新年度が始まってから約2カ月。4月に入社した新入社員や異動してきた部下も、少しずつ職場に慣れ始める頃です。


一方で、上司の側には「そろそろ自分で動いてほしい」「何度も同じことを聞かないでほしい」といった焦りや、「期待していたほど成果が出ない」「この部下、使えない」といったネガティブな感情が生まれやすい時期でもあります。

今回お話を伺ったのは、心理カウンセラー・セミナー講師として15年間にわたり、延べ1万人以上の人生やキャリア相談に乗ってきた亀井弘喜さん。現在は自身が講師を務める経営塾でも、人材育成に関する相談を数多く受けています。

そんな亀井さんに、ご自身のマネジャー時代の体験をもとに、「使えない部下」と決めつける前に上司が持つべき視点について聞きました。

▼【質問】「この部下、使えない」と感じたとき、上司はまず何を考えるべきなのでしょうか。

▼【回答】「この人はなぜできないのか」ではなく、「自分たちはこの人に何を伝えられていないのか」と問い直すことです。

■「使える・使えない」で人を判断する現場への違和感
大学時代、大手ファストフード店でアルバイトをしていたとき、人材育成の原点となる出来事がありました。

昼のピーク時は戦場のようで、「あいつは使える」「あいつは使えない」といった言葉が当たり前のように飛び交っていたのです。

私自身も新人の頃、十分に教わらないまま現場に立ち、もたもたしていると先輩から「お前、邪魔なんだよ!」と怒鳴られたことがあります。そのとき感じた「なぜ、教えてくれないのに、できないことを責められるのか」という悔しさが、その後の私の価値観に大きな影響を与えました。

人は、できない人を見たときに「能力や性格」の問題にしたがります。「覚えが悪い」「やる気がない」「向いていない」と判断した方が楽だからです。


しかし実際は、何を期待されているか分からない、失敗しても安心して聞ける関係性がない、というケースがほとんど。その状態で成果を求められても、人は本来の力を発揮できません。

「なぜできないのか」と問う前に、「できるようになるために、自分たちは何を渡せていないのか」を考える必要があるのです。

■成果が出ない部下に必要な「小さな成功体験」
リーマンショック後の厳しい時代、私は営業グループのマネジャーとして、周囲から「使えない」と見なされていた若手社員を担当しました。

彼は、同期が次々と初受注を上げる中、なかなか営業成果を出せませんでした。さらに、以前の上司から厳しい指導を受け続け、自信を失い、目はうつろで怯えているような状態でした。

こういうとき、上司はつい「営業に向いていない」と切り捨てたくなります。しかし私が考えたのは、「何を差し出せば、彼はもう一度前を向けるのか」ということでした。

人は、自信を失っているときに「もっと頑張れ」と言われても頑張れません。すでに頑張っているのに成果が出ず、さらに責められている状態では、心が縮こまってしまいます。

そんなときに必要なのは、大きな成果ではなく、100%自分でコントロールできる「小さな成功体験」です。

私は彼に、「絶対に自分次第で達成できる目標を、小さくクリアしていこう」と伝えました。


まず、彼はいつも始業ギリギリに出社していたため、私は「朝早く来ること」を提案しました。「みんなより早く出社して、余裕を持って仕事を始めた方が気持ちよくないかな? その代わり、夜は早く帰ろう」と。

売上は自分だけではコントロールできませんが、朝早く出社することは自分で決められます。これは彼を早く来させるためではなく、「自分で決めたことを守る」という積み重ねで、自分の足で立つ感覚を取り戻してもらうための提案でした。

■部下が力を発揮するための3つの欲求
彼に必要だったのは、自信だけではありませんでした。

人間には、「愛されたい」「認められたい」「役に立ちたい」という3つの根源的な欲求があります。仕事の場面でも、「自分はここにいていい」「自分のことを見てくれている人がいる」「自分は誰かの役に立てている」と感じられて初めて、人は安心して力を発揮できるようになります。

一方で、成果が出ない状態が続き、さらに叱責(しっせき)や否定が重なると、「自分は大切にされていない」「何をしても認められない」「チームの役に立っていない」と感じやすくなります。彼は、まさにその状態でした。

だから私はまず、彼のこの3つの欲求を満たすことを考えました。

「愛されたい」に対しては、安心してここにいていいと伝えること。「認められたい」に対しては、毎朝7時に来られたことを言葉にして認めること。
「役に立ちたい」に対しては、売上以外でもチームに貢献できる行動を一緒に見つけることです。その1つの具体的な例が朝、チームメンバーの机を拭くという行動でした。

それから彼と私は、毎朝7時に出社して、机を拭くようになりました。

掃除は業者がやるものだと思われていた職場で、朝早くから黙々と机を拭く姿は、周囲の見る目を変えていきました。私は毎日のように声をかけ続けました。

「今日も7時に来られたね、すごいね」
「机がきれいになっているよ、ありがとう」
「俺たちは家族みたいなものだから、安心して働いて」

かつて厳しく責められ、人格まで否定されてきた彼にとって、「安心していい」「ここにいていい」と感じられることは、何よりも大きなエネルギーになったのだと思います。

■「使えない」は、まだ「力を引き出されていない」だけ
その後、彼は異動先の事業部で、なんと社内MVPに選ばれるまで飛躍しました。

もちろん、上司の関わり方で全ての部下が変わるわけではありません。しかし、「使えない」と決めつけるのと、「この人が力を発揮するために、何が足りていないのか」と考えるのとでは、マネジメントの質が根本から変わります。

伝え方を変える。期待していることを具体的に伝える。小さな成功体験を一緒に作る。
安心して相談できる関係を作る。役に立っていると感じられる機会を作る。できていることを言葉にして認める。

そうした関わりの積み重ねによって、人は変わっていきます。「この部下、使えない」と思ったときこそ、上司自身も一度立ち止まる必要があります。

部下が変わらないとき、つい相手の問題だけにしたくなります。しかし、部下の姿は、上司や組織の関わり方を映す鏡でもあります。「使えない部下」は、もしかすると「まだ力を引き出されていない部下」なのかもしれません。

こういった部下が来たら、「なぜできないのか」ではなく、「この人に、自分は何を渡せていないのか」と考えながら共に成長する姿勢で関わることで、部下は少しずつ変わり始めるのではないでしょうか。お話を聞いたのは:亀井弘喜さん
心理カウンセラー・セミナー講師。東北大学卒業後、外資系コンサルティング会社を経て人材業界に転身し、営業として高い成果を上げるとともに組織マネジメントにも従事。その後独立し、コーチングや心理学をベースに、キャリアや人間関係など人生全般の意思決定を支援するセミナー・講座を展開している。
これまでの受講者は1500人以上、相談者は延べ1万人以上にのぼる。2025年には株式会社PERを設立し、外食事業にも参入。著書『最強の俯瞰思考』(KADOKAWA 2025年12月発売)

この記事の執筆者: 廣田 美絵子
大手化粧品会社で人事部にて採用・教育・広報を担当。その後教育系のベンチャー企業を経てフリーランスで取材・編集・執筆を行う。キャリアコンサルタントでもあり、人のキャリアや生き方にフォーカスした記事執筆を得意とする
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