馬トク報知で過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】。今回はアストンマーチャンが勝った2006年の小倉2歳Sを取り上げる。

翌年のスプリンターズSを制した快速娘の物語は2歳夏から始まっていた。

 圧勝だった。4角過ぎ。鮫島良が外から2番手で余裕たっぷりに追走していたアストンマーチャンにGOサインを送る。「手応えが違い過ぎていましたから」スッと反応したパートナーが後続に2馬身半差をつける快勝劇。「後ろに馬の気配はなかったけど、必死だった。強かったです」デビュー2年目での重賞初制覇にさわやかな笑顔が弾けた。

 馬の能力を信じていた。結局はキャンセルになったフランスG1の遠征プランがなければ、デビュー戦で手綱を執った武豊が騎乗する予定だった素質馬。「調教に乗った時にすごく乗り味のいい馬で、チャンスがあるなと思っていましたから」。栗東から小倉に駆け付けて確かめた追い切りの感触が信頼となり、鮫島良に強気のレースを展開させていた。

 父・克也騎手は佐賀競馬の名手。

今年の6月にはJRA通算50勝を達成したが、減量が2キロから1キロへ変わると、勝ち星のペースが一気にダウン。1か月以上勝てない時期もあった。「少しだけ詰めの甘い馬とかの依頼がなくなりますからね。今は大事な時だし、ここでポンポンといきたい」。そんな時でもいつでも前向きだった19歳。言葉通り、この日は1Rを勝ってリズムに乗ると、今年の目標で父も果たしていないJRA重賞勝ちを決めた。

 大きな勝利になったのは人だけじゃない。これが新種牡馬のアドマイヤコジーンにとっても初年度産駒で重賞初勝利だ。「もとから走ると思っていた馬。スピードはあるし、楽勝だった」と石坂調教師。これからも父譲りのスピードで2歳牝馬戦線をわかせてくれるのは間違いない。「これからはG1にも乗れるように頑張ります」と地元・九州のファンに約束した鮫島良。

その視線は飛躍の秋へと向いていた。

 その後、ファンタジーSや翌年の報知杯FRなどを勝ったが、生まれた世代が悪かった。希代の名牝と言われるウオッカやダイワスカーレットと同い年。大舞台ではなかなか頂点に立てなかった。ようやく頂点に立ったのは3歳秋のスプリンターズS。不良馬場の中、後続を寄せ付けない鮮やかな逃げ切りで古馬の壁を打ち崩した。

 しかし、翌年の高松宮記念を目指す過程で体調を崩し、4月に急性心不全のため、天国へ旅立った。まだ4歳春。あまりに早い別れとなった。

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