コロナ禍で日本でもリモートワークが定着し、地方移住へのハードルが下がっている。
地方移住とまでいかずとも、東京を脱出して神奈川の藤沢、辻堂など郊外に移住する人も増えているという。通勤の必要性がなければ、バカ高い都心の家賃とオサラバして、もっとワークライフバランスを重視した暮らしを、と考えるのは、至極まっとうなことに思える。
●今でこそ多くの人が聞きなれた「移住」というワード
今から7年前、地方移住が少しずつ注目され始めた頃、東京生まれ、東京育ちの私はすべてをリセットすべく、東京を脱出して富山県立山町へ移住した。仕事を変え、住む場所を変え、新たな人間関係を築くことにした。当時、42歳。お一人様での移住だ。
焼肉やカラオケなら「お一人様」も聞いたことあるけれど、お一人様で移住なんて気の毒な~と思われた方もいるかもしれない。しかも、人生のリセット? 何かお辛いことでも?と思われそうだけれど、実際のところ本人はいたって前向き&ハッピーな決断、ちょっとわたし、富山へ引っ越します的なお気軽さだった。
●おひとりさまだからこその冒険心
大学卒業後、何度も転職を重ね、企業に属しながらのライター業で生計を立ててきた。仕事も軌道に乗り、一度は自分のほしい年収を叶えることもできたが、この先の人生に何かトキメキを求めた頃、出会ったのが富山県だった。
もっと言えば、富山に住む人々だった。
きっかけはSNS。Facebookが全盛だった7年前、縁あって芋づる式で富山に住む人々とつながり、富山へ遊びに行くようになった。当時はもっぱら空の便で、羽田空港から飛行機に乗って富山空港へ足繁く通った。
やれ忘年会だ、新年会だ、祭りだと、チャンスを見つけては富山を訪れ、富山の友人たちの情の厚さ、家族のように親身になってくれるおせっかいなほどの親切心にハートを撃ち抜かれていた矢先、友人の一人が何気なく言った「そんなに富山が好きなら、こっちに住んじゃえば?」の一言で移住を決めてしまったのだ。
「まだ見ぬ景色がみたい」。振り返ると、42歳の頃の私はこのまま東京で暮らせば、10年後、20年後も「そこそこ」な人生を送っている自分が簡単に想像できるような気がしたのだ。「この先の人生がなんとなく想像できた東京」を脱出して、「先行きの見えない人生にチャレンジしたい」「見知らぬ土地で自分を試してみたい」との冒険心が大きかった。
家族や子どもがいたらそう簡単に人生のステージを変えることは簡単なことではない。それができた理由に、私がお気楽なお一人様ライフを満喫していたから、という理由も大きいのだけど。(髙橋秀子)
■Profile
髙橋秀子/TAKAHASHI Hideko
東京生まれ。慶應義塾大学 文学部 卒業後、ライター業を経て2005年地域おこし協力隊として富山県立山町へ移住。「季刊 日本で最も美しい村」の取材で全国の美しい村を執筆。
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