◆テニス ▽全米オープン予選最終日(28日、米国・ニューヨーク)

 【ニューヨーク(米国)28日=吉松忠弘】今季限りで引退する元世界ランキング4位の36歳、錦織圭(ユニクロ)が敗れ、現役最後の4大大会に幕が下りた。予選決勝で、盛田正明テニス基金の後輩で、世界157位の20歳・坂本怜(IMG)に4―6、6―7で屈し、07年に全米予選に出場して20年目、50回目の4大大会に別れを告げた。

ジュニア時代の10代から錦織を取材している、テニス担当の吉松記者が最後の4大大会を「見た」。

 きちんと覚えていないが、錦織50回の4大大会のうち、新型コロナなどがあったが、40回は現地で取材しているだろうか。その最後を、目の前で見届けることができたのは、担当記者冥利(みょうり)に尽きるだろう。

 男子の5セット試合が、4大大会の最大の特徴だ。現在、最終セットは6オールの後、10点先取のタイブレイク。しかし、錦織全盛時代は、2ゲーム離すまで延々と続いた。10年ウィンブルドンでは3日がかり計11時間5分、最終セットだけで8時間11分の史上最長試合が生まれた。

 そのタフな環境の中、錦織の身長178センチ、西岡良仁の170センチなどの体格はハンデが大きい。パワーは劣り、歩数はかかる。錦織は当初、「7試合を戦って優勝するのは化け物」と話した。西岡は、「体重別ならぬ身長別があれば、日本選手が優勝」と強調した。

 その中で、錦織の戦いでは、準優勝した14年全米は忘れがたい。

強烈だったのは4回戦だ。ライバル、世界6位のラオニッチ(カナダ)との死闘は、試合時間4時間19分。試合終了が、当時大会史上最も遅い午前2時26分だった。会見が午前4時近く、宿舎に帰ったのは午前5時ぐらい。そこから、決勝まで社会現象となり、原稿を書き続けた。

 翌年の全米の1回戦負けも衝撃だった。第4セットのタイブレイクで2本のマッチポイントがあったが、3時間14分のフルセットで敗れた。終盤、守りに入った錦織を見て、憤懣(ふんまん)やるかたなく、取材ノートをたたきつけていた。その夜、関係者やスタッフとともに、ああでもない、こうでもないと飲み明かしたのが懐かしい。

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