【私の音を聴け!・01】有線イヤホン・ヘッドホンは、レトロブームも手伝って相変わらず根強い人気がある。そんな中で最近、一般消費者向けに製品展開を始めたのが業務用製品を長らく手掛けてきた「アシダ音響」だ。
「ASHIDAVOX」のブランド名で展開中で、家電量販店だけでなく大手セレクトショップでも取り扱いが始まっている。そんなアシダ音響だが、そもそもどんな会社なのか。民生品を手掛けるに至った経緯から代表取締役社長の柳川久さんに聞いてみた(BCN・寺澤克)。

●歴史は100年以上 「アシダ」の名は紙カタログの名残
──アシダ音響の歴史について教えてください。
柳川さん(以下敬称略) 当社は創立80年以上ということではあるんですが、もともとはアメリカからスピーカーを輸入・販売していた「アシダカンパニー」の流れを汲んでいるんです。だから、100年以上の歴史があるんですよ。
──100年ですか。当時はまだ、音響製品を製作しているわけではなかったのですね。
柳川 はい。ちょうどNHKがラジオ放送を開始したころと同じくらい、といえばわかりやすいでしょうか。アシダカンパニーでは、私の祖父がスピーカーの技師として働いていました。ただ、第二次世界大戦の日米開戦で転機が訪れます。

 アメリカから輸入ができなくなってしまい、アシダカンパニーはいったん閉鎖となってしまうんです。しかし、「東京拡声器研究所」と名前を変え、国産スピーカーをつくることになりました。
 そして戦後、株式会社化して「アシダ音響」となったんです。
──そういえば、苗字は「柳川」なのに「アシダ」なんですね。
柳川 これは当時の紙のカタログ文化の名残ですね。
 ヤナガワだと頭文字は「Y」ですよね。これだと、アルファベット順に並んでいるカタログでは、後ろのページに名前が載る形になる。
 アシダの「A」なら、間違いなく前の方に来ます。会社の名前を少しでも多くの人に見てもらいたいとの思いから、社名も「アシダ」としています。
●富士山頂でも問題なく動く 「音質本位・堅牢主義」モットーに業務用製品手掛ける
──戦後は、どのような製品を作っていったのですか?
柳川 スピーカーのまさに音を出す部分「スピーカーユニット」を製作していたのですが、そこからトランペット型のホーンスピーカーなども手掛けるようになりました。
──ホーンスピーカー?
柳川 例えば、信号機に取り付けられている「ピヨピヨ」と音を鳴らすアレです。あれがまさにホーンスピーカーです。

──なるほど。では、やはり業務用の製品を手掛けていたわけですね。
柳川 ええ。当社は、過酷な環境でも音が途切れない「音質本位・堅牢主義」を掲げてものづくりに取り組んできました。
 そうした点から、ついには、富士山頂の富士山測候所にも当社の製品が採用された例もあります。
柳川 現在も納入させていただいているのは、警察無線に取り付けられている片耳のイヤホンです。実はこれ、50年以上も形が変わっていないロングセラーモデルなんですよ。当時のカタログと見比べてみてください。
──本当だ。昔と全然変わっていないですね。
柳川 そのほかにも、テレビやラジオ関係の業務用ヘッドホンなども納入しています。テレビプロデューサーの佐久間宣行さんがコーヒーのCMで着用していたのは「MT-3」というモデルです。
カメラマンからプロデューサー、声優まで、さまざまな方が愛用しています。●大手メーカーの生産を請け負う 国内生産を貫くも、次第に生産拠点は海外へ
──民生品を手がけるに至った経緯は?
柳川 委託生産(OEM)を手掛けてきた経験を生かして自社ブランドをもっと発信できないか、と考えたのが最初のきっかけです。
 事業的な話をすると、90年代に入ってからは、ポータブルカセットプレイヤーやCDプレイヤー、MDプレイヤーなどが登場しました。そのアクセサリー類を我々が手掛けるようになったんです。例えば、イヤホンジャックからイヤホンそのものまで、イヤホンに液晶リモコンがついたようなMDプレイヤーを生産していたこともありましたね。いずれも、K社やP社、S社など有名メーカーからお仕事をいただいていました。
──誰でも聞いたことがある、大手のメーカーさんですね。
柳川 はい。ただ、90年代半ばからは、生産拠点が海外に移ってしまったこともあり、そうした仕事はなくなってしまいました。代わりに始めたのが、OEM生産です。大手メーカーさんのヘッドホンを我々が生産し、そのメーカーのロゴを付けて納めるということです。
 ただ、それも長続きしません。
海外メーカーがどんどん進出してくる中で、国内生産を続ける私たちは、次第にコスト面で勝負できなくなりました。
 そして行き着いたのが、民生品の生産です。
●大手の品質基準が分かる 強みを生かし民生品にも手を広げる
──民生品の生産はいつごろから?
柳川 2018年頃ですね。ちなみに2019年からはX(旧Twitter)公式アカウントも開設しました。
──民生品をつくる、そのノウハウについては?
柳川 OEM生産をしてきた経験があったので、私たちは大手の品質基準をすべて知っているんですよね。それがすごく生かされている。
 いうなれば、大手の品質基準よりも上のものも作れてしまう。さらに丈夫で良いものも作れるんです。
──民生品と業務用製品 違いは感じますか?
柳川 いずれも業務用製品を一般向けに商品化するわけですが、工業デザイナーさんにお願いして、ビジュアルや使い勝手をよくするといった調整は行っています。
柳川 例えば、音質は、あらゆる音を拾うことができるモニター用としてではなく、音楽用に調整します。また、大きく違うのはヘッドバンド。業務用は、ビニールチューブを巻いただけで、非常に耐久性が高くなっています。
ただ、それだけではいかにも「業務用」じゃないですか。だから、クッション性を高めて装着感を良くするとか、製品によってはそういった工夫も取り入れています。
●個人の情報発信が普通の「今」だからこそ注目された
──民生品を手掛けるようになり、苦労した点は?
柳川 大手メーカーさんと比べると遥かにコストパフォーマンスに優れた良い製品を開発できた、と自信をもって世に送り出しました。ですが、最初の1、2年は全く売れませんでした。広告宣伝費も掛けておりませんでしたし、自社のブランドも認知度が低く人々の目には留まらなかったためです。
──それが、今では評判の製品となりましたが、そのきっかけは何だったんでしょう?
柳川 音響に造詣が深いある方が「音が良いのに価格が異常に安い『異世界転生ヘッドホン』」としてSNSで紹介してくれたことですね。それから、多くのフォロワーがいる俳優さんも当社のヘッドホンを紹介してくれて、バズり始めました。それが大手新聞社の目に留まり取材を受けることにもなりました。
 結果的に、たくさんの注文をいただくことが出来ました。個人の情報発信が盛んな今だからこそ、当社の製品を多くの方々に知っていただくことができたのだと考えています。仮にこれが20年前であれば、恐らく誰の目に留まることもなかったでしょう。そういう意味では、チャレンジするタイミングにも恵まれて運が良かったと思いますね。

●ジワジワ知名度が上がっている 今後も製品を通して認知度向上に努めたい
──民生品を手掛けてから業績に変化は?バズったことも影響はありましたか?
柳川 大手から仕事をいただいていたころには遠くは及びませんが、やはり、バズった時には、すごく売り上げが伸びました。
──そのほかに変化は?
柳川 本当に些細なことなのですが、今は、100人名刺交換すれば3人ぐらいは当社のことを知っている、というレベルにはなりました(笑)。やっぱり、自社ブランドで、直接お客様に製品をお届けできるというのは影響力が大きい。以前よりは当社の名前を目にする機会が増えているのだと思います。
──今後の展開は。
柳川 業務用では黒子に徹していましたが、家電量販店にも当社の製品が並び始めています。ブランドのプレゼンス向上は社員の誇りや生きがいにもつながる。今後も認知度をさらに高め、より多くの人が製品を手に取ってくれるようになればうれしいですね。
──ありがとうございました!

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