ただ、実際の数字を見ると、1都3県の中で私立中学の受験者数が増えているのは東京都だけ。
首都圏模試センター(ONETES)教育研究所長の北一成さんは、朝日新聞EduAの取材に対し、「予想以上に減少が大きかったのが神奈川県です」と答えています。
かつては中学受験の「メッカ」と呼ばれた神奈川で、一体何が起きているのでしょうか。30年にわたり神奈川の受験現場を見続けてきた、中学受験PREX塾長の渋田隆之先生のお話を交え、その背景を探ります。
■横浜市でさえ人口減。「中学受験熱」を冷ます現実的な要因
神奈川の受験生減少、その最大の要因は「人口減」です。
神奈川県全体の人口は、2025年1月時点では前年同期比で6110人減少。なかでも中学受験が盛んとされる横浜市は、2025年10月に発表した国勢調査の速報値によると、前回比で2万2651人も減少していることが分かりました。横浜市の人口が減少に転じたのは、1947年以来のことだそうです。
一方で、神奈川県内でも「都内に出やすい地域」は人口が増えています。その代表が川崎市中原区の武蔵小杉です。
複数路線が乗り入れる交通の利便性からタワーマンションが林立し、ファミリー層が急増。
このように局所的な盛り上がりはあるものの、かつて人気だった川崎市宮前区などは、都内へのアクセス時間の面から敬遠される傾向も出始めています。県全体としてのファミリー層の減少が、受験者数低下の底流にあるのは間違いありません。
■「高校無償化」の影響と、根強い公立進学校の人気
もともと神奈川県は、高校入試で内申点が重視される仕組みがあることや、県内に魅力的な私立校が多いことから、中学受験への関心が非常に高い家庭が多い地域とされてきました。
そこにきて昨今、中学受験者が減っていると聞くと、「高校無償化の影響はないのか」と思う方もいるでしょう。
東京都の中学受験率が高止まりしている背景には、高校無償化の影響があるとされます。高校3年間の学費補助を見越し、「それなら中学から私立に通わせた方がいいのでは」と考える家庭が増えているのです。
渋田先生は、「神奈川県での無償化の影響はこれからでしょう」と分析します。
現在、神奈川県の公立高校入試では志願者が減っており、倍率は過去最低水準の1.11倍。公立中学の卒業予定者数はほとんど変わらないため、私立高校への「専願」が増えたと推測されます。無償化の影響が中学受験にまで波及するかは、来年以降、注目したいところです。
また、神奈川は伝統的に「公立志向」が強い地域でもあります。
公立中高一貫校は人気が落ち着いてきましたが、県立の難関校、翠嵐(すいらん)や湘南といった高校は、今や都立日比谷に並ぶ進学校として知名度が上昇。学力最上位層が中学受験をせず、あえて高校受験でこれらの難関校を目指すケースも多いのです。
■「偏差値50台の男子校」が県内にない?
もう1つ、神奈川特有の事情として「共学志向」と「学校選びの難しさ」があります。
2026年度入試では、鎌倉女子大学中等部が共学化して「鎌倉国際文理中学校」となり、志願者を406人も増やしました。歴史ある進学校、桐蔭も志願者を増やしています。
「東京以外は共学志向が強くなっている」という話も取材先で聞きますが、渋田先生によると、神奈川はもともと、「男子校が少ない」との指摘をされました。
神奈川の男子校は以下の6校しかありません。
・聖光学院(偏差値70)
・栄光学園(偏差値66)
・慶應普通部(偏差値65)
・浅野(偏差値64)
・サレジオ学院(偏差値61)
・逗子開成(偏差値58)
※偏差値は四谷大塚による
見ての通り、多くが難関校です。これら以外に中堅校として鎌倉学園(偏差値52)がありますが、神奈川の男子校は上位層が多くを占めるのが特徴です。
偏差値50~55前後の「受験しやすい男子校」が県内にほとんど存在しないため、この層の受験生は必然的に都内の学校(世田谷学園、高輪、獨協、成城など)へ流れてしまいます。
■鉄道網の発達が「神奈川の私立」を苦しめる
さらに追い打ちをかけるのが、近年の「交通インフラの劇的な進化」です。
2019年の相鉄・JR直通線開始に続き、2023年には相鉄・東急の直通運転もスタート。
これにより、最近は女子が都内の学校に進学するケースも増えています。
「神奈川東部・南部から東京主要エリアへの所要時間が大幅短縮しました。これにより、都内の学校に進学する生徒も増えています」と渋田先生も言います。
つまり、神奈川県全体の中学受験者数が減り、さらに交通の便がよくなったことで優秀な層が都内へ流出している——。神奈川県内の私立校にとっては、かつてないほど厳しい生徒募集の時代を迎えています。
しかし、視点を変えれば、「教育内容や実績がよい学校に入りやすくなっている」とも言えます。
次回は、この状況を逆手に取った「今こそ神奈川の学校が狙い目である理由」について深掘りしていきます。
※受験生数などは首都圏模試センター(ONETES)、偏差値は四谷大塚の調査(いずれも2026年3月時点)に基づきます。
渋田隆之さん プロフィール
国語専門塾の中学受験PREX代表、教育コンサルタント・学習アドバイザー。神奈川大手学習塾で中学受験部門を立ち上げ、責任者として20年携わる。2022年7月に中学受験PREXを立ち上げ、現在も継続して中学受験の最前線に立ち続ける。
この記事の執筆者: 杉浦 由美子
キャリア20年の記者。『女子校力』(PHP新書)、『中学受験 やってはいけない塾選び』(青春出版社)など単著は14冊。『ダイヤモンド教育ラボ』、『ハナソネ』(毎日新聞社)『マネーポストWEB』(小学館)などで取材記事を寄稿している。趣味は取材。
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