「最後のロウソクの火を、彼が消してくれた──」
 
  試合を終えたばかりの彼はベンチに座り、彼は自分のなかに灯っていた光が、すっと消えゆくのを感じていたという。

 コート上では、今しがた自分を破った坂本怜が、勝者インタビューを受けている。

「子どもの頃から、この大会で圭が活躍する姿を見てきた。彼は僕のアイドルです。多くの日本人選手が、彼の足跡を追っている」

 喜びと寂寥感の混じる複雑な表情で、坂本は言葉を紡いだ。

錦織圭の「ロウソクの火」は20歳・坂本怜に受け継がれていく「...の画像はこちら >>
 本戦出場権をかけた、全米オープン予選トーナメントの最終戦。今季かぎりの引退を表明している錦織圭の最後のグランドスラムは、自身の後継者と目される坂本に4-6、6-7で敗れ、幕を閉じた。

 まだ顔にあどけなさを残す長身の20歳は、「錦織の足跡を追っている多くの日本人選手」の筆頭だ。

「僕は小さい頃、錦織選手をテレビで見て『すっげー』と感動して夢をもらって、希望をもらった。そのことは今でも覚えている」

 目を輝かせ、坂本が熱っぽく語るのを聞いたのは、2022年の全米オープン会場。IMGアカデミーに渡って間もない彼が、初めてグランドスラムのジュニア部門に出場した時だった。

 元ソニー・アメリカ会長の盛田正明氏が創設したファンドの支援を受け、米国IMGアカデミーを拠点とするのも、錦織がかつて辿った道。

「錦織選手や西岡(良仁)選手ら、いろんな人がIMGアカデミーから出ている。僕もその環境に行けたら最高だなって、12~13歳くらいの時から思っていました」

 錦織が灯した火を道標に、坂本もアメリカへと渡る。

15歳の時のことだ。

 向かったIMGアカデミーで坂本は、錦織と出会い、言葉を交わし、やがてボールも打ち交わす。実際に接する憧れの人は、坂本を「れいちゃん」と呼ぶほどに気さくで優しく、身近な存在となった。

「もっと攻められるボールがあったほうがいいと思う。これくらいの背の選手が相手なら、攻めてこられたら、僕は嫌だな」

 坂本は錦織から、そんな言葉もかけられた。

【錦織はあまりの成長に驚いた】

 190cm超えの長身ながら、当時の坂本はどちらかといえば守備の人。「粘れるのが僕の強み」と公言していたが、後に本人が明かしたところによれば「もともとチキン」。つまりは、ミスのリスクを負って攻めるのが怖かったというのだ。

 一方で錦織も、当時の坂本について「練習で打ち合っても、ストローク戦にならなかった」と振り返ったことがある。

 世界中の猛者が集うツアーでは、守っていては勝てないことを、錦織は誰よりも知る。坂本にかけた「攻めてこられたら、僕は嫌だな」の柔らかな言葉の真意は、「攻めなくては生き残れない」という、厳格なメッセージでもあったのだろう。

 ふたりの邂逅から、約1年半後の2024年1月。坂本は全豪オープンジュニア部門で、並み居る同世代の強豪を破り頂点に立った。

タイトルを手にIMGアカデミーに戻ってきた坂本と久々に練習した時、錦織はあまりの成長に驚いたという。

「ストロークが力強いし、ミスも少ない。ちょっとのきっかけで、あんなに強くなるんだ」

 別人かと思うほどに、坂本のプレーは激変していた。

 なお、攻めを恐れていた自称「ビビラー」にとっての転機は、2023年秋の日本で、内山靖崇に完敗を喫したことだという。この試合での坂本は、内山の矢継ぎ早の攻めの前に、手も足も出なかった。

「守っていては、勝てないどころか、試合にすらならない」

 その敗戦の衝撃が、彼のテニスを超攻撃型へと方向転換させる。ちなみに内山も、盛田ファンドの支援を受け、IMGに渡った先達のひとりだ。

 ここ数年、錦織は坂本との練習試合で、勝てていなかったという。その事実は、今回の公式戦初対戦が決まった時に、錦織の脳裏をよぎった。

「ずっと勝てていなかったので、それも試合前に心配していた部分。彼が強いのは、この1、2年ずっと感じていました」

 試合後の会見で、錦織はそう明かした。

 対する坂本の頭には、練習試合に基づく優位性は一切なかったという。

「負けてもともとの気持ちで入っていた。やっぱり経験しているものが違う。ラストシーズンなので、気合入れてやってくるだろうなとも思っていた」

【20歳の勢いを止める力は......】

 純然たる挑戦者として向かった決戦のコート。同時に、試合前にふたりで並んだフォトシューティングでは、満面の笑みが広がった。

「もう楽しみで。『こんなこと起こっていいんかな? しかもUSオープンで』という喜びが出ちゃいましたね」

 写真撮影を終えたあと、ふたりはネットを挟み対峙する。錦織の背を追い続けてきた坂本が、真の意味で正面から向き合った瞬間だった。

 始まった、運命の一戦──。

「最初のゲームは、バチバチに緊張していた」という坂本は、ラブゲームでブレークを許す。だが続くゲームで、即ブレークバックに成功した。

「自分の2度目のサービスゲームあたりから、ちゃんとサーブを打てればキープできるなと感じた。そこから緊張が少しずつほぐれていった」

 周囲の喧騒や雑念から離れ、目の前の試合に絞り込まれていく坂本の集中力が、見る者にも伝わるようだった。

 他方で錦織は、ゲームが進むにつれ、坂本の成長を肌身で感じていたという。

「あれだけいい球、いい攻撃的なプレーは、2、3年前はまだなかった」

 IMGアカデミーに来たばかりの坂本の姿も、ふと思い出しただろうか。

「サーブにしろ、これだけ攻撃的にプレーをしてくれているのはうれしい」

 錦織はそうも言った。

 同時に自分のプレーには、もどかしさも感じていたようだ。ボールへの入りが遅れ、「あし!」と叫び、自らの足を叩く場面もあった。

 第1セットを失った錦織は、第2セットも苦しい戦いが続く。センターに、そしてワイドに打ちこまれる時速139マイル(約224キロ)のサーブに、反応できない場面も多々あった。

 それでも、これぞ錦織という妙技の数々も披露する。ドロップショットで相手をネット際に誘い、195cmの坂本が飛び上がっても届かぬ絶妙なロブを決めた時には、満員の観客が沸きに沸いた。

 第2セットだけでも4本あった坂本のブレークチャンスをしのぎ、持ち込んだタイブレーク。だが、闘争心さえ冷静に制御する20歳の勢いを、止める力は残っていなかった。

 最後に時速137マイルのエースを叩き込み、大の字に倒れた勝者を、錦織は「あー、寝てるわ」と思いながら見ていたという。

【ほかの選手に負けるよりよかった】

 試合後のコート上では、坂本の勝者インタビューに続き、錦織の功績を称えるセレモニーが行なわれた。

「最後の試合で緊張もありましたが、怜に負けたのは、ほかの選手に負けるよりよかったと思います」

 錦織のその言葉を、坂本は溶けそうな笑顔で聞いた。

 試合から1時間半ほど経ったあとの会見の席。

「錦織圭の四大大会最後の対戦相手」となった坂本は、「悪くない響きですね!」と顔を輝かせると、真摯な口調でこう続けた。

「そこだけじゃなく、僕が圭君と並べるような名前になっていきたいなと思います」

 錦織の内に灯るロウソクの火は、消えたのではない。坂本が手にするトーチへと燃え移り、彼を突き動かしていくはずだ。

内田 暁●取材・文 text by Akatsuki Uchida

編集部おすすめ