2026年5月26日(火)は群馬県北部の片品村で、今シーズンの尾瀬の安全祈願祭が行われ、本格的な山開きとなります。尾瀬に車が通れる道はありませんから、多くの物資は人の力によって運ばれます。

今回は、尾瀬に点在する山小屋へ荷物を運んでいる男性のお話です。

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石高徳人さん

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

「歩く」に、荷物の「荷」と書いて、「歩荷(ぼっか)」と呼ばれる職業の方がいます。荷主さんからの依頼を受け、背負子に、時に100kgを超える荷物を積んで、車や重機では行けない所へ、大切な荷物を送り届ける仕事に従事している皆さんです。たとえ荷物が重くても、歩荷の方は、つい転んで、積み荷を壊すことすら許されません。

歩いて荷を運ぶ男たち 尾瀬の山小屋を支える「歩荷」の世界
尾瀬を歩く歩荷の方(画像提供:石高徳人さん)

尾瀬を歩く歩荷の方(画像提供:石高徳人さん)

群馬県片品村を拠点に、歩荷の仕事に就いて、今年で14年目を迎えた石高徳人さんは、1988年生まれの38歳。大阪市のご出身で、最初はひと夏のアルバイトとして、富士山で山小屋の仕事をしたことから、山に魅かれて、登山を始めます。『建物に電気の灯りが点くことって、当たり前のことじゃないんだ!』

大阪のような大都市にはない自然の大きさに感動を憶えた石高さん。山小屋の仕事は、建物周辺の整備や登山者の接客が大きなウェイトを占め、アルバイトも3年ほど続けると、ちょっぴり物足りない気持ちが生まれてきました。

『もっといっぱい体を動かしたい!もっと山を歩きたい!!』

そう思った石高さん、たまたま尾瀬の歩荷の特集が組まれた雑誌を目にします。人の身長よりもはるか高く、重い瓶ビールのケースを7段から8段も背負って、黙々と木道を歩く男性の姿に心打たれ、歩荷への憧れが募りました。石高さんは、歩荷の親方さんを探し当て、「歩荷になりたい」と伝えると、二つ返事で「すぐに来い!」と言われました。

『よし!誰よりもいっぱい荷物を運んでやろうじゃないか!!』

25歳の青年による、尾瀬での新たな挑戦が始まりました。

尾瀬の「歩荷」の仕事は、毎年4月下旬から10月ごろにかけての登山シーズン、片品村の拠点から鳩待峠を経由、尾瀬ヶ原に点在する山小屋まで、生鮮食品を中心に、100kgあまりの荷物を背負い、最長12kmの道のりを歩きます。しかも、朝8時には歩き始め、だいたい昼前には、確実に荷物を届けなくてはなりません。

ただ、春は登山客も少ないため、運ぶ荷物も40~50kgから始まるのが一般的。歩荷の皆さんにとっても、軽い「肩慣らし」だそうですが、足元には雪が残っています。登山経験のある石高さんでも、始めたばかりの頃は、木道と残雪の境目が分からずに、転倒したり、頑張りすぎて疲労がたまり、ケガをしてしまったこともありました。結果として、少ない荷物しか運べないと、山小屋の方から厳しい言葉が飛んできました。

『歩荷って、疲れを残したらいけない仕事なんだ』

歩いて荷を運ぶ男たち 尾瀬の山小屋を支える「歩荷」の世界
歩荷の方が山小屋へ(画像提供:石高徳人さん)

歩荷の方が山小屋へ(画像提供:石高徳人さん)

そんな反省を日々、心に刻みながら、石高さんは晴れの日も雨の日も台風の日でも木道を歩き続けて、だんだんと大きな荷物を山小屋に届けられるようになります。

「ありがとう、助かったよ」

山小屋に荷物を届けて、女将さんから、そう声を掛けられると、人の役に立ったという実感が湧いて、ついさっきまでの疲れが、スーッと抜けていきました。

でも、数年経って仕事に慣れてくると、「ありがとう」の言葉が危機感へと変わります。

『歩荷って、感謝されて怒られない仕事だからこそ、自分で改善しないといけない。もっと、歩荷が世の中に役に立てることがあるはずだ』

歩いて荷を運ぶ男たち 尾瀬の山小屋を支える「歩荷」の世界
尾瀬を歩く歩荷の方(画像提供:石高徳人さん)

尾瀬を歩く歩荷の方(画像提供:石高徳人さん)

そう感じた石高さんは、日本青年歩荷隊という組織を立ち上げ、「歩荷」への潜在的なニーズをくみ上げていくことにします。

実は世の中には、まだまだ人の力を必要とする場面がありました。山のなかにある電波塔の塗料や建築資材を運んだり、映像作品のロケ機材の輸送、携帯電話の基地局のメンテナンスなどに重宝されるようになっていきました。一昨年には、「株式会社歩荷隊」として法人化することで、「歩荷」という仕事を、次の世代へ繋ぐ取り組みも始めています。

そんな石高さんは、初夏の尾瀬の山開きのシーズンが、一年で一番好きだといいます。

「山小屋の人たちや尾瀬に関わる人たちと、半年ぶりに顔を合わせるのがこの時期です。お互いに元気で、また逢えると、本当に嬉しいんです」

山で働く一人一人の顔を思い浮かべながら、石高さんは今シーズンも重い荷物と共に、尾瀬の木道を黙々と歩き続けます。

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