くなったものだから、いままでの音とは別の、金属を刻んでいるようなものすごい音で。
住人も耐えられなくて、土地を売って出ていってしまう。特に子持ち世代の流出は激しい。私も集落を歩きましたが、国が買い上げて国有地となった空き地が点々とあって、非常にいびつな景観になっています。そういうところだから、町おこしの目的でンマハラシーを始めたのです。
星野 競馬をやっている時も上をビュンビュン飛んでるんですか?
梅崎 今年は運よく飛ばなかったけど、たまたまです。開催は日曜日だけど、米軍機は土日でも平気で飛びますからね。
星野 馬も驚いちゃいますよね。
梅崎 それが、驚かない、慣れているんですって。馬の学習能力というやつですね。音がして、後になにもないと、次からは平気だと。競技中の爆音があっても、むしろ人間の方がうんざりするくらいで、島の馬は驚かないよと、みんな言っていました。
──事故を起こした原子力発電所にしても、騒音公害を引き起こす沖縄の米軍基地にしても、中央が地方に押しつけたものと言えるでしょう。それがその土地の暮らしや景観を大きく変えてしまう現実には、考えさせられるものがあります。
梅崎 砂辺に関しては、伝統文化のエイサーもできないぐらい人が減っちゃいましたからね。野馬追の意義を知って、砂辺のンマハラシーにも、爆音公害でばらばらになった人と人をつなぐ紐帯としての役割を持たせたいんだろうなと強く感じました。
星野 浪江町ではいろいろな新しい産業等で雇用機会を作っていて、もちろん入ってくる人はいます。大熊町でも新規の移住を奨励していて、援助を出すから住みに来てくださいと。でも、多少は来るでしょうけど、避難した人々が戻ってくるかどうかはわかりません。
例えば私は馬が好きだから、人があまり住んでいないところに土地を借りて、馬とともに暮らしたいと夢想することはできますし、実現させようと思ったらできるかもしれません。でもそれは私に扶養家族がいないからできることであって、これから子供や孫とともに土地に根差して生きてゆこうと長期的な展望を持っている人たちが、わざわざそれを選択するとは思えません。
梅崎 すると住むところは別で、年に一度の野馬追の時だけみんな集まる、という形で続いていくのでしょうか。
星野 そうですね。本の表紙に写っている山本秀次さんはいま栃木県の那須にお住まいですが、福島県に本当に近いんですね。取材の合間に夜の森(福島県富岡町)に桜を見に行った時も、来ている車のほとんどがいわきと郡山ナンバーでした。かつて浪江や富岡に住んでいた方たちの中には、福島県内の他の地域に定着している人も多いのでしょう。
原発事故の直後はすごく遠くまで避難したかもしれないけど、実際どこかに定住するという場合には、いわき市とか、相馬市とか、南相馬市とか、わりと近くまで戻ってきているんじゃないでしょうか。周辺に戻ってきて、野馬追には出る。それが現実的だと、どこかの時点で切り替えたのではないかと思います。
この本に出てくる菅野富美恵さんは「山が違う」という表現をしていました。もうここに住めないんだったらどこに住んでもいいと思って日本中まわったけど、やっぱり福島県浜通りの、阿武隈山系が好きなんですね。だからまたその近くで住みたい、と。
人間ってやっぱり、強烈な意思や目的意識がない限りは、住み慣れたところからそんなに離れられないんじゃないかな。それに、浜通りってすごくいいところなので。温暖ですし、雪深くもないし、海も山もあって、仙台は近いし東京からもそんなに遠くないし、暮らしやすいところですよね。
梅崎 野馬追の時だけでもみなさんが戻ってきたら、一年に一度、殿様の時代のしきたりが復活すると同時に、共同体もよみがえるということになりますね。
星野 野馬追に参加してきた人に限って言えば、もし野馬追がなかったら帰ってくる機会がなくなっていたわけで。逆に、これがあるから戻ってくる人たちがこれだけいるというのは、すごいことだと思います。
梅崎 まさに地域の紐帯ですね。
星野 もしかしたら震災以前よりも、その位置づけは強くなっているかもしれないですね。私もいまだに、野馬追本番とか、その準備として行われる春競馬とか、そういう人の集まる日に南相馬に行きます。野馬追が人の集まる機会を確実に作っているんです。
梅崎 りっぱなものですね。沖縄の馬行事にはまだそこまでの力はなさそうです。例えば東京に出てきているウチナンチュを年に一度、なにがなんでも呼び戻すほどの力はまだありません。でも島々で行われているお祭りではそういうこともあります。特に八重山なんかが強いんだけど、種子取祭(タナドゥイ)の日には一週間ぐらい前から、他所に出ている人たちがみんなUターンしてきちゃう。だから外来者が行こうとしても、飛行機も船も取れないなんてことが起きています。
星野 それはやっぱりすごいことですよね。
梅崎 祭りがみんなを帰還させちゃうんですね。八重山のお祭りはみんなそう。何度も行こうと思ったけど、満席、満席で結局まだ行けてません。
星野 かなり前から島内に潜んでいるしかないですね(笑)。
構成/前川仁之 撮影/織田桂子
野馬追で会いましょう 相馬の馬文化と震災後の日常
星野博美
海外で土着の馬に乗り、「馬の地」が紡ぐ歴史と人々の営みをたどる旅をしてきた著者は、2021年夏、福島県相馬地方で行われる祭事「相馬野馬追」を初めて訪れた。
馬との暮らしが失われる中、祭りはどのように維持されているのか。日本の馬文化のいまを知りたい──。
浪江町で出会った「平本家」のメンバーは東日本大震災でほぼ全員が被災し、全国に散らばって生活していた。
かれらの語り、一人一人の選択から原発事故の影響がいまだ続く現実が見えてくる。
日本の馬文化の現在地と震災後の日常を描くノンフィクション。
【目次】
まえがき
第一章 二〇二一年相馬野馬追
第二章 標葉郷平本家との出会い
第三章 「野馬追の日に会っている」
第四章 相馬野馬追保存会
第五章 原発からの逃避行
第六章 「私がやってやる」
第七章 二〇二二年相馬野馬追
あとがき

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