『おちょやん』第11週「親は子の幸せを願うもんやろ?」

第54回〈2月18日 (木) 放送 作:八津弘幸、演出:大嶋慧介〉

朝ドラ『おちょやん』一平や千之助の作る芝居には熱があり情があり芯がある 劇中劇で描かれる理想の世界
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

「マットン婆さん」

恋するみつえ(東野絢香)福助(井上拓哉)。それに反対する、それぞれの母・シズ(篠原涼子)菊(いしのようこ)。孫の幸福を案ずる、そもそもの家の確執の原因をつくった祖母・ハナ(宮田圭子)の想いが渦巻く中、一平(成田凌)は母の無償の愛情を上演したいと考える。


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ところが、先輩・千之助(星田英利)は「おまえに親の気持ちの何がわかるんじゃい」と台本を大きく書き換える。

みつえと福助が駆け落ちしてしまい岡安がざわついているなか、「母に捧ぐる記」改め「マットン婆さん」の幕が上がる。“母の無償の愛情”とは何なのか。現実ではシズの、舞台上では千之助の、それぞれの親心が散りばめられる15分。

「マットン婆さん」はとある家に奉公していた松(千之助)が、30年経過して、長男(天晴)の嫁(千代)にいびられる。三男(一平)が松を父(小山田)と結婚させようとするというお話だった。


途中から千之助はまた勝手に芝居をはじめるが、目指すところは泣ける人情もの。舞台上で、千之助の狙いに気づいた一平や千代たちもその流れにのって、泣いて笑ってじんわりする展開に。客席からの反応も上々だ。「悔しいけどこの芝居おもろいわ」と一平は感嘆する。

芝居がはじまる前は雨が降って不穏な雰囲気だったが、公演後には雨があがっているというのも芸が細かい。

この「マットン婆さん」は、一平のモデルである渋谷天外の書いた「アットン婆さん」から来ていると思われるが、初演は昭和17年(1942年)10月の中座と、『おちょやん』よりもずっと後。
ドラマは現在昭和3年だ。

「アットン婆さん」の脚本家クレジットは茂林寺文福、舘直志となっている。舘直志は天外のペンネームである。「アットン婆さん」は上演回数も多い人気作で、藤山寛美の代表作として、DVDなども販売されている。

『おちょやん』では早くも「マットン婆さん」として登場させるということは、ドラマの後半戦、藤山寛美をモデルにした松島寛治(前田旺志郎)が登場したとき、もう一度、この作品をやることになるのだろうか。藤山寛美は一平が演じている三男役をやっているので、役を替わるようなエピソードがあるのかもしれない。


婆さん役は曾我廼家十吾、千之助のモデルになった俳優である。弱々しくいじめられる老婆役が得意だったそうだ。それまでの老婆は嫁をいじめる役割だったが、十吾によって嫁にいじめられる側となった。「嫁姑の対立はいまもなおテレビドラマなどで取り上げられる、いうなれば永遠のテーマではあるが、その両者の立ち場の逆転を十吾はいち早く先取りした」と『上方喜劇 鶴屋団十郎から藤山寛美まで』で三田純市は書いている。

朝ドラ『おちょやん』一平や千之助の作る芝居には熱があり情があり芯がある 劇中劇で描かれる理想の世界
写真提供/NHK


朝ドラ『おちょやん』一平や千之助の作る芝居には熱があり情があり芯がある 劇中劇で描かれる理想の世界
写真提供/NHK

千代も頑張っている

千之助ひとり勝ちの「マットン婆さん」ながら、忘れてはならないのは、ここで千代が意地悪な嫁を演じているところ。なかなかふてぶてしくいやな感じをうまいこと演じている。この演技をどうやって獲得したか描かれていないことがすこし残念。
主役にもかかわらず、千之助にばかり花をもたせる展開とはいえ、千代は着々と演技に磨きをかけているのである。

それにしても、何パターンも劇中劇を演じ分けている杉咲花や成田凌たちはよくやっているなあと感心するばかり。新人俳優では無理だろう。『スカーレット』や『エール』もそうだったけれど、最近の朝ドラはある程度キャリアのある俳優でないと演じることが難しい凝った構成になっているものが増えている。

シズの母心

みつえが駆け落ちしてしまい、ハナはまた乞食たちに捜索を依頼する。以前、千代がいなくなったときも雨だったが、今回も雨。

傘を持たない乞食たちに雨のなか稼働させるとは、たとえお給金をだすとはいえ、格差社会だなあと思ってしまった。
傘を貸してあげればいいのに。こういうところを最大公約数的なイメージでやってしまうことがすこし惜しい。雨のなか薄い板みたいなものを傘がわりに捜索に向う乞食たちの献身というのは彼ら側に立っていない描写である。なぜ、そうなってしまうかはそのあとのシズのエピソードでわかる。

シズは黄色い着物をぎゅっと抱きしめ、みつえの幼い頃のことを思い出す。初めてあつらえた着物にはしゃぎすぎて、転んで泥だらけにしてしまったとき、みつえのわがままを聞いてもう一枚新しい着物を買ってあげた。
甘やかしてしまったと振り返るシズ。そういう積み重ねがいまの娘を形成してしまったという反省だろうか。

ハナといい、シズといい、けっして悪気はないながら、裕福であることに甘んじているように見える。本家と分家の争いをはじめとして、どこか空疎な岡安の人たちと比べると、一平や千之助の作る芝居には熱があり情があり芯がある。芝居のなかでは理想の世界を描きたいという劇中劇ファーストが『おちょやん』なのかもしれない。

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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami