1917年、イングランド北部にあるコティングリー村に住む女の子エルシー(当時16歳)と、その従姉妹であるフランシス(当時9歳)がエルシーの父親から借りたカメラを使って、妖精の写った写真を2枚撮影することに成功します。3年後、この写真に関心を持った神智学者のエドワード・L・ガードナーが新しいカメラを渡すと、女の子たちはさらに3枚の妖精写真を撮りました。


「妖精写真」は捏造でもなぜ人を惹きつける? コナン・ドイルも騙された騒動
コティングリーの妖精写真の中の1枚「フランシスと妖精たち」 画像提供:名古屋大学 教養教育院 プロジェクトギャラリー「clas」


この妖精写真についての論文を『シャーロック・ホームズ』シリーズで知られる人気作家のアーサー・コナン・ドイルが執筆し、雑誌に掲載したことでイギリス中に知られ話題になったといいます。

その後フランシスが真相を告白し、偽造写真であったことが判明しました。それは単純なトリックで、絵本を模写した妖精のイラストを切り抜き、近くにあったキノコにピンで留めて撮られただけのものだったとか。60年以上もの長い間、人を騙し続けたということでギネスブックにも載ったそうです。それにしても、作りものの妖精を撮ったフェイクだと分かっていても、なぜか魅了される写真です。

この妖精事件を取り上げた企画展「コティングリー妖精事件と神智学者ガードナー」が、名古屋大学 教養教育院 プロジェクトギャラリー「clas」で開催。
同展では騒ぎの発端となった5枚の妖精写真(複製)に加えて、コティングリー以後に撮影された別の妖精写真やガードナーの調査資料などが展示されています。100年前の妖精事件を取り上げたきっかけとは何だったのでしょうか? 展示を企画した千葉工業大学の浜野志保先生に話を伺いました。

妖精写真に、あのコナン・ドイルも騙された


ーーまずコティングリーの妖精事件について教えていただきたいのですが、なぜこの写真は信じられ、騒動になったのでしょうか?

浜野先生「ガードナーやドイルという著名な大人が関わったことで写真の信憑性や話題性が増したこと。そしてこの時期がヴィクトリア朝時代から続いていたイギリスでの妖精ブームの末期に重なっていたことも関係しています」

ーー撮影したのが少女だったことも影響していますか?

浜野先生「そうですね…。当然、『写真はニセモノだろう』と疑う人は多かったのですが、子どもに捏造する技術はないはずという大人の勝手な思い込みもありました。後で分かった妖精写真のトリックはとても原始的で、絵本を模写して描いた妖精のイラストを切り抜き、近くにあるキノコにピンで留めて撮影したというものでした。結果的に当時出回っていた心霊写真で見られる二重露光といった偽造の痕跡が見当たらなかったため、だんだん本物だと信じるようになっていったのです」

ーーあのコナン・ドイルが妖精事件に関わっていて、意外だったのですが…。


浜野先生「19世紀初頭から20世紀半ばまで、アメリカやヨーロッパでスピリチユアリズム(心霊主義)が流行っていて、コナン・ドイルも熱心な信奉者でした。ドイルが妖精写真について書いた記事を寄稿した雑誌『ストランド・マガジン』のクリスマス号は大反響を呼び、発売してから3日で売り切れるほどだったそうです」

ーー妖精写真はフェイクだと、もう知られているんですよね?

浜野先生「大変な騒ぎになったため関わった大人に迷惑をかけないようにと、ガードナーやドイルなどが亡くなった後の1981年に、フランシスが作家のジョー・クーパーに初めて真相を告白しています。ただ2人とも5枚目に関しては撮影した記憶がないと言っています。フランシスに関しては妖精を見たことは真実だったとも主張しているんですね」

ーーなるほど…どちらにせよ、それほどの騒ぎになると当事者は大変そうですね。

「妖精写真」は捏造でもなぜ人を惹きつける? コナン・ドイルも騙された騒動
妖精が日光浴する繭が写っているとされる、5枚目のコティングリーの妖精写真 画像提供:名古屋大学 教養教育院 プロジェクトギャラリー「clas」


初公開の妖精写真や心霊写真って?


ーー今展を企画したきっかけはなんだったのでしょうか?

浜野先生「2001年、小さな革カバンに入ったガードナーの遺品がオークションにかけられ、落札したのが妖精研究の第一人者・井村君江先生です。この資料を長らく井村先生が保存されていたのですが、最初の写真が撮影されてから百年という節目を前に、2016年から本格的な調査が始まりました。
カバンの中に入っていたのは、コティングリー以後に撮影された妖精写真や、同時代のものと思われる心霊写真、別の神智学者が書いた調査報告書などです。今回それらの資料を公開し、事件背景をさらに広く検証した解説も展示しています」

ーー別の妖精写真も見つかったんですか!

浜野先生「それが結構微妙な感じで…(笑)。新しく見つかった妖精写真はグラスゴーのもので、トリックは少女たちと同様の切り抜きを使ったものです。どう見てもこれは紙を貼っていますよね。それに比べてコティングリーの妖精写真はよく出来ているのが分かります。写真の構図も良いですよね」

「妖精写真」は捏造でもなぜ人を惹きつける? コナン・ドイルも騙された騒動
ガードナーのカバンにあったグラスゴーの妖精写真 画像提供:井村君江先生


ーーなるほど、これは誰が見ても偽造だと気づきますね。
拙いところが逆に親近感も湧きますが(笑) 対して、コティングリーの写真は単純なトリックなのによく出来ているんですね。ガードナーが妖精写真と比較するために集めたと思われる心霊写真は、どういうものなのでしょうか?

浜野先生「心霊写真の偽造方法には、時代によって流行があります。ガードナー所有の写真はモヤ状のものが浮いているのが特徴です。別の写真を切り抜いて合成する場合、そのままだと幽霊の輪郭線がはっきりとしまい明らかに不自然です。そこで布や綿などを使ってモヤ状に見せる方法が登場するのですが、幽霊らしさを演出するだけでなく、切り抜き写真の輪郭をぼやけさせる目的もあります」

「妖精写真」は捏造でもなぜ人を惹きつける? コナン・ドイルも騙された騒動
ガードナーのカバンにあった心霊写真のうちの一枚 画像提供:井村君江先生


ーー本当だ、フワッとモヤッとして。何というか…100年前の技術で作られた心霊写真には何ともいえない哀愁がありますねえ。
では、あらためて妖精写真について伺いたいのですが、偽造と判明しても研究が続けられ愛されてもいるわけですが、それはなぜだと思われますか?

浜野先生「真実か嘘かという基準を超えた表現としての魅力があります。少女たちはただ自分たちの持つ世界観を表そうとしたに過ぎなかったのかもしれません。事件背景に目を移すと、作った本人と大騒ぎしている周囲の人との温度差や、『写真はありのままを写すもの』という固定概念に囚われている大人と、カメラを使って表現したいものを表現しただけという子どもの写真というメディアとの付き合い方の違いも見えて面白いですよね」

ーー最後に今展の見どころを教えてください。

浜野先生「コティングリーの妖精写真以外の資料も充実しているところです。また、展示されている小さなサイズの銀塩プリントでコティングリーの妖精写真を見ると、インターネットで鮮明なデジタル画像を見るよりもずっと不思議な雰囲気を楽しめますのでそちらも注目してみてください」

フェイクという真実を超えた魅力を持つ妖精写真と、その事件背景も興味深く味わえる展示内容となっているようです。名古屋会場の展示は1月18日まで。
その後巡回し、2月9日からは第10回恵比寿映像祭(東京都写真美術館など)で、4月には大阪(会場未定)で見ることができます。また、展示品の図録と関連論考を多数収録した書籍『コティングリー妖精事件ーー百年目の新事実』が近刊予定です(刊行:レベル)。

(石水典子)