行司はベテランほど「抽象派」になっていくのか
同じ「のこったのこった」でも、人によって発声の仕方はいろいろ。
今年の大相撲9月場所は、ご存知の通り、横綱・朝青龍が2場所連続18回目の優勝を果たした。

ところで、大相撲中継を見ていて、つい気になるのは、行司さんの掛け声。

「はっきよ〜い、のこった」
このシンプルなはずの掛け声が、なんだか個人個人で、ずいぶん違って聞こえる気がするのだ。
特に、私の印象では、位が高いベテランの行司さんになると、独特な言い回しで、むしろ聞き取りにくい。
たとえば、先日、「な〜〜〜がった〜、な〜がった〜♪」「に〜〜げった〜、に〜げった〜♪」のような不思議なフレーズが気にかかり、「??? 新しい掛け声が生まれた瞬間!?」と耳を疑った。

でも、冷静に考えたら(冷静に考えなくてもそうかもしれないが)、これはごくフツウの「のこったのこった」なんである。一方、若い行司さんなどは、けっこう明朗に「のこったのこった」と聞こえる気がする。
文字で言うと、最初は楷書でかっちり書いてた人が、達筆になるにつれ、行書のように、崩し字を書くようになる感じに似ている。


電車の車掌さんのアナウンスなんかもそうかもしれない。また、歌の世界でも、井上陽水や森山直太朗など、歌唱力がある人は、次第に何を言ってんのかわからない「抽象派」みたいなところにいくと聞いたこともあるが、行司の世界でも実力者になるにつれ、「抽象派」「オレ独自の世界」になるのだろうか。

日本相撲協会に聞いてみると……。
「取組のときの掛け声は、きまりとしては『発気楊々』、つまり『気合を入れなさい』という意味の『はっきよい』と、『お互いのこりなさい』という意味の『のこった』の2種しかありません」と、広報担当者。
動いていないときが「はっきよい」で、お互い技をかけて動いているときが「のこった」という分類がある程度。
「ただし、言い回しなどは必ずしもそうじゃないかもしれないですね」と言う。


ベテランのほうが、独自の言い回しをするのかという問いには、
「それはなんとも言えません(苦笑)」
気持ちが昂ってきて、つい「新語」が生まれる可能性はないのか? という問いには、「それはありませんね」とキッパリ否定された。
「もともと掛け声には、教科書やテープがあるわけではなく、音符や節回しが決まってるわけでもないんです。ただし、行司のなかでも、○○部屋とか、先輩の○○さんに教えをうけるということはあるので、もしかしたら若い行司さんは、日ごろから指導を受けている先輩の声や言い回しをそのまま引き継いでいるのかもしれないですね」
ということは、「最初は先輩の掛け声のマネ→慣れてくると、オレ流」ということもありうるのか!!

新語が飛び出したり、新しい節回しが流行ったりするわけではないが、今後、相撲を見るとき、一人一人の行司さんの「掛け声の違い」に注目してみると、また違った面白さがあるかもしれません。
(田幸和歌子)