いよいよ今夜に第2回が放送される「臨床犯罪学者 火村英生の推理」、第1回の放送は2001年刊行の『絶叫城殺人事件』(現・新潮文庫)から、表題作が採用されていた。「ナイト・プローラー(夜、うろつく者)」を自称する犯人による連続殺人を扱った内容で、主要な事件についてはほぼ原作通りだったと言っていい。

今夜2話「臨床犯罪学者 火村英生の推理」原作と徹底比較。ドラマ版は犬キャラなんですか
『絶叫城殺人事件』有栖川有栖 /新潮文庫

ドラマでは冒頭に密室殺人事件を1つ追加し、それを探偵・火村英生の紹介篇として使っていた。「絶叫城殺人事件」が第1回に選ばれた理由の1つは、これではないかと思われる。「被害者同士に共通点がなく、連続殺人犯の動機を探すことが解決の糸口となる」タイプの謎解き小説は「ミッシング・リンク」、すなわち失われた環探しのミステリーと呼ばれていて、事件に至るまでの被害者たちの人生を書き込む必要がないため(言葉は悪いが駒として扱えるので)、その部分を圧縮して冒頭に入れごとをするのが容易だったのではないか。原作にあたる部分の尺は短くなったが、省略によって内容が損なわれたわけではないので、忠実なドラマ化を望むファンもひと安心したことだろう。
では、第1回から判った原作とドラマの差異についてまとめておく。
(原作については、前回の記事をご覧ください)

男の園に女性キャラクターが追加された


いちばん違いがあるのはキャストだ。
火村が教える英都大学の学生・貴島朱美(山本美月)、火村に対抗意識を見せる新任の刑事・小野希(優香)、カルトの教祖・諸星沙奈江(長谷川京子)と、3人のレギュラーが追加されている。
原作はほぼ火村とアリスの物語であり、そこに警察官たちが絡むという内容なので、たしかにドラマとしては女性要素を追加したくなるだろう。それぞれ肚に一物ありそうだし、特に諸星沙奈江はストーリーの帰趨を左右しそうなので、今後も注目していきたい。
火村&アリス・チームに対する警察側の窓口になっているのは、原作では船曳警部である。海坊主と仇名されるような風貌の巨漢なのでキャスティングはどうするのかと思っていたら、生瀬勝久演じる鍋島刑事に変更された。その鍋島の部下である坂下刑事(清水一希)は、原作の森下刑事だろう。

もう1人大事な女性キャラクターは、火村が住む下宿の主・篠宮時絵だ(演じるのは夏木マリ)。
この人は原作にも登場する。火村が「婆ちゃん」と呼ぶ家族のような間柄だが、残念ながら登場回数はそんなに多くない。たぶん制作側は、シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンが共同生活を送っていたベーカー街221Bの家主・ハドスン夫人を時絵に重ねたかったのではないか。というよりは、ホームズ譚の現代バージョン「SHERLOCK」の再現か(そういえば火村が現場を見て推理する際に、まるでデータファイルに保存するかのように静止画像が映し出される演出は「SHERLOCK」を思わせるものだった)。原作の味を殺すわけではなし、このほうが芝居をやりやすいのであれば、それもまたよし。ちなみに火村の下宿に関するエピソードについて知りたい人は『ペルシャ猫の謎』所収の「猫と雨と助教授と」などを読むといいと思います。


火村はどこへ行こうとしているのか


怪しいカルト集団は何なのか、など現時点では判明していないことがいくつかある。その中でいちばん気になるのは、ドラマ版の火村英生はどのような人物として描かれるのか、ということだ。
ドラマ第1回の序盤で貴島朱美の質問に対して、火村が人を殺したいと考えたことがある、と答える場面がある。原作にもある設定だが、火村がそう言うことの真意はまだ明かされていない。ドラマでも人物造形の要としてこの部分に切りこむはずで、どういう解釈をするのか気になるところである。
また、ドラマ版のオリジナルの台詞として、火村が「この犯罪は美しくない」と断じるものがある。火村が何を考えて犯罪と犯罪者に向き合っているのかを考えると、彼がこの台詞を口にするのは妥当か否かで議論が起きるはずである。
現時点の判断は保留。このあとの肉付けでどんな「犯罪観」を火村が持っているのかは明らかになっていくだろう。ストーリーを追いながら、ぜひ注目していただきたい。
そういえばずぶ濡れになった火村がアリスの部屋で「泊めてくれないのか」と仔犬のような目をして言う場面は印象的だった。そうか、ドラマ版は犬キャラなんですか。

第1回を観て原作が気になった方のために


前回もまず読むべき10冊として挙げた原作だが、「残虐表現がユーザーの心理に悪影響を及ぼす」という言説に向き合った内容はドラマでも一部再現されていた。
これはぜひ小説も読んで、原作版のアリスの述懐にも耳を傾けてほしい。
また、火村英生の推理術について、アリスがおもしろいことを言っている。ちょっと引用しておこう。ある人物の会話においてアリスは、事件の全体を観察して火村が見抜くものは、第一に「犯人が拠り所としてもの」ではないかと言い、その表現が理解されなかったと見てとると、こんなことを考える。

──つまり、こうなのだ。火村がフィールドワークと称して警察の捜査に加わり、犯人を追い詰める場に立ち合う度、私には奇異に思えることがしばしばあった。
それは、まだ抗弁する余地がありそうな犯人が、彼に推理をぶつけられてにわかに崩れ落ちてしまうこと。いくら火村の指摘に理があろうと、死に物狂いでもがきそうな場面でも、犯人たちの多くは思いがけず脆かった。何故ああなるのか?──拠り所を突かれたからだ。どんな犯罪にも、そこさえ見逃してくれたら、と犯人が祈っている急所があるのではないか。火村の目は焦点を結び、「お前が嫌なのは、こうされることだろう」とばかりに光を当てて犯罪者を射ち落とす。私にはそう思えるのだが。

犯人指摘の場面など、上記のような探偵の姿勢を知りながら観ると、またおもしろいはずである。
今回のような「ミッシング・リンク」ものとしては、「ABCキラー」『モロッコ水晶の謎』という作品もあるので、気になった人はそちらもどうぞ。また、火村が自身の内奥について吐露した作品として長篇『朱色の研究』も挙げておく。ドラマ中でアリスが夢想する場面は、この作品から連想して作ったものではないかな。

そんなわけで第2回も実に楽しみである。原作「異形の客」は短篇集『暗い宿』所収。ドラマの前に読んでおきたいという人は、今から書店へどうぞ。
(杉江松恋)