7月19日は「土用の丑の日」です。今年は丑の日が2回あって、その次は7月31日となります。

丑の日と聞けば、やっぱり「うなぎ」が恋しくなります。

今回は、うなぎの研究者から、東京・丸の内で料理人になった男性のお話です。

うなぎ研究者から東京・丸の内で一流料理人へ「もっと食材に光を...の画像はこちら >>

木村祥吾さん

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

ニッポン放送からほど近い丸の内のビルの地下に、いつも昼どきに行列が出来ている一軒の料理屋さんがあります。お店の名前は、「伊豆の旬 やんも 丸の内店」。静岡・伊豆で獲れた新鮮な魚を中心とした、ちょっといい和食のお店です。

料理長を務めるのは、木村祥吾さん、40歳。木村さんは、静岡県島田市のご出身で、小さい頃はお父様と一緒に、家の近くを流れる大井川の上流から河口まで、よく釣りに出かけていました。一方、お母様のご実家は、うなぎの養殖をする養鰻業だったことから、小さなうなぎに餌やりをすることもよくあって、うなぎへの興味が増していきます。

ご存知のように、うなぎは卵からの完全養殖がビジネスモデルとして確立していません。それというのも、うなぎは卵からふ化した状態では、オスとメスは分かれていなくて、成長の過程で、オスとメスに分かれて繁殖が可能になります。でも、シラスウナギを養殖池に入れると、そのほとんどがオスになってしまい、卵が取れません。

『どうやってうなぎは、オスとメスに分かれていくのだろうか?』

そう不思議に思った木村さんは、うなぎについて究めようと大学に進学。東京都内や岩手県の三陸沿岸にある拠点で、研究にまい進します。さらに東京大学の大学院へ進んで、ふるさとで定点観測しながら「大井川河口におけるシラスウナギの生態」をテーマに論文を書き上げることになりました。

うなぎ研究者から東京・丸の内で一流料理人へ「もっと食材に光を当てて、全国へ広めていきたい」

伊豆の旬 やんも丸の内店

ただ、学生の身とはいえ、多少はお金を稼がなければ日々の生活に困ってしまいます。そこで静岡・島田の居酒屋さんでアルバイトを始めると、賑やかで温かいお店の雰囲気に、料理と接客の楽しさに目覚めました。

『料理で人と人を結び付けられるような場所を提供したい!』

そう思った木村さんは、修士号を取得すると、料理人の世界に飛び込むことになりました。

木村さんは、料理の専門学校に通ったのち、2011年に縁あって今の「やんも 丸の内店」に入りました。「やんも」では、最初の洗い物や買い出しなどを担当する「追い回し」から始まって、焼き物を担当する「焼き」、煮物を担当する「煮方」とステップアップ。お刺身を担当する「刺場」が、トップの料理長を兼ねています。

なかでも苦労が多かったのは、花形の「焼き」を担当していた時代。「やんも」の名物といえば、炭火でじっくりと焼き上げる、肉厚な「鯖の塩焼き」です。ランチとなれば、次から次へと鯖の塩焼き定食のオーダーが入ります。

一つ一つ手を抜かずに向き合っていくと、熱で眼鏡のフレームが曲がってしまいました。

「でも、炭は生きものなんです。一つ一つ燃え方が違うので、その炭のクセを見抜いたり、10センチ離れるだけで温度も変わりますから、火の加減には本当に気を遣います。しかも、魚の種類も違えば、塩焼き、味噌焼きなど、ご注文いただいた様々なお料理を、お仲間が同時に召し上がれるように、お出しできるようにしなくてはなりません」

うなぎ研究者から東京・丸の内で一流料理人へ「もっと食材に光を当てて、全国へ広めていきたい」

「ふじのくに 食の都づくり仕事人」に選ばれた木村祥吾さん

そういった丁寧な仕事ぶりが認められて、木村さんは2010年代後半、見事、丸の内店の料理長に抜擢されました。以来、信頼する魚屋さんから仕入れる新鮮な食材を前に、焼くか煮るか、素材の特徴をすぐに見極めて、一つ一つの料理と向きあう毎日が続いています。

コロナ禍以降は、丸の内・有楽町界隈へ出勤する人の数もだいぶ減りましたが、味への信頼とお店の落ち着いた雰囲気もあって、客足が途絶えることはありません。

「常に最高の状態でお出しするつもりで作っていますので、それがカチッとハマって、お客様から帰り際においしかったよとおっしゃっていただけると、やり甲斐を感じます」

そう話す木村さんの活躍ぶりは、ふるさと・静岡県の関係者にも届いて、今年2月には、「ふじのくに 食の都づくり仕事人」の一人に選ばれました。実は伊豆の魚以外の、肉や野菜をはじめとした食材も、静岡県中部地方を中心に新鮮なものを仕入れているといいます。

「静岡には素晴らしい食材が多いんです。生産者の皆さんと会って話をして、料理を作ることで、もっと食材に光を当てて、全国へ広めていきたいですね」

うなぎの研究者から一流の料理人へ。うなぎと同じように、細く長くいつまでも愛されるお店を目指して、木村さんの粘り強い取り組みは、これからも続きます。

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