「大谷選手が合流してから、ロッカーで座っている姿をほとんど見ませんでした」そう証言するのは、“熱男”の愛称で親しまれた元プロ野球選手の松田宣浩だ。第6回WBCで侍ジャパンの野手総合コーチを務めた松田が目の当たりにしたのは、大谷翔平という世界最高峰の選手が、試合中だけでなく、その裏側でもチームを牽引し続ける圧倒的な姿だった。
あえて選手と距離をとった井端監督
純白の精神に方円の血をたぎらせる。
松田宣浩の侍ジャパンへの想いは、どこまでも真っすぐである。2012年にキューバとの強化試合で初めてジャパンのユニフォームに袖を通した。そこから、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)とプレミア12では2回ずつ代表として日の丸を背負い戦った。
松田の気概を思い出す。
「日本代表って選手やファン、野球界全体から認められる存在じゃないとなれないじゃないですか。僕が選ばれたのって、どんなにきつい時でも元気を出してプレーしてきたからだと思うんです。だから、ジャパンでも同じ気持ちでチームを盛り上げていきますよ」
15年からお馴染みとなったホームランセレブレーション『熱男』は、現役を引退した今も松田の代名詞として定着する。
今年開催された第6回WBCにおいて、松田が貫く信念である元気、活力を欲したのが、監督の井端和弘だった。
ともに亜細亜大出身という縁。「一緒に頑張ろう」と、井端から野手総合コーチとして誘われた松田はふたつ返事で承諾した。
「僕自身も特別な想いで日の丸を背負ってきたんで、断る理由はなかったですよね」
松田から見る井端は、ビジョンが明確な監督だった。
チームの骨格をはっきりと示す井端ではあったが、威厳を振りかざすことはなかった。メンバー選考の段階からそうで、ソフトバンクの牧原大成と広島の小園海斗は、松田の進言が実現した選出だった。
「『このふたりは入れたいな』っていう強い思いがありました。両リーグの首位打者を獲ったプライドもあるでしょうし、守備でも複数ポジションを守れるユーティリティ性もある。レギュラーとして試合に出なくても、チームの力になってくれると思っていたんでね」
これまでWBCを指揮した監督は、チームを世界一へと導いた王貞治や原辰徳、栗山英樹でわかるように強烈なカリスマ性があった。彼らに比べて井端は、どちらかと言えば“地味”なほうだったかもしれない。それは、選ばれし30人のトッププレーヤーを束ねようとする姿勢を強調しなかったこともある。
日本代表の本格始動となった2月の宮崎合宿から、監督は「選手がパフォーマンスを発揮できる環境が一番だから」と、あえて距離をとった。
バッティングでは「そこから見た景色のほうがいろいろと見えるものがある」と、現役時代の習慣からショートの守備位置付近からチームの一挙手一投足に目を凝らす。要所で選手に声をかけるなどのフォローはしていたのだろうが、松田ら首脳陣ですら気づかないほどさりげない行為だったという。
松田が述べる見解は、一種の真理でもある。
井端監督が「1番・大谷」にこだわった理由
「僕らコーチや選手同士でチームの距離感を縮めて、まとめてくれるっていう信頼もしてくれていたんでしょうね。そこに監督の自分まで入ったらメリハリがつかなくなるっていう。そのあたりのバランス感覚はとても上手だったのかなって思いますね」
井端の暗黙の方針は、松田が望んでいたことでもあった。短期決戦の国際大会。集結する選手は日本の俊秀たちである。自己管理からパフォーマンスに至るまで一家言ある彼らに、コーチだからといってことさら技術を指導するよりも、いかに「いつも通り」を貫けてもらえるか? 松田はそこを重んじた。
そういったことから松田は、選手たちに現役時代の自分の愛称である「マッチさん」と呼ばせるようフランクに接したのである。
「僕はコーチで最年少だったんで、選手との距離も近かったっていうのもあったしね。自分も経験があるんでわかるんですけど、代表って短期的なチームなんですぐにチームがまとまる必要があるんで、できるだけ選手の緊張感を解いてあげたかったし」
松田がチームに促していたのは呼称だけではなかった。「結束」のストーリーをひそかに立てていたのだと明かす。
そのひとつに、選手同士での声掛けがある。
宮崎合宿では中村悠平、坂本誠志郎、若月健矢と、ベテランから中堅という立ち位置のキャッチャー陣に先導役を託す。
次からは牧とともに前回大会の優勝を知り、今シーズンからメジャーリーグでプレーする村上宗隆、岡本和真と繋ぎ、井端が監督となった24年のプレミア12から重宝される森下翔太へ。
そして、一発勝負のアメリカラウンドでは経験豊富なメジャーリーガーである吉田正尚、鈴木誠也、大谷に任せ、日の丸のボルテージを最高潮にもっていき世界の頂に到達する――選手をフィールドへと送り出すシナリオは万全だった。
鮮明となっていく日本代表のビジョン。そこに強烈な色づけをしたのが大谷翔平だ。
井端の確固たる起用のひとつに「1番・大谷」があった。メジャーリーグで2年連続50発越えのアーチストが、前回優勝の原動力となったピッチャーとの二刀流を封印し、今大会はバッターに専念する。
そこで「プレーボール直後、相手にインパクトと脅威を与えられ、チームに勢いをもたらす。なにより打順が最も多く回る」と監督が狙いを伝え、松田らスタッフも異論はなかった。
台湾とのオープニングゲーム。1回表の初球、大谷はライト戦へ強烈なツーベースヒットを披露し、チームの思惑を体現する。圧巻だったのが2回だ。
主役がゆっくりとホームに生還する。一塁ベンチ前で手を差し伸べる監督や選手たちとリズムよくハイタッチを交わしていくかと思いきや、大谷が立ち止まった。
大谷翔平が発したまさかのかけ声
「アツオー!」
そこには目の前で大谷に右腕を振りかざされ、リアクションに困る松田の姿があった。
「元祖の僕があっけに取られてね」
松田が少し悔しがり、そして感心する。
「事前に『やりましょう』なんて話は一切なく。大谷選手が日本でプレーしていた時に僕やっていた『熱男』を忘れずにいてくれてね、ああいう大事な場面で出してくれたっていう。今回はキャプテン制を設けなかったんですけど、『やっぱり一番チームを盛り上げて引っ張ってくれているんだな』って思いました」
チームに刺激をもたらし、士気を高めさせる大谷の真の姿は、試合でのパフォーマンス以上に裏側にあったと、目撃者の松田は唸る。
「大谷選手が合流してから、ロッカーで座っている姿をほとんど見ませんでした」
練習でのフリーバッティングで規格外の打球を飛ばして人々の度肝を抜き、外野へと移動すれば遠投やキャッチボールで肩を鳴らす。
グラウンドで姿が見えなくなったかと思えば、室内練習場でボールを打ち込み、あるいはウエートルームでコンディショニングを整える。常に体を動かし続けている大谷に、松田はただただ嘆息を漏らすしかなかった。
「一喜一憂していないんだなって思いましたね。
松田が現役当時の代表チームと今との大きな違いに、選手たちの意識向上を挙げていた。彼らは練習が休日であってもグラウンドやトレーニングルームを訪れ、汗を流したという。
それも大谷をはじめとする先人たちが示してくれた道なのだと、松田が頭を下げる。
「大谷選手だけじゃなくてね、吉田正尚選手や鈴木誠也選手がメジャーリーグで結果を出してくれているからこそ、彼らの取り組みというのがいい導きになっているんですよね」
連覇を掲げた今大会、日本はベスト8でベネズエラに敗れた。「夢の時間は敗戦とともにあっという間に終わりました」と松田は唇を噛むが、だからこそ熱は帯びたままだ。
また、日の丸を背負いたい――プレーヤーだったあの頃と同じようにそう思えた。
「現役時代からジャパンですごくいい経験をさせてもらっているんでね。またやってみたいっていうのはありますね。だから頑張りますよ。
松田宣浩。現役でなくとも、年齢が40代となってもなお、日の丸が似合う男を志す。
取材・文/田口元義

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