2016年の熊本地震では、避難所から救急搬送された人に関する研究報告があります。搬送された576人のうち、詳しい情報を確認できた300人の年齢中央値は71歳で、78%に持病がありました。搬送後の最終的な診断は転倒などのけがだけでなく、心血管疾患、感染症、脳・神経系の病気など多岐にわたることが分かったのです。震災後も、地震による直接のけが以外にも注意が必要だと分かります。
加えて、令和8年熊本地震は真夏の災害です。冷房、十分な水、入浴といった「いつもの環境」が失われるだけで、健康は脅かされてしまいます。限られた環境で何を優先すればよいのか。ここでは、震災後の健康・命を守るために知っておいていただきたい5つのポイントを紹介します。
■1. トイレや水分確保が心配でも、こまめな水分補給は最優先
避難所生活では「トイレの回数を減らしたい」「貴重な飲み水を家族に残したい」という思いから、水分を我慢してしまう方が少なくありません。しかし、水分不足は熱中症をはじめ、持病の悪化やエコノミークラス症候群、脳梗塞などの重大な健康被害につながります。
命を守るために必要なのは、大量の水ではありません。
汗を多くかいたときや、下痢・嘔吐があるときは、入手できれば塩分やミネラルに配慮した経口補水液も選択肢になります。尿の回数が減る・色が濃くなる、口の中が乾く、いつもよりぼんやりする、といった変化は脱水のサインかもしれません。
心不全や腎臓病などで水分・塩分を制限されている方は、自己判断で大幅に増やさないことも大切です。避難所の医師や看護師、医療スタッフに早めに相談しましょう。
■2. 暑さは我慢せず相談を! 「濡れタオル」と「部位冷却」も有効
暑さ対策で最も優先すべきは、暑さは仕方がないと我慢するのではなく、できる限り冷房のある安全な場所を探して移動することです。今回被災した熊本県でも、被災地域で利用できるクーリングシェルターや熱中症予防休憩所の情報を公開しています。避難所が暑過ぎると感じたら、遠慮せずスタッフに移動先を確認してください。
すぐに移動できない場合は、衣服をゆるめ、直射日光を避けましょう。清潔な水で濡らしたタオルを肌に当て、うちわなどであおぐと、水が蒸発するときの気化熱で熱を逃がせます。冷たいペットボトルや保冷剤が手に入るなら、手のひら、首、わきの下、太ももの付け根を冷やすと効果的です。
うちわなどであおいでも風だけでは不十分です。体を冷やすためには「皮膚を濡らして冷やす」ことが重要だと知っておくことが、命を守るポイントになります。
■3. 入浴できないときは、清潔にする場所に優先順位をつける
汗をかいた後にお風呂に入れないのは、非常に不快なものです。しかし、避難生活においては入浴が難しい状況が想定されます。全身を毎日きれいに保てない場合は、健康を守るために以下の部位を優先しましょう。
・食事前とトイレ後の手指の清潔の徹底
・口内の清潔
・汗がたまりやすい首、わき、足の付け根、足の清潔
水が少ない状況でも、できれば手は流水と石けんで洗い、可能であればアルコール手指消毒剤を使いましょう。汗は、清潔な布やウェットティッシュで、こすらず押さえるように拭き取り、しっかり乾かせば清潔を保てます。汗で濡れた肌着や靴下は交換し、赤み、強い痛み、膿が出るなどした場合は、必ず避難所の医療スタッフに相談してください。
実際に、2011年3月11日に発生した東日本大震災後の28避難所を分析した研究では、水道水の供給やトイレの衛生状態の改善が、腹痛や下痢などの消化器症状の減少と関連していました。清潔な水は、飲むだけでなく「手洗い」「歯みがき」「トイレ・生活空間の清掃」にも欠かせません。
とくに日本の避難所は、単に人数を収容するのではなく、尊厳や安全を保てる空間の確保を重視した「スフィア基準」という国際基準を参考に避難所環境を改善する方針を明確にしていますが、現状では必ずしもスフィア基準を十分に満たしているとは言えません。
そればかりか、災害発生直後を中心に、学校の体育館などで多くの人が、感染対策に十分な距離が取られていないことに加え、プライバシーの配慮がなされていない、床に近い環境で寝泊まりする状況が確認できます。
これは自治体や施設によっても差はありますが、とくに高齢者、子ども、妊産婦、障がいのある人、持病のある人にとって、冷たい床での生活やプライバシーの乏しい空間は、体調悪化や強いストレスにつながりやすく、免疫力が低下しやすくなることがわかっています。
■4. 持病の薬は「使い切る前」に遠慮せず相談する
持病で薬を飲んでいる人は少なくありませんが、血圧や糖尿病の薬、インスリン、抗凝固薬、抗てんかん薬、ステロイドなどは、急に中断すると危険なものがあります。「薬を紛失した」「残りが少なくなった」「適切な保管方法が分からない」といった場合には、不調や症状が出るのを待たず、残量があるうちに薬剤師や医療スタッフへ相談してください。
お薬手帳がない場合でも、薬の袋、スマートフォンに残っている薬の写真、通院先の名前が手がかりになることがあります。透析、在宅酸素、人工呼吸器などが必要な方も、命にかかわるため遠慮せず最初に伝えることが大切です。
■5. 「いつもと違う」を我慢しない
筆者は、東日本大震災の被災地で医療支援にあたった経験がありますが、その際に強く感じたのは、災害時には自身の体調不調、心の不調を後回しにしてしまう方が少なくないということでした。被災直後は、周りもみんな大変だからと、それぞれがご自身のつらさを我慢してしまいがちです。しかし、体調の変化を周囲に伝えることは、決してわがままでも迷惑でもありません。まずは、ご自身の体を最優先に考えてください。
真っすぐ歩けない、自力で水分を飲めない、嘔吐を繰り返す、強い息苦しさや胸痛がある、また、身近な方が呼び掛けへの反応がおかしい、けいれんするといった場合は、命にかかわる重大な兆候の可能性もありますので、すぐに周囲へ助けを求めてください。
熱中症が疑われるときは、医療スタッフを呼ぶのと同時に、涼しい場所へ移し、衣服をゆるめ、皮膚を濡らして冷やします。
避難生活が長引くと、疲れやストレスは確実に蓄積していきます。「少し体調がおかしいかも」「薬が残り少なくなってきた」「心が苦しい」といった小さなことでも構いません。ご自身の心身のSOSを無視せず、近くの人に伝えることから始めてみてください。
被災地の方々は、まだ本当につらく大変な状況におられることとお察しいたします。どうか、一人で抱え込まず、周りの人を頼りながら、ご自身の体調を一番大切にお過ごしください。
■参考文献:
1.日本公衆衛生協会.災害時の保健活動推進マニュアル.
2.厚生労働省.被災地での健康を守るために.
3.日経メディカル.「瓦礫の下の医療」、要救助者と自身の安全を守るために知っておきたいこと.
4.環境省.ecojin.熱中症警戒アラートやエアコンを利用し、この夏も万全の熱中症対策を!.
5.Osamu Tokumaru,Masanori Fujita,Saeko Nagai,et al.Medical Problems and Concerns with Temporary Evacuation Shelters after Great Earthquake Disasters in Japan: A Systematic Review.Disaster Med Public Health Prep.2022 Aug;16(4):1645-1652.
6.Tetsuya Akaishi,Kazuma Morino,Yoshikazu Maruyama,et al. Restoration of clean water supply and toilet hygiene reduces infectious diseases in post-disaster evacuation shelters: A multicenter observational study.Heliyon.2021 May 14;7(5):e07044.
▼秋谷 進プロフィール小児神経学・児童精神科を専門とする小児科医・救急救命士。プライベートでは4児の父。子どもの心と脳に寄り添う豊富な臨床経験を活かし、幅広い医療情報を発信中。
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