人口減少が止まらないと言われる日本で、6年連続(※)で人口増加率1位を記録し、子どもの数が高齢者を上回った自治体があります。

千葉県流山市です。
かつては知名度も低く、財政難に直面していた郊外都市が、なぜ「子育て世代に選ばれるまち」へと変わったのでしょうか。

本記事では、井崎義治市長が自身の言葉で綴った著書『流山市はなぜ選ばれ続けるのか』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)から、共働き子育て世代(DEWKS)の“本当のニーズ”に向き合った戦略の一端を抜粋・一部編集して紹介します。

■給食や医療費の「無料化」は最優先ではない?
「子育て世代を呼び込みたい」と考えている自治体は、流山市だけではないでしょう。

ただ、実際に行われている施策を見ると、その目的にどれだけ効果があるのかよく分からない、単なる「ばらまき」になってしまっているケースが少なくありません。

たとえば、最近では全国各地の議会で「隣の自治体が給食費を無料にしたから、うちもすべき」「医療費も18歳まで無料にしよう」「東京都が行った保育料の完全無償化を!」といった質問があると聞きます。

そうした子育て支援は、ないよりあるに越したことはありません。しかし、本当に共働き子育て世代(DEWKS)の最優先のニーズなのでしょうか。

実際に共働きで子育てをしている方たちに話を聞いてみると、あれもこれも無料にしてほしいと強く願っているようには思えません。

■本当に必要なのは「働きながら子育てできるインフラ」
ではDEWKSの方たちが最優先で求めているのは何でしょうか。

何よりも「仕事をしながら子育てができる社会インフラ」を必要としていると、私は考えます。

「子育て世代を呼び込みたい」としたときの多くのケースでは、まず市民受けしそうな「施策メニュー」を考えるところから入ってしまう。

けれども本来は、課題とビジョンを明確にし、ニーズを把握し、戦略を組み立てることが何より大切です。
施策は、戦略があってこそ届くのです。

どれだけ「共働きの子育て世代を歓迎します」と言っていても、子どもを預けて働くことができる環境が整わなければ、何も始まりません。

無料化施策を検討する前に、まずは保育園の待機児童問題をどう解消するかを考えるべきでしょう。

この20年間で、流山市は劇的に変わりました。

子どもを持つ共働き世帯の人たちから「選ばれるまち」になるために行ってきた施策のうち、代表的な事例をいくつか取り上げてご紹介します。

■「気が狂いそうになる」。市長を驚かせた、過酷すぎる送迎のリアル
DEWKS層にとって必要不可欠な社会インフラというと、真っ先に挙げられるのが保育所(保育園)です。

流山市では、この15年間で、保育園の数を17園から104園へと増やし、保育定員も1789人から8669人まで拡充し、整備してきました。

しかし、ただ保育園を増やすだけでは、実は保護者たちの真のニーズに応えられていなかった。

そのことに気づいたのは、市長になってまもなくの頃のこと。

「朝晩の子どもの送迎が、とても大変なんです」という市民からの声が、私のもとに直接届くようになったのです。

流山市では、全国の自治体と同じように市民が自由に意見や提案を届けられる「市長への手紙」という制度を設けています。


その中に、保育園の送迎に関する切実な訴えがありました。時には、講演会やイベントの場で、直接、私宛の手紙を手渡されることもあったのです。

手紙には、働く保護者たちの深刻な悩みが書かれていました。

自宅の近くや通勤経路の保育園には空きがなく、ようやく見つかっても離れた場所まで送り迎えをしなければならない。途中下車して10分以上歩いて保育園に子どもを預け、再び駅に戻り電車に乗る。出社する頃には、すでに疲れてしまう。

なかには、2人の子どもが別々の違う保育園に通っていて、朝はそれぞれの保育園を回って送り、帰宅時には空腹で泣き出す子どもをなだめながら2人目を迎えにいかなければならず、気が狂いそうになる、というような切なる訴えもありました。

保育園の定員を増やして、待機児童ゼロを達成できたとしても、これらの問題は完全には解決できません。様々な形の悩みがあることを、私は市民の声を通じて初めて知りました。

■見えた“真の課題”。「送迎地獄」と「定員偏在」をどう解く?
これは「保育園問題」が社会的に注目されるようになる、10年ほど前のことです。

当時は、「保育園までの送り迎えが大変」という問題自体がそこまで可視化されていませんでした。
市民から声が届いても、市役所の中では、これを行政が取り組むべき課題と認識していなかったのだと思います。

市民の側も、まだ事例のないことについては具体的に市に何をどう要望すればよいか分からず、変えられない日常に対する悲鳴のような声だけが届いていました。

けれども私は、市民が健康に生活するために行政が応えるべき課題だと受け止めました。

そこで、まず市内の保育園の場所を地図上にプロットして、地理的な要素と保育園の稼働率との関連性を確認してみました。

すると結果は非常にシンプルなものでした。駅に近い保育園に定員オーバーが集中し、逆に空きがある園は駅から遠いなど、立地によって偏りが生じていることが分かりました。

つまり送迎の問題に加えて、保育園稼働率の偏在という問題も抱えていたのです。

どうすればこの2つの問題を同時に解決できるだろうかと、私は考え続けました。

すると、ちょうどその頃、厚生労働省から提案事業として「送迎保育ステーション事業」が紹介されたのです。これこそ2つの問題を同時に解決できる仕組みだと確信し、すぐに取り組むことにしました。

■駅前に預けるだけで送り完了! 流山市を救った「送迎保育ステーション」
そして誕生したのが、駅前送迎保育ステーションです。

市内で複数路線が乗り入れる2つの駅前に、送迎保育ステーションを設置しました。


保護者が通勤途中に子どもを駅前のステーションに預けると、送迎保育ステーションと各保育園を結ぶバスが運行し、子どもたちをそれぞれの園まで送り届けてくれます。

夕方には、バスが市内の保育園を回って子どもたちをピックアップしてくれ、また送迎保育ステーションに戻ってきます。この仕組みの導入によって、保護者の送迎負担は大幅に軽減されました。

朝は子どもと一緒に駅に向かい、駅前で預けるだけで出勤できる。帰りも、仕事帰りにステーションに立ち寄るだけで、子どもを迎えられる。

送り迎えに追われていた、保護者たちの時間や心身の負担が、大きく軽減され、市民から多くの「ありがたい」「助かっている」との声をいただいています。

■他市で失敗した施策が、流山市で大成功した「決定的な理由」
「送迎保育ステーション」自体は、他の自治体でも導入されましたが、うまくいかないケースもあったようです。

流山市では、これを市の政策として位置づけ、駅至近の保育園を除き私立保育園も含めて市内のすべての保育園を送迎対象にしたことが成功のポイントだったと思います。

法人などにより対象外の園があるのと、すべての保育園が対象になるのとでは、利用する保護者の利便性は格段に変わるからです。

保育園の数を増やすことにとどまらず、通わせやすさという観点にも踏み込むことで、DEWKS層の「本当のニーズ」に応えようとしたのが、この駅前送迎保育ステーションなのです。

※2016~2021年 全国の市で1位。総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」よりこの書籍の執筆者:井崎 義治 プロフィール
千葉県流山市長。
1954年東京都杉並区生まれ。立正大学地理学科卒、サンフランシスコ州立大学大学院修士課程修了(地理学専攻)。米国で地域計画、交通計画、環境アセスメントコンサルティングに従事。89年に帰国後、流山市民に。都市計画コンサルタントを経て、2003年から流山市長。現在6期目。全国市長会副会長、千葉県市長会長、健康都市連合日本支部支部長などを歴任。
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