年末恒例の「ユーキャン新語・流行語大賞」が今年も発表された。2015年の年間大賞は「爆買い」と「トリプルスリー」の2つ。
前者は外国(とくに中国)からの観光客が大量に買い物をすること、後者は、プロ野球で柳田悠岐(福岡ソフトバンク)・山田哲人(東京ヤクルト)の両選手が達成した打率3割・ホームラン30本・盗塁30個を指す。

水を差すようで申し訳ないが、「トリプルスリー」は近い将来、それが何を意味する言葉なのか忘れ去られてしまう運命にあると思う。とはいえ、新語・流行語大賞はあくまでショーであり、マン・オブ・ザ・イヤーという性格を持っていると考えれば(実際にそういうことをある審査員経験者が語っていた)、今回の年間大賞は、「トリプルスリー」で“人物”に、「爆買い」で“言葉”に贈ることでバランスをとったともとれなくもない。

「安心して下さい~」授賞の理由はその汎用性か


毎年、候補語が発表されるたびに、「あれが入っていない」「そもそもここに選ばれたのは本当に流行した言葉なのか」と文句をつけられがちな新語・流行語大賞だが、今年はいつになくそうした声が方々から聞かれた印象がある。とりわけ安保関連法案をめぐる関連語が多数候補に入ったことは賛否両論を呼んだ。
「イスラム国」はなぜ流行語大賞に選ばれなかったのか「2015ユーキャン新語・流行語大賞」を徹底分析
『現代用語の基礎知識』2016年版(自由国民社)。新語・流行語大賞のノミネート語を選出しているのはこの本の編集部である

今年にかぎらずここ数年の新語・流行語大賞では、「特定秘密保護法」(2013年トップテン)、「集団的自衛権」(2014年トップテン)といった語が選ばれており、それによって時の政権に自重を促そうという姿勢が垣間見える。ここにはおそらく、かつて毎年のように有力政治家に賞が贈られ、彼らの格好のPRの場となっていたこと(そのピークは、当時の小泉純一郎首相が「米百俵」など6語で年間大賞を受賞した2001年だろう)への反省が選考する側にあるのではないだろうか。
フタを開けてみれば、今年は「アベ政治を許さない」「SEALDs」、それから「一億総活躍社会」が政治関連の言葉としてトップテン入りした。

お笑い関係では、この賞に選ばれた芸人は一発屋に終わるとのジンクスもあるが、「あったかいんだから」「ラッスンゴレライ」を押さえて、とにかく明るい安村の「安心して下さい、穿いてますよ」が受賞した。「安心して下さい」のあとのフレーズを改変してどんな場面でも使える汎用性の高さからすれば妥当な選考だろう。

今回のトップテンでいま一つ目を惹いたのは、「五郎丸(ポーズ)」だ。文字や音声ではなく身体で表現される“言葉”が受賞したのはけっこう画期的ではないだろうか。

このほか、今年の新語・流行語大賞では「エンブレム」「ドローン」「まいにち、修造!」がトップテン入りした。


新語・流行語大賞の傾向として、流行語ではなく単なる流行り物ではないかとツッコみたくなる語がちょくちょく受賞することがあり(1992年に「もつ鍋」が受賞したのがその走りだと思う)、今回の候補語でいえば「北陸新幹線」「火花」あたりがそれに該当した。受賞したうち「ドローン」も流行り物ではあるが、その耳新しさからすれば流行語の枠には納まるだろうか。「まいにち、修造!」もヒット商品の名称とはいえ、語録という意味で選ばれたのだと考えれば納得できる。

「イスラム国」「意識高い系」……今年の非受賞語


一方で気になるのは、選ばれるべき語が選ばれていないことだ。その筆頭は何といっても「イスラム国(ISIL)」だろう。この一年を通して重大事件をあいついで起こした当事者という以外に、その名称についてメディアで使われるべきか否か激しい議論が起こったことを思えば、言葉を対象とした賞にこの語がノミネートすらされなかったのは残念と言うしかない。


さかのぼれば、1995年にはオウム真理教事件に関する語が「反社会集団の残した言葉は賞に値しない」との理由から受賞対象から外された。ひょっとすると「イスラム国」に対してもこの先例が適用されたということなのか。もしそうだとすれば、審査委員会はその旨をちゃんと声明すべきだろう。長らく新語・流行語大賞を追いかけてきた私としては、今年は「『イスラム国』が流行語大賞に選ばれなかった年」として記憶にとどめたい。

このほか、「意識が高い(意識高い系)」も授賞するなら今年だと思ったのだが、やはり候補にすら入っていなかった。このあたりの選考基準がいまひとつわからない。
先述した安保法案関連の語がいくつも候補にあがったことが賛否を呼んだのも、結局はこの賞の選考基準が明確ではないことに起因するものだろう。

新語・流行語大賞は1984年に始まった当初、新語部門と流行語部門に分かれ、それぞれ金賞・銀賞・銅賞ほか各賞が選ばれていた。そこへ回を追うごとに「大衆語部門」「表現部門」などが加えられ、場合によっては「不快語追放応援賞」「人語一体傑作賞」など授賞語・授賞者に応じた特別賞が設けられることもあった。それが現行のトップテンに一本化されたのは、同賞創設から10周年を迎えた1994年のこと。このおかげで構成がすっきりした反面、審査委員がどういう意図で授賞語を選んだのかわかりにくくなってしまったことは否めまい。

トップテン方式に移行してからすでに21年が経つ。
ここはあらためて選考基準をあきらかにしたうえ、言葉を選ぶ方法も見直すべきときが来ているように思う。たとえば、現在、読者審査員のアンケートを参考に『現代用語の基礎知識』編集部が選出しているという候補語を、ネットなどを使ってより幅広い層による投票で決めてもいいはずだが。

ほかに類似の賞がない以上、この賞が時代の記録として参照されることは少なくない。「イスラム国」という語の扱いについてもそうだが、選考する人たちには、時代を象徴する語を後世に伝えるという責務をもっと意識してほしいと、20数年来の新語・流行語ウォッチャーとしてあえて苦言を呈しておく。
(近藤正高)