「趣味=妻」夫とは、「野球が趣味」「ゲームが趣味」などと同様に、文字通り「『妻』が趣味」という感覚で妻を愛している夫のこと。

夫自身が自覚しているかはともかく、仲よし夫婦の夫は少なからず妻に「沼っている」(夢中になっている、溺愛している)ケースがほとんどです。
筆者の夫も「今日の相方さん」というタグでSNSにシリーズ投稿するほど妻を趣味にしています(笑)。

パートナーへの愛し方はさまざま。中でもパートナーを趣味レベルに愛するようになると、他の異性への興味が薄くなり、日々身近な存在を(趣味として)楽しめるようになります。妻にとっても、夫に溺愛され浮気の心配もなくなるのは、最高の愛され方でしょう。

しかし趣味レベルに愛でられる存在となるには、一定の条件や相性、関わり方が重要です。そしてパートナーが趣味になるような関係性にも、デメリットは存在します。

恋愛相談の中で「パートナーを(趣味レベルに)沼らせたい」という声はよく聞きます。そこで今回は、筆者の経験および夫を沼らせている妻たちへのヒアリングを分析し、まとめてみました。

一部厳しい指摘もあります。夫を沼らせたいあなたは、覚悟して読んでください。

■どんな夫も「妻を趣味」にできる可能性を秘めている
「趣味=妻」夫は、特定のタイプに限りません。重要なのは、妻自身が夫に対し「手軽に楽しめる、奥が深い、飽きがこない」という「趣味の3要素」を提供できるか、ということ。


例えば野球やゲームのように、妻から「予測不可能な成長」や「新しい発見」を感じられれば、夫は妻から目が離せなくなります。悪い例ですが、メンヘラ妻に夫が振り回される図式も、ある意味「目が離せなくなる」状態です。

夫を夢中にさせられない妻の振る舞いは上記の真逆。夫に手の内を全て見せてしまっている(と夫に思われている)ことです。

人は「完全に理解した」相手に対し「飽き」が生じます。対して趣味レベルの妻は、夫に「予測不可能」「手をかけるほど喜びが得られる」といったワクワク感を生み出します。

それは小さな男の子が、面白いフォルムや不思議な生態の昆虫を夢中になって追いかけるのと同じ。純粋に「観察せずにはいられない」ほど興味をそそる存在なのです。

夫側のキャパシティやコンディションによって、妻に対する趣味度合いは変わります。もともと何に対しても興味が薄い(無趣味)男性は、ボルテージの高さも低めです。あるいは一時的に疲労し過ぎて世の中全般に意識を向ける余裕がないときは、さすがに「趣味は後回し」となってしまいます。

しかしほとんどの男性は、パートナーによって「趣味レベルに夢中」となる可能性を秘めています。
要は夫よりも妻次第なのです。

■夫を「ずっと惹きつける」妻の魅力とは
夫を惹きつけ続ける妻には、共通の「魅力のサイクル」があります。

それは、「自立」と「アップデート」です。

自立とは、夫の愛情や承認に依存せず、自分自身の人生を謳歌(おうか)している状態のこと。趣味や仕事や友人関係など、夫とは無関係に「自分の人生」を充実させている妻は、夫の「追いかけたくなる」興味を維持し続けます。結婚し「手に入れた」と思い込んでいた妻が常にアップデートされていく様子は、近くで見るほど新鮮な刺激となります。

更新とは、物理的な変化だけでなく、精神的、知的な成長を怠らないこと。初めて知る一面や、尽きない話題を提供できる妻は、夫にとって「奥深さ」という趣味の要素を満たします。

また、趣味には「やりがい」も必要です。夫が妻のために行動したことに対し、心からの感謝や喜びを表現する(報酬を与える)ことも重要です。

夫は、自分の行動が妻を喜ばせ、さらに妻から返ってくる愛情表現により「達成感」を味わいます。それが繰り返されるうちに「妻を愛でる」ことが趣味へと昇華するのです。


■妻に夢中でも「趣味=妻」にできない夫もいる
妻を服従させようとするタイプの男性の場合、追いかけ続ける(服従させられない)妻の存在がストレスになってしまうこともあります。服従の裏にあるのは(無自覚な)夫の心の弱さ。

「安らぎを求めて」浮気してしまう夫。それは「妻を趣味にすることが苦痛」な夫と1ミリも悪くない妻にとって、悲しい顛末(てんまつ)といえるでしょう。

「趣味=妻」夫と妻との関係性は、どちらが強いとか偉いといったものではありません。あくまで両者は対等であり、互いに(精神的にも経済的にも)自立しているフェアな関係だからこそ、趣味というポジションに当てはめることができるのです。

■「溺愛≒依存」というリスクは避けられない
「趣味=妻」の関係は、最高の幸福をもたらす一方で、夫が妻を「溺愛」する状態は、表裏一体で「依存」というリスクを含んでいます。

夫にとって妻が人生の最優先事項になると、妻がいなければ他の趣味や人間関係が手につかなくなってしまう、いわゆる「共依存」の関係に陥る危険性があります。

中でも危険なのは、妻が夫の依存心を利用し、夫の行動を制限し始めること。これは健全な「趣味」ではなく「支配」です。結果的に、夫は息苦しさを覚え、次第に愛情が冷めてしまいます。愛がなくなれば依存も解けますが、その先の夫婦関係は、決して幸せなものではないでしょう。


依存は重くなれば毒ですが、軽度でキープできるのであれば問題はありません。むしろ依存心がゼロになったら「同居する他人」くらい冷めた関係になってしまいます。

共依存が強くならないためには、妻が常に「自立した個」として夫に接すること。夫の愛情を一身に受け止めつつも、夫の存在がなくても自分の価値が揺らがないだけの強さを持つことです。

「沼らせる」ゴールは、夫の全てを奪うことではなく、夫婦が互いを尊重しながら、より幸福になること。

夫婦は「一番近い他人」です。たとえ溺愛しても「境界線」をなくすことなく、ほどよい距離感で沼らせ続けましょうね!
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