なぜイスラエルのネタニヤフ首相は、戦争の継続に固執するのか。拓殖大学海外事情研究所准教授の野村明史さんは「ネタニヤフ首相が戦争を続ける理由は、イスラエルの安全保障だけでは説明できない。
停戦すれば、自身の政治生命を揺るがす重大な国内問題と向き合わなければならない。米国を自らの戦略に巻き込む背景には、首相個人の事情がある」という――。
■合意した停戦はなぜ崩れたか
6月中旬、米国とイランは戦争終結に向けた覚書合意を発表し、停戦が実現するはずだった。
しかし、双方とも相手の違反を主張し、7月7日には米軍がイラン国内の沿岸防衛システムやミサイル拠点など、80以上の標的に大規模な精密爆撃を展開した。翌8日にトランプ大統領は停戦覚書について「合意は終わった」と宣言し、7月23日までにイランに対して13日連続で攻撃を続けた。
イラン側も報復をエスカレーションさせ、7月17日から18日にかけてヨルダン国内の米軍駐留基地を攻撃。米兵3人が戦死した。また、過去2週間の対イラン戦争全体で米軍将兵の約100人が負傷している。
イラン体制側は、もはや後がない。背水の陣を布くイラン体制側にとって、緊張を意図的に高めてトランプ大統領を怖気づかせ、攻撃を牽制することが残された道だ。
一方で、もう一人後のない人物がいる。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相だ。
今回の戦争をけしかけたイスラエルは、停戦以降もレバノンやパレスチナ自治区へ空爆を躊躇なく続けている。
6月の停戦合意では、イラン側はイスラエルによるレバノン侵攻の停止も条件として要求していた。しかし、この合意はあくまでも米国とイランの間で結ばれたものであり、イスラエルにとっては関係ないというのが彼らのスタンスだ。
■ネタニヤフがからむ3つの汚職事件
2023年10月のハマスの越境攻撃では、イスラエル側で約1200人が殺害され、251人が人質としてガザへ連れ去られた。これは、イスラエルにとって1973年の第4次中東戦争以来の大被害となった。
「ミスター・セキュリティ」の異名をとり、国の安全保障において絶大な信任を集めていたネタニヤフ首相。その絶対的なブランドは、この惨事を境に失墜し、今なおそこから抜け出せずにいる。
たしかに、ネタニヤフ首相はガザ戦争に始まり、レバノン、イランへと多方面での軍事作戦において相次ぐ戦果を叩き出した。周囲の懸念を跳ね返すかのように戦火を広げ、今年2月には米国と共同で、イランの最高指導者・ハーメネイ師の殺害にまで成功した。しかし、国際社会からの非難の声がどれほど高まろうとも、ネタニヤフ首相が戦争の舵を切る手を緩める兆しは、未だどこにも見当たらない。
なぜネタニヤフ首相はここまで戦争継続に固執するのか。そこには彼の処遇にかかわる重大な問題があった。

2025年10月、イスラエルの国会(クネセト)でトランプ大統領は演説を行い、ネタニヤフ首相に対する恩赦を求めた。ネタニヤフ首相は、3つの汚職事件にからんで、それぞれ起訴され、裁判が進行中である。罪状は、贈り物を受け取る見返りとして、米国ビザの更新支援や税制優遇措置など、個人の利益につながる行政上の便宜を図った疑惑である。裁判で有罪となれば、実刑もあり得ると指摘されている。
■戦争継続が刑の確定を先延ばしにする
現在、ネタニヤフ首相は安全保障上の理由で汚職裁判での証言の延期を要請するなど、戦争の継続と首相の座をいいことに審理を棚上げし、事実上、刑の確定の先延ばし工作をしている。ネタニヤフ首相個人としても、戦争を継続させることは自身の政治生命そのものに直結しているのだ。
一方で、国民の声も重要だ。イスラエル国家安全保障研究所の世論調査によると、2026年3月上旬時点で、イスラエル国民の81%が、イランに対するイスラエル・米国合同攻撃を支持している。さらに、63%の国民がイラン政権崩壊まで作戦を継続すべきだとの結果が出た。
国際社会の非難と異なり、イスラエル国民は、対イラン戦争を強く後押ししている。エルサレム・ヘブライ大学がアガム研究所と共同で行った世論調査では、72.5%が、ネタニヤフ首相の「イスラエルは大きな成果を上げ、存亡の危機を取り除いた」という主張を信じていないと回答している。戦争の継続は国民の支持に直結する。
国民からの支持率の獲得のためにも、ネタニヤフ首相はそう簡単に戦争をやめるわけにはいかないのだ。
■中間選挙を控えたトランプ大統領の葛藤
ただ、イスラエルがイラン攻撃を継続するためには、米国との連携や支援は重要だ。
イスラエルからイランまでは約1000~2000キロメートル以上あり、戦闘機は米軍による空中給油や綿密な作戦計画が必要となる。また、米国は情報収集、衛星監視、ミサイル防衛、兵器補給などでも欠かせない存在だ。
トランプ大統領は、イスラエルの安全保障に多大な支援と配慮を示し、25年6月のミッドナイトハンマー作戦、26年2月の壮絶な怒り作戦を遂行してきた。しかし、イランとの戦争は泥沼化し、さらにはイランのホルムズ海峡の封鎖という最悪の事態まで引き起こした。3月のピューリサーチセンターの世論調査では、米国国民の約59%がイラン戦争に反対している。
ネタニヤフ首相は7月下旬に訪米し、トランプ大統領とイラン情勢を中心に協議を行った。しかし、世論の支持を欠く戦争の継続に、11月の中間選挙を控えたトランプ大統領の足取りは重い。米国の気まぐれな大統領をいかに操り、自らの戦略へと巻き込むかは、重い難題である。
一方、戦時下にあるとはいえ、ネタニヤフ政権の足元が盤石かと言えば、決してそうではない。ネタニヤフ首相が組む連立政権では大きな火種を抱えている。

■イスラエルに広がる「不平等」への怒り
イスラエルでは男女問わず国民に厳格な兵役が義務付けられているが、建国以来、ユダヤ教の聖典研究に専念する超正統派の神学生たちには特例として兵役免除が認められてきた。しかし、終わりなき戦闘の長期化に伴う深刻な兵力不足と、犠牲の偏りが生む不公平感から、国民の間で兵役免除に対する怒りと反発の声は年々高まりを見せている。
建国当時の兵役免除者は研究者約400人に限定した特例措置でしかなかった。しかし、兵役免除の対象者は今では数万人単位となり、国民の間でも血の不平等だと、不満が高まっている。
さらに、超正統派は正規の労働市場に出ず、一般市民が納めた税金が彼らへの生活補助金や宗教学校への助成金に回され、「経済的二重の不平等」に対しても批判の声が絶えない。ネタニヤフ首相と連立を組む超正統派政党はたびたび兵役免除の継続を訴えてきた。
ネタニヤフ首相にとって超正統派政党は議席の過半数を維持するために不可欠な連立パートナーだ。一方で、一般兵士の負担増大に苦しむ軍や世論、他党からの反発も大きく、超正統派に全面譲歩した兵役免除法を通すことは極めて困難と言える。超正統派コミュニティでは大規模な抗議デモが激化し、ネタニヤフ政権の基盤を揺るがす国内政治危機となっている。
■過半数に届かない与野党の綱引き
10月末に行われる次期国会選挙には、さらなる懸念もつきまとう。
イスラエルの国会は一院制の120議席だ。7月14日の報道では、イスラエルのテレビ放送局「チャンネル12」が世論調査を行ったところ、ネタニヤフ支持派は51議席を獲得する見込みだ。
しかし、ネタニヤフ反対派は59議席を獲得する見込みで、ネタニヤフ陣営を突き放しているが、与党となる過半数には届いていない。
一方で、イスラエルの連立政権にほとんど参加していないアラブ系政党は、残りの10議席を獲得する見込みであるが、対パレスチナの強硬姿勢を続ける中、アラブ系政党と与する可能性は、現時点で極めて低い。仮にこの状況で選挙結果を迎え、与党となる過半数を得るためには、互いに相手陣営からの票の切り崩しは欠かせない。
さらに、「誰が首相にふさわしいか」という世論調査では、ガディ・アイゼンコット前イスラエル国防軍(IDF)参謀総長がネタニヤフ首相を43%対34%で上回っている。ネタニヤフ首相は、長年の政権運営による安定感はあるものの、先の汚職裁判をめぐっての司法制度改革に対する反対や長期政権への国民の疲れも見てとれる。
一方、アイゼンコット氏は元参謀総長で、安全保障問題に強く、ガザ戦争やイランとの緊張が続く中、「軍事経験のある指導者」として、国民の支持を集めている。
また、2023年以降のガザ戦争で息子を亡くしており、その経験から「政治家というより国家に奉仕してきた人物」として国民の共感を得ている。親族に殉教者がいることは、イスラエル国家のリーダーとして受け入れられる大きな要因と言える。ネタニヤフ首相も、1976年、実兄をハイジャックの人質救出作戦で失っている。
■誰が勝ってもイランとの対立は収拾しない
ただ、イスラエルで政権交代が起きたとしても、今後の中東情勢に与える影響はそれほど変わらなさそうだ。アイゼンコット氏の掲げる政策は、地域諸国との協力や国際的な関係改善を重視しているが、ハマスへの軍事的対応やイランの核兵器保有は絶対に阻止すべきであり、必要なら軍事力の行使も排除しない。また、イラン革命防衛隊やその代理勢力(ヒズボラなど)はイスラエルへの重大な脅威と考えている。

その他の有力政党も安全保障を重視し、イランやハマスなどへの強硬姿勢を打ち出している。対外政策にそれほど大きな変化は見られない。さらに、イスラエル国民は戦争の継続を支持している。次期国会選挙でどのリーダーが誕生しても、イスラエルの強硬姿勢が簡単に和らぐことはないだろう。
たとえ米国政権が変わろうと、今後もイスラエルとイランの対立は終わりを迎えそうにない。しかも、今回の米国との戦争でイランはホルムズ海峡封鎖のカードを手に入れた。
今後も長期化が懸念される中東の地政学リスクに対し、日本も石油供給ルートの見直しや代替製品の開発・生産を本格的に考えていく必要があるだろう。

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野村 明史(のむら・あきふみ)

拓殖大学海外事情研究所准教授

王立サウード国王大学教育学部イスラーム学科卒業(サウジアラビア王国)。拓殖大学大学院国際協力学研究科安全保障専攻博士後期課程修了。博士(安全保障)。拓殖大学海外事情研究所助手、助教を経て、2023年より現職。デジタルハリウッド大学客員准教授。中東情勢の現状分析とイスラーム政治思想の研究を主に行っている。外務省主催の会議などに参加してイスラーム過激派対策やイスラーム教育にも取り組んでいる。

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(拓殖大学海外事情研究所准教授 野村 明史)
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