『おちょやん』第12週「たった一人の弟なんや」

第57回〈2月23日 (火) 放送 作:八津弘幸、演出:盆子原誠〉

朝ドラ『おちょやん』初めての接吻と生き別れた弟との再会に激しく心揺れる千代(杉咲花)
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます
千代(杉咲花)はついに長年探し求めていた弟のヨシヲ(倉悠貴)と再会。すっかり成長したヨシヲに千代は目をうるませるが、彼はいささかあやしい影をまとっていた。

【前話レビュー】博打・暴力・破廉恥ダメ。
ゼッタイ。検閲下、人間の衝動を芝居でどう表現するか


芝居のうえとはいえ、初めての接吻体験と、弟との再会、ふたつの出来事に千代の心は激しく揺れる。ドラマはいよいよ盛り上がってきた!

「うちのくちびる〜」

新作「若旦那のハイキング」のクライマックス、一平(成田凌)は千代に接吻をして、監視していた警官は目を釣りあげて「中止!」と舞台の上に上がり込み、そのまま幕。でも、観客は「ご両人!」と大喜びだった。

接吻された瞬間、千代は目を丸くして固まってしまい、舞台を下りたあとも呆然としたまま。「だんないか」とお茶子たちは口々に心配する。

ここからかめ(楠見薫)が中心になってコント展開に。
気付けにお酒を持ってくるが、舞台でお酒を飲む場面を思い出して逆効果。さらに、熱燗なので「唇やけどせんようにな」と言うものだから、千代は「うちのくちびる――」と逆上する。

気は悪くないが何かとドジなかめ。男性陣では、福助(井上拓哉)、福松(岡嶋秀昭)、宗助(名倉潤)、小山田(曽我廼家寛太郎)が活躍しているが、女性ではかめの力が大きい。

あとで、ヨシヲと千代の再会を見て、「あああ」と思わず泣き声を漏らす人情家。泣きながら祈りの手付きで声を出してしまったことを謝るかめの泣き笑いを演じている楠見薫は『あさが来た』では「ほんにほんに」しかセリフがなくても確実に場をかっさらって注目された実力派だけに、彼女のいる場面は圧倒的な安心感。
鶴亀家族劇にも楠見薫のような女優がひとりいるといいのに。

というか、千代こそがそのポジションを任されて然るべきなのだ。今後の千代の成長に期待したい。お酒を飲んだあとの「ごお〜」というセリフの言い回しが良かった。

朝ドラ『おちょやん』初めての接吻と生き別れた弟との再会に激しく心揺れる千代(杉咲花)
写真提供/NHK

一平の想い

昭和初期、いま以上に人前で接吻することはとても破廉恥なことだった。キスの翻訳「接吻」という言葉は広辞苑によると幕末にできたそうだ。江戸時代までは「口吸い」で、行為としては一般的ではなかった。
明治になって西洋文化が入ってきたことで、キスも徐々に一般に浸透していくのである。

だから、この時代は、舞台上でキスするのは言語道断。一平は、熊田(西川忠志)天晴(渋谷天笑)とともに警察の取り調べを受ける。

「俺はそないなほんまのことを芝居にしたいんや。つらいことも恥ずかしいことも目そらさんと、みんな芝居にする。そないしたらな、悲しいけど、どっか滑稽な人の生きざまいうもんが見えてくんねん。
俺はそないな新しい喜劇を作りたいんや」とバカ正直に熱く主張する一平。そんなこと言ったら、収まるものも収まらないが、そこはドラマ。なぜか、警察も大目に見てくれて、公演はそのまま続けていいことに。

ヨシヲ、登場

一平の熱い想いは若さゆえの独り相撲である。自分のやりたいことのために千代を犠牲にしている。

「千代ちゃんのはじめてのの接吻さらしもんにしよってんもんなあ」と千之助(星田英利)がまた余計なことを言う。千代を気遣っているようで千代をからかっているいけずである。


千代はそんなことたいしたことないと強がるが(ここでまた猫のSE)、それは、彼女がいままで接吻をしたことがないと思われるのが恥ずかしいからで……。

そして一平は、なんかんだ言って、「ほんまのことを芝居にしたいんや」と言うだけあって、「おまえをもう離さへんで」というセリフと接吻という行為は、千代への一平の本音なんだろうなあとも思う。普段は言えずに心のなかで抱えていることが芝居のなかではできるのだ。まったく一平は面倒くさい人物である。

もやもやを抱えながら、一平と路地を歩く千代。「はじめてのせっぷん」とうつむいて噛みしめるときのトーンが乙女らしい。
そこへ「ようも姉やんを傷物にしてくれたな」とヨシヲが一平に殴りかかってきた。

朝ドラ『おちょやん』初めての接吻と生き別れた弟との再会に激しく心揺れる千代(杉咲花)
写真提供/NHK

千代は全面的に大喜び。あの花かごは、立派になったヨシヲが贈ってきたものではないかと聞くと、「ああそや」と軽く応えるヨシヲ。その反応がちょっと気にかかる。ここで彼は背中を向けて、顔が映っていない。そしてすぐ、一平がなんだか深刻な顔をしてヨシヲのことを考えているカットに切り替わることで、なにかありそうと思わせる。

やっぱり、中止に

警官が大目に見てくれると言った矢先、脅迫状が来て、公演中止をせざるを得なくなる鶴亀家庭劇。えびす座を放火するという脅迫に熊田が言う「お客さんを巻き込むわけにはいかん」というセリフ(大山社長のお言葉らしい)が心に刺さる。

コロナ禍、観客に何かあったらいけないと演劇公演が中止になったことを思い出すではないか。いまもまだそれは続いているけれど。ちょうど、『おちょやん』はコロナ禍で撮影がクランクイン直後に休止になっているだけに、この切迫感、本物である。「ほんまのことを芝居にしたいんや」という一平の想いとドラマが重なる。

『おちょやん』の制作陣がほんまのことを芝居にしたいかはわからないが、奇しくも現実と重なって、「悲しいけど、どっか滑稽な人の生きざまいうもんが見えてくんねん」になっていることが、他人事で申し訳ないながら、ドラマをひりひりとおもしろくさせている。

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■杉咲花(竹井千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
■成田凌(天海一平役)プロフィール・出演作品・ニュース
■名倉潤(岡田宗助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■宮田圭子(岡田ハナ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■星田英利(須賀廼家千之助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■西川忠志(熊田役)プロフィール・出演作品・ニュース
■明日海りお(高峰ルミ子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■曽我廼家寛太郎(小山田正憲役)プロフィール・出演作品・ニュース
■渋谷天笑(須賀廼家天晴役)プロフィール・出演作品・ニュース
■大川良太郎(漆原要二郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■楠見薫(かめ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■土居志央梨(富士子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■仁村紗和(節子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■倉悠貴(竹井ヨシヲ役)プロフィール・出演作品・ニュース
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■松本紀代(石田香里役)プロフィール・出演作品・ニュース
■三戸なつめ(竹井サエ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■や乃えいじ(警官役)プロフィール・出演作品・ニュース
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■桂吉弥(黒衣役)ニュース


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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami