馬トク報知で過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】。今回はメイショウカイドウが勝った2005年の小倉記念を取り上げる。

史上初となる同一年での「小倉3冠」を達成。距離体系を考えると、現在では再現不可能と言える離れ業を成し遂げた。

 58・5キロのトップハンデも“小倉の鬼”には関係なかった。1分58秒0。メイショウカイドウがレコードのおまけまで付く圧巻の勝利を挙げた。「小倉では違う馬のように伸びてくれる。距離も若干長いかと思ったし、斤量を心配したけど、たいした馬ですね」と武豊。この年は小倉大賞典、北九州記念に続く重賞勝利に脱帽するしかなかった。

 グリーンプレジャーが引っ張るハイペースを、中団の外で流れに乗って追走した。直線で外に進路を取ると、V街道を一気に突き進んだ。「馬場のいいところを走りたかった。スタートしてすぐ外に出せたし、理想的な競馬ができましたね」

 3/4馬身差という着差以上に中身の濃い内容だった。

実は3コーナーで右後肢を落鉄していたという。坂口大調教師も「スパイクをはいていないのと一緒。それで走ってくるんだからね。本当に頭が下がるよ」と目を細めた。

 気性面に課題を抱えるため、当日輸送のない小倉で夏競馬を盛り上げてきたが、前走あたりから変わってきた。「鞍を置くのもずいぶん楽になった。精神的に成長している」とトレーナーも充実ぶりを口にした。

 「人気に応えられてよかった」と安どの表情を見せたユタカは、レース翌日の15日に渡英し、16日にはゼンノロブロイとのコンビで英インターナショナルS・G1に騎乗する。「競馬場も、ロブロイに乗るのも初めて。昨年の年度代表馬だからね。ベストを尽くしてきます」。小倉から英国へ―。

そこに競馬がある限り、第一人者は夏も各地を駆け巡る。

 07年10月3日付で現役を引退後。その後は重賞5勝中4勝した小倉で誘導馬として過ごした後、引退する17年夏には異例の引退セレモニーが行われた。当日の北九州記念をダイアナヘイローで勝った武豊が騎乗し、ファンが見守る中でパドックを1周した。武豊は「今日は重賞を勝てれば、いい思い出になると思っていた。馬場入りが先出しで、落とされないようにするのが必死だったから、誘導馬ができると思わなかった。ファンの人に見てもらえる生活を送れてよかった」とかつての相棒をたたえた。

 その後は福島県の競走馬リハビリテーションセンターで訓練用乗馬となった後、現在は滋賀県の大野牧場で余生を過ごしている。

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