サッカーアルゼンチン代表のスター選手で、39歳のFWリオネル・メッシ(インテル・マイアミ)が31日、北中米W杯限りで代表から退くことを明らかにした。メッシは自身のインスタグラムに「潮時であることは理解している。

時間は限られており、一つの章は終わりを迎えるもの」などと思いをつづった。

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 ここまでの歩みはまさに伝説だ。アルゼンチン・ロサリオで生まれたメッシは13歳でスペインに渡り、バルセロナと契約。成長ホルモンの分泌異常と診断されていたが、バルセロナが多額の治療費を負担し、2004年に17歳でトップチームデビューを果たした。翌年にはアルゼンチン代表にも初選出された。

 09年に初めてバロンドールを受賞し、世界的スーパースターの仲間入りを果たし、以降は数多くのタイトルを総なめにした。しかし、アルゼンチン代表でのタイトルには長年恵まれなかった。14年ブラジルW杯では決勝に進むもドイツに延長戦の末に敗北。16年の南米選手権(コパアメリカ)では2大会連続で決勝で敗れたことから、責任を背負い、一度代表引退の意志を示した。

 ただ、大統領らによる必死の説得、母国への愛情などで発言を撤回し、代表活動への参加を続行した。21年の南米選手権で優勝し、アルゼンチン代表として初のタイトルを獲得すると、翌年のカタールW杯ではPK戦の末に決勝でフランスを破り、悲願の優勝を手にした。唯一足りなかったW杯優勝を手にし、メッシは誰もが認める史上最高のサッカー選手となった。

 38歳で迎えた北中米W杯でも衰え知らずの実力を証明。8得点で決勝まで導いた。ただ、スペインに延長戦の末敗れた準優勝に終わり、試合後には人目もはばからず涙を流した。

 慣れ親しんだ水色と白のユニホームとは、ここでお別れ。「神の子」よ永遠に―。アルゼンチン、そして世界に与えた功績は未来永劫(えいごう)語り継がれる。

 ◇メッシの過去W杯

 ▼06年ドイツ(3試合1得点、8強) 初戦のセルビア・モンテネグロ戦で途中出場し、19歳でW杯デビュー。アルゼンチンでのW杯最年少出場だった。終盤にチーム6点目を決め、同国最年少得点も更新。オランダ、メキシコとの「死の組」突破に貢献した。

 ▼10年南アフリカ(5試合0得点、8強) マラドーナ監督の下、エースと期待された。準々決勝でドイツに0―4。

自身も無得点。

 ▼14年ブラジル(7試合4得点、準優勝) 1次リーグ(L)で3戦連発を含む4得点。決勝ではドイツに敗れたが、大会MVPを受賞。

 ▼18年ロシア(4試合1得点、16強) 1次L3戦目で得点し、1勝1分け1敗で辛くも決勝トーナメント(T)へ。しかし、同1回戦で優勝したフランスに3―4で敗れた。

 ▼22年カタール(7試合7得点、優勝) 1次Lは3試合2得点とやや消化不良だったが、決勝Tに入ると4試合で計5得点。フランスとの決勝戦では2得点を挙げ、3―3で迎えたPK戦を4―2で制して、アルゼンチンを36年ぶり3度目の優勝に導き、史上初めて2度目の大会MVPに選ばれた。

 ▼26年北中米(8試合8得点、準優勝) 1次L初戦のアルジェリア戦からハットトリックを記録すると、決勝T2回戦のエジプト戦まで5試合連続ゴールを記録。決勝Tからは決勝までフル出場を続けた。決勝では延長戦の末に0―1で敗れた。

 ◆リオネル・メッシ 1987年6月24日、アルゼンチン・ロサリオ生まれ。39歳。

13歳でスペインに渡りバルセロナと契約。成長ホルモンの分泌異常を治療後、17歳でトップチームデビュー。スペイン1部得点王8度、欧州CL得点王6度、バロンドール(世界最優秀選手賞)受賞8度。21年にパリSG、23年に米国・マイアミ移籍。170センチ、72キロ。左利き。

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